田園風景博物館 The Museum of Country Landscapes

イギリス館 The United Kingdom

6 House

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1 ジェントルマンのハウス

ハウスHouseは日本人の誰もが知っている英語 … 、というより、すでに日本語の一部になっている。そうなると、かえって、英語本来の意味が分からなくなってしまう。正確な意味を理解するため先入観を取り去り、例によって19世紀以前のイギリス、カントリーサイドに立つことにしよう。

 ハウスは上流階級であるジェントルマン gentlemanの住まい、邸宅である。辞書にはあまり親切な解説がのっていないが、日本語の住まいとか邸宅では到底想像し得ない規模と壮麗さをもった居宅である。中央の入り口には、かならず何段かの階段があり、ギリシャ風の列柱が並ぶポーチがある。両開きの玄関扉を開けると吹き抜けの階段ホールがあり、ホール突き当たりの扉を開けると、またホール。正面の開け放たれた窓から目にはいるのは広大な芝生、そしてその向こうは深い森である。ホール回りにはさらに中国風のしつらいをした応接室があり、来客用の食事室があり、書斎があり … 、といった具合である。

 片開きの出入り口扉しかない労働者階級のコテージのことは、けしてハウスとはいわない。

 ハウス回りの広大な屋敷地をパークPark という。パークは日本語で「公園」と訳されるが、ジェントルマン個人の屋敷地をそう訳すのはおかしい。私は、苦し紛れに「私園」と訳したこともある。ふつう、屋敷に入ってから、両側を森に囲まれたアプローチ道路をかなり進んだ先にハウスが見えてくる。このような屋敷内部の状況を、外から推し量ることはできない。

 コテージとは違って、ハウスの前にガーデンをしつらえて花を咲かせたり、野菜を育てたりはしない。ガーデンは、あくまで労働者階級の文化だ。

 そして、これまで何度か触れてきたように、ハウスから十分離れたところにヴィレッジを配置する。一人のジェントルマンが所有するハウスやパーク、農園 Field 、それに労働者を住まわせるヴィレッジを含めた広大な領域ないし資産をエステートEstateという。これまた日本語にどう訳したらいいか … 。

2 ハウスは男の城か

日英ともに、「住まいは男の城」といういい方がある。私にとって、少々生理的な抵抗感がある表現だ。

 調べてみると、これは、17世紀に著された『リットルトンに関する評釈』という書物に登場する一節が始まりのようだ。正確には、

 'For a man's house is his castle'

である。著者はサー・エドワード・クック(またはコウク)、彼は法学者であると同時に裁判官、国会議員までつとめ、「権利請願」The Petition of Rightの起草者として歴史に名を残した。この法律は、1628年に議会から国王チャールズ一世に提出して承認された人権宣言である。一方、クックが、その著書で解説しようとしたのは15世紀の法学者サー・トーマス・リットルトンで、『保有権』という著書を残した … と、ここまでは、私の手近にある辞書、辞典類で調べた結果だ。

 さて、例の一節にもどって、'man' とは誰か ― 単に男とか人間ではなく、きっとジェントルマンに違いない。'house' はもちろん彼の壮麗な邸宅だ。コテージはハウスではなく、まして城であるはずもない。だから、この一節は「ジェントルマンの邸宅は城である」と訳さなくてはならない。つまり、クックがいいたかったのは「ジェントルマンは、邸宅を含めたその領域において、一国の城主のごとく法的に絶対であって、第三者の干渉が及ぶものではない」ということだったと考えられる。

 このように、クックはジェントルマンたち新興勢力の代弁者だったのだろう。その点では、かの『市民政府論』を著したジョン・ロックと同じ。さらにクックは、経験論を主張した哲学者フランシス・ベーコンの論敵でもあったというから、クックが人類普遍の権利を弁護する人道主義者ではないことは確かだ。間違っても「住まいは男にとってにとって城である」とか、「男は住宅を所有して一人前」などという中途半端な翻訳をして、フェミニストの顰蹙を買ってはならない。

3 ピクチャレスクという美学

ということで、階級の国イギリスでは、身分の違いと同時に、住んでいる家にも階級がある。労働者階級は、夢にもハウスの住人になることを望んではならない。戦後民主主義教育の申し子である私は、さきのようなことわざや階級制度に抵抗感があり、たとえ公開されているハウスの案内が目に入っても、わざわざ立ち寄る気になれない。

 パークやヴィレッジといったカントリーサイドの景観を形づくっていったジェントルマンの美的感覚を規定したのが、ピクチャレスクPicturesque という概念だ。日本語には「絵のような」あるいは「絵のように美しい」と訳す。もとはイタリア語のpittore(画家)から派生したpittoresque(絵のように美しい)、これがフランス語を経由して、形を変えて英語に取り入れられた。

 これには、つぎのような背景があった。カントリーサイドで囲い込み運動が一段落した18世紀から19世紀初頭にかけて、ジェントルマンたちは、子弟教育の仕上げとして、その子弟に家庭教師やお供をつけ、ヨーロッパ大陸、とくにイタリアの主要都市を旅行させ、直接、ヨーロッパの歴史や文化、芸術に触れさせた。この、イギリス版大名旅行をグランド・ツアーGrand Tourといった。旅行先には、イギリスからの、いわばお上りさんを相手に、彼ら好みの絵をかく職業画家がおり、上流階級の子弟は旅行土産に絵画を購入し、「絵になる」「絵のように美しい」といった自然観や生活背景に対する美学を身につけて帰国したのだった。

 その美的感覚が存分に発揮された対象がヴィレッジを含めた田園景観の形成だった。広大な所有地を馬車で巡回するとき、あるいは友人を招こうとするとき、たとえ労働者のために用意したコテージも、ヘッジやウォールも、さらに農場も、絵のように美しく仕立てておかなければならなかった。もちろんハウスもその対象で、金をかけた新築物件というだけではピクチャレスクとはいえない。古ければ古いほど価値があり、屋内には、陰影のある、ひんやりした空気が漂っていなければならなかった。

 私はイギリスの階級社会にあまり親しみを感じないものの、美しいカントリーサイドの風景が、彼らジェントルマンの美的感覚によるところが大きいことは認めざるを得ない。

4 行動規範としてのリスペクタビリティ

ジェントルマンのジェントルgentleとは「生まれがいい」「家柄がいい」という意味で、そこから「上品な」とか「寛大な」「優しい」といった意味が派生した。あからさまに他人を攻撃したり、弱い立場の人間をさげすんだりするのは、本来のジェントルマンとはいえない。

 その上流階級としてのジェントルマンの生き方を規定していた考え方がリスペクタビリティRespectabirity。だ。動詞のリスペクトRespect(尊敬する、自重する)から派生した名詞で、「尊敬に値すること」「品行方正」「立派な態度」といった意味である。ただし、小説の世界では「世間体」「体面」「お上品ぶり」などといった意味で使われ、上流階級のリスペクタビリティはもっぱら皮肉の対象だ。

 とくにジェントルマンが労働者に相対する場合に、このリスペクタビリティが発揮されなければならなかった。労働者を搾取するだけのヴィレッジやコテージでは世間が許さなかったのだ。そして産業革命によって新興ジェントルマンがつぎつぎ誕生した場合も、リスペクタビリティが行動規範になった。19世紀後半から20世紀にかけて、雇用した都市労働者のための住宅地開発に熱心な資本家も少なくなく、近代都市開発のモデルを形づくった。それは、けっして革命家の扇動を恐れたから … だけではあるまい。

 ジェントルマンやハウスは、ここ一世紀あまりの間に、その価値を随分落としてしまった。私にして、旅の最中に「ジェントルマン」と呼びかけられることがある。スピーチの冒頭で「レディズ・アンド・ジェントルメン」と呼びかけられたとき、誰のことかと会場を見渡す必要はない。平等主義者の私自身、けしてジェントルマンにあこがれはないが、かのピクチャレスクやリスペクタビリティという感覚を理解し、「ジェントルマン」と呼びかけられても、あまり言い訳しないですむような人格を身につけたいと自らを戒めている。

 

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