田園風景博物館 The Museum of Country Landscapes

イギリス館 The United Kingdom

3 Hedge

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1 ガーデンを囲むヘッジ

コテージに付属したガーデンは、必ずといっていいほど、生け垣か石垣で囲まれている。だから、イギリスの田園を旅しているとき、まず、目に入ってくるのは、むしろ生け垣や石垣の方だ。

 英語で生け垣を「ヘッジ Hedge」、石垣を「ウォール Wall」という。英語と日本語のイメージを比べた場合、両者とも、さきのコテージやガーデンほどの違いはないが、それぞれ少しでも実態に近づくために、しばらく「ヘッジ」と「ウォール」でいこう。まず、「ヘッジ」から … 。

 ガーデンまわりにヘッジを仕立てるのは、ガーデンの作物を侵入者から護るため、ガーデンの作物はコテージの住人、つまりコテージャーにとって、貴重な生活の糧だった。ガーデンに侵入してくるのは野ねずみや野うさぎ、そしてきつねの類、圃場が近ければひつじや牛だって入ってくるかもしれない。前回ご紹介した『ピーターラビット物語』を思い出してほしい。うさぎのピーターは生け垣の通り穴からガーデンへと侵入し、まんまと収穫間近な作物を頂戴したのだった。

 そこで、ヘッジには「生け垣」という意味の他に、動詞として「(財産を)護る」「(被害を)回避する」という使い方が派生した。

 だから、もともとヘッジは動物を追い返すことさえできればいいわけで、人間にとっては、むしろ見通しが必要だ。せいぜい人間の胸の高さもあれば充分で、それならヘッジ越しに、隣人どうし、立ち話もできた。

 しかし、最近のヘッジは、手入れが行き届かないのか、樹木を自由に成長させたい人が増えたのか、あるいは、プライバシー意識が勝るようになったためか、人間の背の高さどころか、コテージの軒先に届くような高さまで伸びている場合も少なくない。

 そんなわけで、ヘッジで野生の小動物から作物を護るのであれば、圃場でも事情は同じ、ひつじや牛が逃げないようにヘッジで囲い込む。

 そんなヘッジを、19世紀、ヴィクトリア時代の農民は美学的な形態に仕上げていった。

2 ヘッジの仕立て方

ふつう、ヘッジの育て方は、あまり日本と変わらない。ただし、小動物の侵入を防ぐためだから、徹底して隙間を埋めなくてはならない。幼木のうちから丹念に剪定を重ねて細かく枝を別れさせ、所定の高さに仕立てていく。地面に接して枝を繁らせ、そこから垂直に刈り上げて、上端を海鼠型に柔らかく仕上げる。

 場所によっては、驚くような仕立て方をしているヘッジに出くわすことがある。一つは、生け垣の根もとに叢生した幹一本一本に三分の一ほど斧を入れ、樹木の命を保ったまま、一定の方向に斜めに倒し、網目状に仕立てていくというものだ。年月が経つと、残った根もとからふたたび若い幹が育ってくる。すると、斜めに倒しておいた古い幹を取り除き、また、若木の根本に斧を入れて皮一枚を残し、斜めに倒していく(写真3)。

 もう一つの方法は、幹も枝も水平方向に強制的に曲げ、となりの樹木の幹や枝とを樹皮などで結んで、生け垣の形に仕立てていくというものだ。わが国の盆栽の仕立てと通じるところがあるが、ものがものだけに、かなり大がかりだ。太い幹をそっくり水平方向に伸ばしたヘッジをみるとダイナミックというか、窮屈に横たわる太い幹に同情を禁じ得ない。新しい枝が伸びてきたら、隙間を埋めるように結わえ付けていく(写真4)。

 いずれも葉が落ちた冬場の、腕力と技術を要する手仕事である。だんだん、専門の職人に依頼することが多くなり、技術の伝承が大きな課題だと聞く。

3 ヘッジのネットワーク

ヘッジは屋敷回りだけではなく、道路の両側や、圃場の境にも仕立てられる。この場合も、手入れの行き届いた工芸的なヘッジから、伸び放題に、ちょっとした森の帯のように成長させたものまである。伸び放題のヘッジが道路の通行を妨げるようになると、道路管理者は我が国の雪かき車よろしく、大きなコンバインのような自動剪定車でトンネル状に枝を払い、後続のトラックに吹きためていく。

 ガーデンまわりのヘッジはもちろんのこと、道路の両側や圃場周辺のヘッジが網の目のようにつながり、ちょうど、大地に緑のネットをかぶせたように見える。これが小動物や小鳥たちの移動を助けるので、動物愛護運動家は土地の所有者にはたらきかけて、その保護に躍起だ。

 私のような外国人でさえ、ガーデンまわりや圃場境のヘッジをみると「あー、またイギリスにやってきた」と感慨を新たにするから、外国に出ていたイギリス人自身が帰国した場合、いかばかりかと思う。

 このように、生け垣の形といい、育て方といい、イギリスと日本で、そう違いはないように思える。

 あえて、違いを強調すれば、すでに触れたように、イギリスのヘッジはガーデンや圃場を護るためのものだ。一方、日本の民家の生け垣は、季節風を防いだり、住人のプライバシーを護るために設ける。建物のまわりに仕立てるのがふつうだ。生け垣の高さでは、出雲地方の築地松ように、屋根がすっぽり隠れる高さまで育てるところもあれば、富山県の礪波平野のように、広い敷地周辺に屋敷林を育てて、住宅の普請に備える場合もある。つまり、日本の生け垣は、生活そのものを護るためのものだ。

 このように比較してみると、イギリスで季節風を防ぐのは建物自体で、外壁や窓サッシを頑丈にしている。

4 ヘッジファンドという妖怪

ヘッジという単語を知らなかった人でも、新聞で「インフレヘッジ」や「ヘッジファンド」といった経済用語を目にされたことがあるだろう。インフレヘッジは証券や国債、土地や住宅に分散投資して、インフレによる財産の目減りを防ぐこと。そしてヘッジファンドは、なんだかよく分からないが、ノーベル賞学者や世界的な思想家まで動員し、高等数学やコンピュータを駆使して、世界中から集めた金で証券市場を荒らしまわり、通貨危機を煽って一国の経済を壊滅状態にしたりしながら、巨額の利益を我がものにしてしまう、得体の知れない拝金主義者集団 … などというイメージをもたれていることだろう。

 あの懐かしい、田園風景になくてはならないヘッジと、世紀の妖怪や拝金主義者とどうつながっているか。

 歴史をさかのぼること100年から200年前、ヴィクトリア時代の村人たちは賭事が大好きだった。村の力自慢が競争するといえば賭けた。フットボールやラグビーの試合に賭けた。王族が懐妊したと聞けば、その性別に賭けた。戦争になれば自分の命を忘れて、どっちが勝つか賭けた。

 賭だから、負けたら身上を潰してしまう。女房に頭が上がらない。そこで男たちは考えた。両賭けして元手を残しておいたらいい、と。勝つと予想した方にも、負けると予想した方にも賭けるのだ。そうしておけば、予想が外れてもいくばくかの元手は残る … 。この両賭けすることもヘッジという。

 本当に、そううまくいくか分からないが、この両賭けの精神がヘッジファンドにも生きていて、現物取引と先物取引、さらには空売りをなど組み合わせたりしてリスクを分散する。ヘッジファンドは、北米はもとよりヨーロッパや中東の大金持ちや銀行、さらには日本を含めたアジアの小金持ちの金、ときには年金積立金のような公共資金までかき集めて、国際的な金融市場で暴れ回る。彼らは、もっぱら地球規模の競争原理、規制緩和、グローバリズムを叫ぶ。彼らが利益を独占すれば、地球の隅々で貧しい生活を送っている人たちは、ますます貧しくなる。

 金が金を生むと信じてやまない拝金主義者の米英連合軍に、あの、19世紀のコテージャーたちの血と汗がにじんだヘッジの名を使ってほしくない。

 

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