同じなのに違う空の下 edge in London '89-'90 #6

Part 2/ ポートベロー・ロードの魔術師<1>

土曜の正午過ぎ、いつものようにポートベローは賑わっている。
 夏の間、 1976 年以来という ” らしくない ” 夏らしい日が続いていた ロンドンは、 11 月の今になって
も吹く風は思いのほか穏やかで、 でも時折肌を突き刺すような風も吹き、厳しい冬の予感を漂わせる。
 ロンドンの中心から西へ、ハイド・パークと隣あわせのケンジン トン・ガーデンズを合わせた大きな公園の
北側に沿った道を走り、 公園を過ぎて少し行ったあたりがノッティング・ヒル・ゲートと呼ばれる地域で、
そこから北に向かって延びる通りがポートベロー・ ロード。毎週土曜日に開かれるアンティークの蚤の市で
有名だ。
 地下鉄セントラル・ラインかサークル・ラインのノッティング・ ヒル・ゲート駅から歩いて2、3分で
ポートベロー・ロードにたどり着く。最初何百メートルか続くなだらかな坂にアンティークの店が立ち並ぶ。
きちんと門を構えた店もあるが、土曜だけ通りを飾る露店が市の看板だ。
 老いてますます香り発つといわんばかりの箪笥やテーブルなどの家具、何処かの家庭の食卓を飾った
銀の食器や燭台、くすみがかえって古き良き時代をしのばせるワイングラス、テニスがまだ限られた階級の
ためのスポーツだった頃のテニス・ショップの木の看板。軍服、置物、アクセサリー等々、興味のない人には
ガラクタにしか思えないようなものまでが、ぎっしりと通り沿いを埋め尽くしている。一方通行の通りに車が走
る余裕は残されてはいない。
 坂が緩やかに右にくねりながら平になると、通りは野菜、果物、肉といった食料品の市場に変わる。
ここは土曜に限らず、日曜以外毎日露店市が開かれる。スーパーマーケットではお目にかかれない安くて
新鮮で食べごろの野菜や果物が並び、このあたりに住む人達の胃袋を支えている。ディスプレイがきれいで
威勢のいい屋台には買い物篭を抱えた女性達が群がっている。同じような屋台がいくつも並んでいるのだ
が、毎日ここを訪れていれば、どこの店の何が物が良くて安いかがわかってくる。
「メロンはどうだい!ちょうど今が食べごろだ!」
 ピアスをして擦り切れたジーンズをはいた若いにいちゃんの声が響く。見かけは決して良くないが熟れ
きったメロンの甘い香りが漂う。梨とかメロンは腐る寸前くらいがうまい。そんなメロンが並んでいるの
だから、売るほうだって必死だ。明日は市場は休みで、本当に腐ってしまえば売り物にはならない。
だから安い。
そしてそんな「熟女達」を横目に、花屋の屋台の軒先で、きりりと引き締まった風にさらさられた季節の花達
は、まだ汚れを知らない少女のように開きかけた花びらを揺らし、通り行く人達の気を引く。
 もちろん露店だけがこの通りを彩っているわけではない。通りをはさむ3階建ての建物の1階部分は、
スーパーマーケット、 パン屋、肉屋、雑貨屋、ギャラリーなどの商店になっている。
独創的な彫刻をあしらったパブや、イレズミを彫る店もある。
青物市になって間もないあたりを西に曲がれば、店の中でお茶や軽食も楽しめる料理関係専門の本屋、
アフリカン・パーカッションも豊富な楽器屋、ソーセージやチーズ、パンが評判で、土曜だけ店頭で売る評判
の材料でこしらえたサンドウイッチが 食欲をそそるイタリア食料品店とか、こじんまりと、でもとても個性的な
店を見つけることができる。
 さらに北に足を運ぶと青物市が生活雑貨市に変わる。そのあたりに、周りを美容院、イタリア食料品店、
コインランドリー、ヴェジタリアンのカフェ、この市場を取り仕切る管理事務所に囲まれた小さな広場がある。
すぐ傍にエスニック料理のテイク・アウトの店があり、イタリア食料品店はピッツァを焼いていたりするので、
ここは足を休めてそれを食べるのに打って付けの場所だ。そんな人の集まりを当て込んだ
ストリート・パフォーマーたちには、もうそこは彼らの舞台となる。ちょうど白人の若者3人組による、
ジェイムス・ボンドがショーン・コネリーだった頃の有名な 007 シリーズ「 007 ・黄金銃を持つ男」の
パロディが繰り広げられていた。黒いTシャツに黒いタイツと靴といったいでたちの
チビ、デブ、ノッポの3組は、お面やカツラ、花火なんかの小道具を駆使して飛んだり跳ねたり転がったりの
大熱演。それも自分達で作ったのだろう ” 鳴らない ” ラッパで開幕のファンファーレを轟かせた時には
まだまばらだった観客も、ジェームス・ボンドが危機一発に立たされる頃には、彼らの周りを何重もの人の
輪が取り囲み、一挙一動にやんやの大喝采。大きな拍手と歓声の中、一座の出し物は幕を降ろす。
もちろん、降ろす幕があるわけじゃないが。
「さてさて、皆さん、本日の出し物に楽しんでいただけましたでしょうか?
また、近いうちにここでお目にかかりたいと思っておる次第ではございますが、この高尚な芸術を続けて
行くためにも皆様の寛大なお心遣いが … 。」
 ジェイムス・ボンドが閉幕のご挨拶とチップの請求をやんわりと述べ、たった3人の弱小劇団に集金係りが
いるはずもなく、まだ汗の乾ききらぬ演技者自身がソフト・ハットを抱えて集金に繰り出す。
 あれだけ笑っておいてたった数ペンスしか渡さないケチな人もいるが、そこは英国秘密蝶報部のエリート、
やぼなことは言わない。 ” サンキュー・サー ” と軽く笑みを投げ返す。英国紳士よろしくおじぎをした
ジェイムス・ボンドのタイツのひざには、何度もほころびを縫い直した跡があった。
 ストリート・パフォーマー達が立ち去ると、ざわめきも通りの中に吸い込まれて行く。大きな雲が太陽の光り
を遮ると風も冷たさを増す。
 通りに戻るとすぐ、地上を走るアンダーグラウンド(地下鉄)、メトロポリタンラインの鉄橋と高速道路
A40 の高架線が横切っていて、もちろんその高架下にも生活雑貨の露店が並んでいる。そこを通り抜ける
とすぐ右側に常設の大きなテントがある。この中ではアンティークというにはまだ若い古着や帽子、
アクセサリーの店がひしめいている。
 数十メートル向こうの通り沿いで、編みこんでたばねた髪がぎっしりつまったカラフルな毛糸の帽子を頭に
” のっけた ” 黒人がレゲエのカセット・テープを売っている。そのカセットは不法にコピーされたものだろう
が、彼らに罪の意識などかけらもないように明るく商売が営まれている。スピーカーが破れんばかりの
ハイ・ヴォリュームでレゲエのサウンドを叩きだす。まわりでは店員なのか、ただの通りすがりなのか、
何人かの黒人がリズムにあわせて身体をくねらせている。毎年8月の終わりに行なわれるロンドン版リオの
カーニバル、ノッティング・ヒル・カーニバルで、最終日の夜、踊り狂った若者がエキサイトしすぎて暴動寸前
の状態になるのもこのあたりだ。その横にはショウ・ウインドウ越しに並んだ個性的な帽子が目をひく
帽子屋さんがあり、その何軒か向こうのポートベロー・カフェの店先には、時折顔を出す太陽の光りを
待つように何人かコーヒーをすすっている。
 この先も、スペイン人学校の壁に沿って露店は続くが、このあたりからは店に並ぶものが生活に密着した
物になってゆき、 ほとんどガラクタ市と呼んでも差しつかえない。もう片方が何処にあるのか探すのも大変
そうな古い靴の山、丸まってくしゃくしゃになった中古カーテンの山、本当に動くかどうかも疑わしい
電気製品、そんなものが通りをにぎわす。中にはテレビのリモコンだけという、それを買ったとしてもどう
使うのか皆目見当のつかない物が堂々と並べられていたりする。南側で開かれるアンティーク市は土曜だ
けだが、北側のガラクタ市は金曜も開かれる。
ゴミゴミした街。薄汚れた服で歩く若者達。通りを行き交う車も日本ではとっくに廃車になっているような
ボロボロの車が当然のように走っていたりする。そんな街に包まれ、そんなビートの中でしばらく過ごして
いると、日本だったらとうのむかしにゴミ焼却場に行ってそうなものが、まだしっかりと権利を主張しているの
にホっとさせられるようになってくる。この街を歩いていると、妙になつかしさを感じてしまう。
 産業革命を興し、現代の消費社会の原形を作ったイギリス。
七つの海を制覇し、大英帝国として世界に君臨したイギリス。
優雅にアフタヌーン・ティを楽しむのもイギリスなら、このポートベローもイギリスなのだ。
過去の栄光の残骸がこの市場にあふれている。

 

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