edge cafe #15

地下に流れるリアルな風

1すっかり秋めいた10月の終わり、その年の1月以来、 久しぶりにライブ・ハウスで唄った。キーボード・アコーディオンにフジコちゃん、コーラスにフーちゃん、そして僕が曲を書き始めた頃からサポートし続けてくれているアキラさんがギターというメンバーに囲まれて。“そろそろライブをやりませんか?”8月の終わり頃に原宿にある老舗ライブハウスから出演依頼の電話を頂いた。1月に、そのライブハウスで演奏したあと、僕はジレンマに陥った。でも、その原因はライブハウスという場所でも、ましてや一緒に演奏してくれたミュージシャンの問題でもない。僕が作りたいと思い描いている感触と僕自身との距離の問題だった。描きたい世界の感触をつかむために、一旦バンドを離れ、ひとりで風の中を彷徨って来た。春、夏、秋、自由が丘のカフェ前の路上をベースに空に向かって唄い続けた。まだまだ目指す感触をつかみ切れたという訳ではなかったけれど、自分が今、どの辺りを彷徨っているのかを確かめたいという気持ちが芽生えてきているのも事実だった。そんな時に、空から舞い降りて来たようなライブハウスからの出演依頼。1月と同じステージに立つことは、この半年以上で、自分がどう変化したのかを確かめるにはいいチャンスだった。僕はまず、ひとりでステージに上った。ギターのリフに乗せて、この春からギターを抱えてストリートに立ちロンドンまで行ったところまでのストーリーを語る。ほぼ満席になった客席からの視線がすべて僕に集まる。路上で唄い出す時とは正反対な方向のエネルギー。ギターの弦を押さえる左手が微かに震えた。話しの流れのまま、ロンドンでのストリート体験から生まれた“66ペンスから始めよう”を唄う。スポットライトを受けてハレーションする視界の中、ストリートで出会った人たち、1月のライブ以来、顔を合わせていなかった人たちを見つけることができた。“66ペンスから始めよう”から間髪入れずに次の曲のイントロへ。それに乗ってアキラさん、フーちゃん、フジコちゃんがステージに上がり、アキラさんのギターとフジコちゃんのピアノが、僕のギターに絡んでくる。ほぐれ出した緊張感の中に安堵感と華やかさが加わる。バンドで演奏できることの喜びを感じる瞬間。演奏に乗ってメンバーを紹介し、すでに始まっていた2曲目のタイトル“ズル休み”を告げると、客席でため息にも似たざわめきが起きた。この曲を聞きたいからとライブに足を運んでくれる人も少なくなかった。それ以前のライブでは後半に演奏することが多かった曲だけど、あえて序盤に置いたのは、いろんな場所のいろんな風を吸い込んだ“ズル休み”を早くみんなに聞いてもらいたかったから。それ以上に、自分自身が聞いてみたかったから。コンクリートの壁に囲まれて自然の風が通ることがない地下の空間。マイクを通してスピーカーから吐き出される響きの中に、でも確実に風を感じた。約2時間半の演奏が終った時、客席にはリアルな笑顔が溢れていた。まだまだ何かが足りないのはわかっていた。でも、また少しだけ、そう、ほんの少しだけなんだけど、求めている何かに近づけた、そんな気がした。

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