edge cafe #5

代官山リベンジ

1代官山。

高層マンション、ブティック、スポーツクラブ、高級食料品マーケット、カフェ…

再開発でぴかぴかになった街。かつてここに都営アパートのあった頃の

風情は消えたけれど、住宅街の趣きが残る、ちょうどいい大きさの街の

ファッショナブルな雰囲気に人が集う。

その再開発によってできた代官山アドレスと名付けられたエリア、

その旧山手通り側の角に、ここのシンポルらしき花をイメージした黄緑色の

大きなモニュメントがある。でっかいひわまりのような花は曲がりながら太陽の

動く南の空を向いている。この花のモニュメントの下で

“ズル休み”を響かせてみようと思った。

数日前、四月下旬をも思わせる暖かな風に誘われて、この同じ場所に

立っていた。絶好の“ズル休み”日和に、八幡通りに面したカフェのテラス席には

ランチタイムを柔らかな風の中で過ごす人がいた。僕は花のモニュメントから

数メートル離れた花壇の前にいた。ここからだと僕の姿はカフェの

テラス席から見えなくて、だけど僕の奏でる音は街の雑踏と混ざり合って

届くはずだ。

さてさてとギターをケースから出そうとしたその時、どこからか5、6人編成の

テレビかなんかの撮影隊がやってきて、僕の数メートル向こうの交差点脇で

ビデオカメラを構え、そこらへんの風景の撮影を始めた。

何の番組なのかもわからない、ひょとしたらAVかなんかかもしれないビデオの

中に収まり、後で変な使われ方されるといやなので、目立たないよう花壇に

腰を降ろし、彼らが立ち去るの待つことにした。

カメラマンは“オシャレな街・代官山がお似合いの人達”をビデオに収めようと、

いかにもという人が現われるまでキョロキョロしながらスタッフとオシャベリしたりして

なかなか立ち去ろうとしない。いいかげんイライラしてきてふと空を見上げると、

西の方からまるでカーテンを引くような速度で厚い雲が流れてくるのが見えた。

朝、テレビの天気予報で言ってた午後のくもりマークがこんな

劇的な形でやってくるとは思わなかった。やばい、もう撮影隊のことなど

気にしないで演奏を始めてしまおうかと思っているうちに、みるみる太陽は

厚い雲の向こうに消えてしまい、空全体が雲に覆われてしまった。

すると、もう十分撮り終えたのか、太陽光のなくなった街に用はなくなったのか、

撮影隊はそそくさと撤収して立ち去っていった。あっという間に太陽の光が

消えた街と撮影隊の消えるの待ったイライラで気分もすっかり萎えてしまった僕は、

そのまま何もせず代官山を立ち去った。そのまま自由が丘に向かい、

カフェ*トレボの前で唄った。雲は厚く、風もすっかり冷たくなっていたけれど、

気分は晴れた。

そして今日。

空の青さは申し分なかったけれど、北から吹く風は冷たく、とはいうもの

もう冬の冷たさではなく、前回のくやしさもあってとにかく代官山を目指した。

やはり風の冷たさのせいか、前回はほぼ満席状態だったカフェのテラス席に

人影はなく、道行く人の数も昨日と比べれば少なかった。でも空は見事に

晴れ渡り、雲が押し寄せてくる気配は微塵もない。“ズル休み”が気持ち

よく街に響いた。

駅に向かって下る坂を見下ろして唄いながら、ふとまだ都営アパートがあった頃の

風景を思い出していた。こんもりした木々に囲まれた2階建てのレトロな建物。

この坂ももっと細くて、小さな中華料理屋とかがあるゴチャゴチャした下町っぽい

路地って感じだった。今のこの洗練された風景と比べてどっちがいいのかわからない。

ただ僕はこの新しくなった風景に自分だけの音という色をつけてみるだけ。

その瞬間、この街の風景は僕だけのオリジナルなる。

大きな花のモニュメントが太陽と向き合う。

僕の声も太陽と呼び合う。

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