edge cafe #12 |
りかちゃん |
9月に入った。
カフェ*トレボの脇の路上で“ズル休み”を唄っていると、目の前に
ブルドッグを連れた小さな女の子が立ち止まった。ショートカットで
眼鏡をかけた女の子はじっと僕の奏でる音楽に耳を傾けていた。
子供と犬はたいてい僕の音に反応し立ち止まる。けれど、この女の子のように
しっかり聞く子は初めてだった。しばらくじっとお座りしていたブルドッグが
そわそわし始めると「ねえ、ちゃんと聞いてようよ」とお姉さんぶった仕草で
たしなめていたりしている。
子供に受けるような音楽でもなかろうにと思いつつ唄い終えると、
彼女がこう言った。
「とても心の休まるいい音楽だと思います」
半ズボンをはいてわんぱくそうなルックスには似合わないコメントを述べた。
「お嬢ちゃん、いくつなの?」
「7歳、小学校1年生、リカって言います」
聞いてないことまで自ら語ることのできる社交派。近所に住んでいて、
夕方の犬の散歩が自分の役目なんだってことまで教えてくれる。
ちなみに連れてきていたブルドックの名前は“サブロー”。
その次に唄っていた時もリカちゃんはやって来た。
「おにーさぁーん」
と、昔の映画の再会シーンのように叫びながら駆け寄って来る。
会えたことの喜びは十分すぎるほど大げさに示してくれるが、ちゃんと唄を
聞いたのは最初だけ。でも、僕の奏でる響きの中で、夕方にそこへ集まって
来る人たちにはすっかりアイドルのリカちゃんが駆け回っている映像は、
僕の存在をさらに街に溶け込ませてくれる。
何度かそんなシーンが繰り返された後、僕が唄っているところへやってきた
リカちゃんが、珍しく神妙な顔で唄を聞いている。
唄い終えると彼女が話かけて来た。
「ねえ、おにいさんがいつも唄ってる唄は誰が作ったの?」
「えっ?全部、自分で作った唄だよ」
「ふぅ~ん、そうなんだ。だから聞いたことのない唄ばっかなんだね。」
と、ちょっと間が空いて
「あのね、リカね、唄を作ってみたいなあって思っていたんだ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ一緒に唄を作ってみる?」
なんて冗談半分で言うと
「えぇ~ほんと!!やったぁ!唄をつくろう!唄をつくろう!」
と大はしゃぎ。とはいうものの、相手は小学校1年生。どうやって唄を
つくるんだって心配も脳裏をかすめた。
「じゃあさあ、リカちゃんさあ、もう2、3曲唄うからさ、それから作ろう」
と、時間稼ぎな提案をしてみる。
「オッケー、じゃあ、リカ、それまで遊んでくんねー」
風のように夕暮れの緑道へ消えていくリカちゃん。正直なところ、幼稚園に
保父さんみたいになっちゃうのもなんだよなあ、遊んでいるうちに唄をつくる
ことを忘れてくれちゃったらいいなあ、なんてことを期待しつつ唄い出す。
ところが敵はそんなヤワな玉じゃあなかった。1曲終わると、缶けりでオニの
すきをついて缶をけりに飛び出してくるように、どこからか急に姿を現す。
「もう、終わった?」
「ううん、だってまだ1曲じゃん」
「そっかー」
また雑踏の中に消えて行く後ろ姿を見送りながら唄い始める。
おかげでいつもより多めに唄ってしまった。その間、リカちゃんの姿が
見えなかったので、やれやれとギターを片付けながらカフェ*トレボの
ヒロミちゃんと話していると、駅の改札側にあるビルの向こうから街中に
響き渡るような声が聴こえた。
「おっにぃーいさぁーん、終わったー?」
もうこれには観念するしかなかった。
「唄をつくろう!唄をつくろう!」
飼い主を見つけた子犬のようにじゃれて来るリカちゃんを、とりあえず緑道の
ベンチに座らせた。笑って見ているヒロミちゃんに僕は苦笑いを彼女に送った。
「でさ、リカちゃんさ、キミ、なんかピアノとか唄とか習ってんの?」
「習ってなーい」
「じゃあ、唄をつくったこともないんだよね?」
「なーい」
僕もこんな小さな子と唄をつくったことはもちろん“なーい”
「じゃあ、どうやって唄をつくろうかなあ?」
ひとりごとのように僕がつぶやくとリカちゃんが言った。
「じゃあさあ、ほら、なんていうの?リズムとかなんとかよくいうじゃない、
なんかギターで弾いてみてよ」
ほう、なるほどね。じゃあ、と一番シンプルな循環コード、
C-G-Am-Fを、ボブ・マーリーのレゲエっぽく、
ちょっと跳ねた8ビートで弾いてみる。
「リカちゃん、どう?、こんな感じ」
「うんうん、なんだかいい感じ」
いっちょまえなことを言ったリカちゃんは、しばらくギターの音色に耳を
傾けていた。すると、いきなり彼女は唄い出した。
雪の降る野原で ひとり なにしてるの?
わたしに声 かけてくれた人…
お世辞にも音程はよろしくなかったが、いきなり歌詞つきのメロディ。
僕も思いつきで弾いたコードだから、リカちゃんも当然即興な訳だ。
まだまだ残暑も厳しい9月に、なんで“雪”がテーマの唄を唄い出すのか
ということも含めてびっくりした。
もう一言、言葉があればメロディがしまるって感じのところで
彼女は唄い淀んだ。
「ねえ、このあと、どうしたらいい?」
どうやらラブソングのようである。
僕もあんまり考えず、けっこういい加減に答えた。
「じゃあさあ、リカちゃんさあ、そのあとに、こんな風に
“I LOVE YOU~”ってつけたらどうだい?」
「うん!いい!おにいさん、なかなかやるじゃん」
小学1年生に褒められて照れる僕。さらに盛り上がったリカちゃんは
次のフレーズに取りかかる。
森の中 雪が降る わたしとあなた…
たぶん、ボキャブラリーが足りないだけなんだろうけど、その前と同じような
言葉が繰り返されるところがブルースっぽくて新鮮な感じがした。
さらには語呂が合わなくて譜割りが違ってしまったところがそれっぽさを
醸し出していた。このあとにも“I LOVE YOU~”をつけてAメロ完成!
「じゃあ、ここまでを一緒に唄って、メロディを覚えちゃおうぜ」
僕が“わたしとあなた”というところを“あなたとわたし”と唄うと
リカちゃんは毅然と訂正する。
「違うよ、おにいさん、“わたしとあなた”だよ。
“わたし”が先なんだから」
どうやら“わたし”が先じゃないと気が済まない性格らしい。将来、この子の
彼氏になるヤツは大変だろうな、と余計な心配までしてしまう。
「いい感じじゃん。じゃあ、リカちゃん、このあとはどうする?」
う~んと数秒の沈黙の後、彼女はニヤッと笑って言い放った。
「あとはおにいさんが考えて。リカ、遊んでくるから!」
小学1年生の集中力は、そこまでが限界だったらしい。
暮れ惑う街の中へ再びリカちゃんは消えて行った。
その数日後も“唄をつくろう!”とリカちゃんが跳ねるようにやって来た。
約束通り、僕が家で作ってきた残りのメロディと詞を唄った。
基本的には“I LOVE YOU~”を連呼するシンプルな歌詞。
「いいっ!さすがやりますねえ」
また褒められた。それで何度かふたりで唄っているとリカちゃんが言う。
「じゃあさあ、その最初に“アイ・ラビュウ~”ってとこはおにいさんが
唄って、リカがさ、なんていうの、ほら、コーラスっていうかさ、
追っかけて“アイ・ラビュウ~”って唄うってどう?」
早くもアレンジに入っている。なんなのこの子。どうやら、テレビで見たこと
を真似しているだけのようだが、実に的を得ているからスゴイ。
その後、何度かこんな感じのセッションが続き、まさに世代を超えた
コラボレーション作品“I LOVE YOU~真っ白なふたり”が完成した。
自由が丘の路上で、向かい合って唄っている僕とリカちゃん…
いやいや、リカちゃんと僕。いろんな世代の人たちが通り過ぎるクロスロード。
カフェ*トレボの前で、僕が空に向かって奏でる響きが膨らんでいく。
またここが、リアルなedge cafeになった。
|
|
copyright ©edge Etsuji Fukada 2005-2014 All Rights Reserved.