東京駅に近い側の東京駅へとつながる地下道からの出口辺りで
なにげなくハーモニカをハーモニカホルダーにつけたりして準備を始める。
見上げた地下道の出口あたりから生音の音楽が聞こえてくるなんてイイ感じじゃん。
しゃがみこんで足首に鈴のついたベルトをくくりつけながらふと視線をあげると、
ホンダのロボットように無機質な歩き方でこっちに近づいて来る警備員の姿が
目に入ってきた。あきらかに僕の行動に威嚇を与えているようなのだが、
目はこっちを見ておらず、っていうかどこを見ているのかがわからず、
リモコンで操作されているかのごとく僕の前方約10メートルをゆっくりと通り過ぎてゆく。
やっぱ、こういうところってこういうことにウルサイんだろうなと、
しばらくなにするでもなく警備員が視界から消え去るの待った。
広場の入り口あたりにある注意事項が書かれたインフォメーション・ボードには、
敷地内で集会をやっちゃいけないとか、出店を出しちゃいけないとかは
書いてあるけれど、どこにも楽器を演奏してはいけないとは書いてない。
でもまわりの人に迷惑をおよぼす行為はしてはいけないとあるので、
うむ、僕が演奏などを始めたりしたら、この条項にのっとり警備員の人は
駆けよってきて演奏の中止させたりするんだろうな、きっと。
よっぽど警備員を呼び止めて一曲だけなんですけどダメですかねと
尋ねてみようかなどとも思ったが、会話が成立しそうにもないから
無駄な労力は使わないことにした。
ぎくしゃくした緊張感が作る無機質な静寂。
やはりここでやめるわけにはいかない。
そうか、敷地の外だったら文句は言われないんだろうからと、
広場に面する歩道に出てみる。
どこからが敷地内になるのか判断の難しいところだったが、
いずれにせよ歩道は歩道で国際フォーラムの敷地ではない。
さらに念をいれて車道に一番近い側の植え込みの前に立った。
真後ろが片側3車線もある大通りなので、通り過ぎる自動車の音がウルサかったりしたが、
かえって目の前に広がる景色は壮観だった。ここからこの巨大な建物と空間の中に
“ズル休み”を投げ込んでみることにした。
ギターを肩から下げ、ハーモニカを首からぶら下げて立った僕の背後には
東京三菱銀行のでっかいビル、右を向くと遠くに皇居の森、
左を向くと東京駅を出発したばかりの新幹線が次第にスピードを上げ通り過ぎようとしていた。
まさにTHE 東京だった。
僕の前を忙しそうに人が流れて行く。“ズル休み”が東京のど真ん中の空に響いていた。
帰り道、西に向かうほど雲はどんどん薄くなり、太陽はまだ霞ながらもくっきりと姿を現わし、
光の強さが増すにつれ、まわりの空気が緩んでいくのがわかった。なんだか無性に、
この風の中に音と言葉を響かせてみたくなり、駒沢オリンピック公園にやってきた。
平日の午後3時をまわった公園には、犬の散歩やジョギングをする人たちの、
ただただのんびりした空気があった。公園の南寄りを東西に抜ける駒沢通りに
架かる陸橋のたもとに立つと、この陸橋と同じレベルで北に広がる
だたっぴろい石畳の広場、その一番北側にそそり立つシンボルタワー、
左まわりに室内競技場、体育館、テニスコート、軟式野球用のグランド、
陸上競技場、それらの建物や施設の間をまだ若葉が芽ぶくには早い木立の
ぼんやりあやふやなスカイラインがつなぐ360度パノラマ状態の景色が見渡せる。
目線を降ろすと駒沢通り、そしてその南北の両脇には50メートル近い幅の20段近い石段があり、
一瞬、360度パノラマの広大な屋外音楽堂のステージにでも立っている気分になる。
ただただ空に向かって唄った。
すぐ目の前の南側の石段には、途中からやってきた制服姿のふたりの女子校生が座りこんで、
僕の唄を聞くでもなく、かといっておしゃべりに盛り上がるでもなく、
携帯は握りしめてはいるけれどメールをするでもなく、ぼうっと遠くを見ていたりしている。
石段下の歩道では補助輪付の自転車で遊ぶ子供とそれを
見守るお父さん。
そのそばを犬を連れた人達が通り抜けていく。空に向かって唄う僕も含めて、
すべてがあるがままにそこに存在していた。
戦後の高度成長を象徴するオリンピックのために作られた公園。
ここが出来たばかりの40年前、近未来を感じさせたに違いない風景も、長い年月を経た今、
コンクリートのひび割れが時を刻み、石段のところどころから雑草が顔を出している、
ごくごく当たり前な日常の一コマ。
東京の発展を象徴するふたつの空に響いた“ズル休み”。
あれも東京、ここも東京。