edge cafe #7

雨上がりのカフェ

1朝から降っていた雨が昼過ぎに上がった。上がったと思ったら急に雲が割れ、 幾すじもの帯となった光が差し込むと、瞬く間に街が春色に変わった。 こんな風の中で無性に唄ってみたくなり、ギターを抱えて家を出た。 まだお昼ごはんを食べていなかった。それで、友達の調理人、 クミちゃんがキッチンを務める近所のカフェに立ち寄った。 彼女が作る料理はアイデアにあふれ、そのセンスが凝縮された ランチプレートは大のお気に入りだった。 雨上がりの春風に誘われて、通りに面したすべての扉が開け放たれたカフェ。 ランチタイムも一段落したのか、店の中にいたのは彼女ひとりで、 心地良さそうな静けさに包まれていた。 食後のコーヒーを飲みながらぼんやり外を眺めていた。 吹き出したばかりの若葉の先に光る、わずかな雨の名残り。 きらきらした昼下がりを映し出すフレームの中に入ってきたのは、 大きな犬を連れたカップル。 通りに面したテラス席から入って来たふたりと目を合わせた瞬間に、 お互い“あっ”って声がもれた。 彼らは,以前通っていたテニスクラブで顔を合わせていた夫婦だった。 数年ぶりの思いがけない再会。 このカフェの近くに住んでいるという彼らも、クミちゃんの作る料理の大ファンで、 毎日のようにランチにやって来るんだそうだ。 テニスクラブでは、誰ともあまりプラベートなことを話さなかったので、 この時初めてお互いがどんなことをやっているのかを明かし合った。 彼ら、ユウジさんとマユリさん夫婦はジュエリーデザイナーで、 自らのブランドを持つアーティストだということを知った。 で、僕が何をやってるのかって聞かれて、すかさずこう答えた。 “ストリートミュージシャン!” “エッー、ウッソー、カッコイイ!”って反応する彼らの表情は、 広場の片隅でビー玉を拾った子供のよう。 他にお客さんもいなかったので、僕の唄を彼らに聞いてもらうことになった。 突然のカフェライブ。 観客はユウジさんとマユリさん、彼らの愛犬、ボルゾイのゲクランとクミちゃん。 “ズル休み”を唄う。 じっと外の風景を見ながら聞いているユウジさんとマユリさん。 テーブルの下で穏やかな顔で寝そべっているゲクラン。 カウンターに頬杖ついて幸せそうなクミちゃん。 春の光に誘われた偶然が呼んだ、きっと必然なんだろう時間。 流れ込んでくる風と街の響きがカフェの中で溶け合う。 路上より言葉と音の輪郭がはっきりして、でもテイストはいつものまま。 またひとつ、触れてみたかったリアルな瞬間に出会えた。  

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