原宿 真直ぐ歩くのさえ大変な位の人ごみの竹下通り。 これといって特別おもしろい店とかがあるわけでもないのにたえず人で あふれかえっている不思議な通り。 修学旅行の中学生とかが必ず立ち寄る、いわゆる典型的な観光地の繁華街。 その竹下通りから1本裏に入ると、周囲の喧騒から隔離された何軒かの 美容室が集まった場所がある。 そのうちの一軒が、ここ10年近く僕が髪を切ってもらっている美容師の ワタナベくんがいる美容室だ。 カリスマ美容師のナントカさんがいるので有名な美容室があったりする 美容室激戦地。別に僕にはこの店じゃなきゃいけないとか 原宿じゃなきゃいけないとかいうこだわりとかはなにもなかった。 ワタナベくんがいるからくるだけ。僕より6、7歳若い彼と知り合ったのは 知人の紹介。たまたま彼の勤めていた美容室が、その頃、僕が勤めていた 会社のすぐそばだったこともあり、彼が店を変わってからもずっと、 彼に髪を切ってもらっている。 最近の僕のストリートな行動をワタナベくんに話していたら、 最近同じ系列の店でバイオリンかなんかのライブをやったという。 じゃあ、ここでもなんかやってみる?なんて冗談半分で言ってみたものの、 美容室で営業時間中にライブ、しかも楽器の演奏だけだったらイメージは つかめるけれど、なんとも想像のつかない世界だった。 でも、だからこそやってみる価値があるなと思い、 ワタナベくんにマジでやってみるかい?と聞くと、やってみましょうか、 とうれしそうな顔で答えた。そう言っってしまったワタナベくん自身も どうなるのかわからず、頭の80%くらいは不安に覆われていたに違いない。 土曜のお昼、いつものようにワタナベくんに髪を切ってもらった僕は、 確信犯的に持って来ていたギターを持ち、いつも通りの営業がされている店の中にいきなり“ズル休み”を響かせた。お客さん、店のスタッフ、みんなの顔が一瞬固まった。 いつもにはない非日常な緊張感が店を支配した。 そして曲の流れとともにみんなの表情が緩んでくるのがわかった。 ふと振り向くと、受付のカウンターの中で笑って見ている ワタナベくんいた。 今しかない空間が生まれていた。 僕とワタナベくんの企みは見事に成功した。 この幸せ感を外の通りにも伝えてあげようと、 僕は店の入り口に椅子を置いて、通り向かって唄った。 日差しは優しく、少し冷たい風が気持ちよかった。 幸せな午後だった。