edge cafe #11

自転車ガレキ通りプチ改造

1自由が丘駅南口、 桜並木の緑道を占領する放置自転車の群れ。 東西に500メートル近く伸びる緑道、そしてその両脇の車道すべてにタイルが 敷かれ、ところどころにモニュメントが置かれたトータルなデザインで 整備されている。 緑道を挟んだ車道には、住人とか納品とか以外の自動車が進入してくることは まれで、実質的にはこの車道が遊歩道で、公園スペースとして残されたはずの 緑道が自転車置き場という構図が出来上がってしまっている。 この緑道で、自転車の侵略を免れているのはカフェ*トレボから向かってすぐ 右斜め前のほんの数メートルと、一番西端、東横線ガードの向こう側の 学習塾の前あたりくらい。 カフェ*トレボの斜め前の数メートルが広場として存在しているのも、 ヒロミちゃんが場所を借りているビルのオーナーの女性のダンナさんが 戦っていたから。 彼はいわゆる外国人。聞く話によればオランダからやってきた方だそうで、 背が高く、彫りの深いクリント・イーストウッドのような鋭い眼光で 自転車が放置されないように文字通り目を光らせていた。 そのスペースに自転車を放置しようとする人を見つけると注意をうながし、 いつの間にか放置されてしまった自転車は、もうすでにぎっしり埋まって しまっている場所へ移動させる。 そうやって気を配ってきたからこそ守られている空間も、彼の目配りが なくなったらあっという間に自転車に占領されてしまうだろう。 こういう公共の場所に対するモラルに日本人は無神経で、外国からやって 来た人が神経を尖らす。 なんとも日本らしい悲しい話だ。 カフェ*トレボの真ん前のスペースも自転車がぎっしりと放置されている。 ベンチはあるけど誰も腰を下ろすことができない。 で、僕も静かに,穏やかに行動に出ることにした。 その向かい合ったベンチとベンチの間の数メートルだけでもなんとか人が 和める空間をよみがえらそうと。 カフェから緑道を見て街路樹を1本挟んだ西隣のブロックは、南側から来る 路地が緑道とぶつかるT字路になっているため、 その部分に面する商店などはない。そのブロックに無造作に置かれた 自転車を端からきちんと並べ直してみる。すると、何台分かの自転車が はまるスペースが出来る。 トレボ前のスペースに並んだ10数台の自転車を、整理して作った スペースに一台づつずらしてみる。接客を終え、手が空いたヒロミちゃんも 車の中から出てきて手伝ってくれる。 放置された自転車は放置された場所になければいけないという権利は ないはずで、ほんの数メートル位置がずれていたところで文句を言う人は いないだろう。 どの車輪にも鍵が掛けられ、持ち上げて移動させると、夕暮れ時とはいえ 夏も盛り、たった数メートルの距離だけでも汗が噴き出し,息が上がる。 だけど自転車がなくなると、ベンチとタイルが貼られた地面が姿を現し、 オランダ人のダンナさんが守っている空間とつながって少しだけ空間が広がり、 なんだかとても気持ちがいい。 ベンチが姿を現すと、当たり前のように腰掛けて一休みって人達が出現する。 ベンチに腰掛けた人にはカフェ*トレボが目に映り、そこから飲み物を買いに 来る人も少なくない。やっぱりここはこうじゃなきゃって雰囲気のオアシスが できる。 それでもしばらくしてベンチに座る人がいなくなると、 ベンチの前には当り前のように自転車が放置される。 しかもご丁寧にぴったりベンチに横付けしていくのでベンチには 人は座れなくなる。すると、1台止まると、また当り前のようにその横に 自転車が並んでいく。 面白いくらいあっという間に広場は自転車置き場と姿を変える。 根本的な問題は、これだけの人間が集まってくるこの駅周辺に 自転車置き場というもの自体が存在してないこと。 だから、この通りに軒を並べる商店とかの人達も強く放置防止の行動に 出られないのだろう。だって自転車に乗って来た人は,自分のお店の お客さんかも知れない訳だし。もし、自転車置き場がないまま、この緑道から 自転車が強制撤去され、たとえここはきれいさっぱりになったとしても、 たぶんここに置かれた数の自転車が近隣の住宅街やもっと車通りの多い 通りなどを侵略していくことになるのだろう。だから、この状態は、 街としては丸く収まっているからいいかって感じなのかも知れない。 だからといってこれでいいはずはない。 もちろん、こんな僕だって、このカフェ*トレボのある場所が気に入り、 ここに頻繁に訪れるようになって初めて、この奇妙な風景が気になりだしたん だけど、以前はどうしようもないよなと見て見ぬ振りして通り過ぎていた。 ベンチにの真ん前に置き去りにされ、しばらくしても持ち主が戻ってこない 自転車は、またスペースを作ってずらさせてもらう。そこに自転車を置こうと している時に、直接その本人に言えばいいのかもしれないが、 それよりも彼らに、彼らが何分か何時間後かに自転車に戻り、 置いたはずの場所から少しずれた所に自分の自転車があり、 あれっと思った時、自分が最初に置いた場所がベンチの真横で、 そこが人が憩うために作られた場所であることを自分の頭で感じて 理解してもらえればと思う。 ある時、自転車を整理していると、その中にとってもかわいいスクーターが あった。 とてもデザインもよかったので、他の自転車を移動して出来た正方形の 空間のど真ん中に残してみる。わざわざスクーターがディスプレイされた ようなイカした光景になった。そのスクーターを取り囲むようにベンチが 人で埋まっていく。しばらくするとファッショナブルな装いの女の子が ベンチの脇でキョロキョロしているのが目に入った。どうやらスクーターの 持ち主らしく、自分が置いた時とあきらかに違ってしまっている様子に 戸惑っている。彼女は恥ずかしそうに愛車に近寄りエンジンをかける。 すると四方を囲こむベンチに座った人たちの視線が一斉に彼女に向けられる。 決して彼女を責めているような視線ではないが、彼女は間の悪そうに 視線を落としてその場を立ち去っていった。ごめんね、イタズラしちゃって。 でもさ、せっかく素敵なスクーターに乗ってるだからさ、 マナーもきちんとね。 そんな風に広がった空間に漂うように僕は音を奏でる。 ビルの入り口あたりでは、折りたたみ椅子に腰掛けてビールを飲んでいる オランダ人のダンナさんがいる。 英字新聞に向けられた青い瞳が、時折僕の方に向けられ、 無言のまま“OK”ってサインを送ってくれる。 僕が唄っている間だけでも、その場所に空間がよみがえてるって、 なんとなくよくない?

top
#1
#2
#3
#4
#5
#6
#7
#8
#9
#10
#11
#12
#13
#14
#15
#16