観音開きのサイドドアを開け放したベージュとホワイトのバンの中。
エスプレッソ・マシーンを中心にレイアウトされたキッチンに、ちょこんと座った女の子。
透明感のある笑顔で迎えてくれた彼女に、僕はカプチーノを注文した。
白い紙コップに注がれたコーヒーを、その場で一口飲んだ。美味しかった。
僕のあとからお客さんが来る様子もなかったので、僕たちはそのまま立ち話をした。
カフェの名前は“カフェ*トレボ”。
そのヒロミちゃんって女の子がオーナーで、自分でこのカフェを企画し、
キッチンはなんと手作り。こんな若い女の子が ひとりで、
こんな風にカフェを始めるなんてすごいなと感心した。
ふと、バンの向こう側を見上げる。
放置自転車に占拠された緑道を横切る、 高架になった駅のホーム。
顔を出している停車中の電車の先頭部分。
その脇で発車の合図を身体全体で行う駅員さん。
背景は抜けるような青空。
両脇をビルとビルで切り取られた光景は、まるでミュージカルかなんかのワンシーンのよう。
程よいノイズと程よい静けさ。
前の日、このカフェを見つけた時の直感通り、ここが探していた、
僕の言葉とメロディがリアルに響く場所と確信した。
“音楽をやってらっしゃるんですか?”
僕が抱えてきたギターケースを見ながらヒロミちゃんが言った。
それで僕は本心を打ち明けた。ここで唄ってみたいんだ、と。
一瞬、ヒロミちゃんに戸惑った表情がよぎる。
でもすぐに笑顔が戻り、なんだかおもしろそうですね、と同意してくれる。
じゃあ、1曲だけだからと念を押した僕は、カフェの前の道ばたにしゃがみ込み、
ギターをケースから取り出した。
ストラップをつけてギターを肩から下げる。ハーモニカをホルダーに取り付けて首にかける。
自分でも笑っちゃいそうなほどぎこちない動き。ボロンとギターの弦をつまびく。
街の雑踏に溶ける乾いた弦の響き。ハーモニカを吹くと、街が音で染まる。
ヒロミちゃんの口許がゆるみ、そして僕は“ズル休み”を唄い出す。
声が空に吸い込まれて行く。
いろんな街の音の中に混ざり合う声をつかまえようとする僕は、
止まり木を見つけられず漂う鳥のよう。僕を包む響きのすべてがホントだった。
新しい世界に触れた。
唄い終えると、そこにはほんわりとしたヒロミちゃんの笑顔があった。
ガレキのような放置自転車に埋め尽くされた石畳の通りに咲いた一輪の花。
きっとここが僕の求めていたedge なcafeなのかも知れない、そう思った。