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第2章  レンズの収差

レンズの収差というのは、結像面にできた像の色がにじんだり、ボヤけたり、歪んだりしてしまう現象の総称で、大きく分類すると、光の色ごとの波長の違いによって生じる「色収差」と、色には左右されない「単色収差」に分けられます。色収差は「軸上色収差」と「倍率色収差」の2つに、単色収差は「球面収差」「コマ収差」「非点収差」「像面湾曲」「歪曲収差」の5つに分類することができます。

 

 光とは電磁波の一種、つまり波で、通常は直進します。電磁波のうち、人の目が認識できる範囲の波長が光と定義することもできます。この進んでいる波が異なる物質の境界を通り抜けるときに、境界に対して直角以外の角度を持って進むときには、その進む方向が変わります。これを屈折といいます。屈折が起きるのは、波の進む速度が通過する物質によって異なるためです。

 また、波は波長によって進む速度が違うので、屈折の割合も波長によって異なる、つまり、屈折率も異なることになります。この現象は、プリズムを使えば実際に目で確認することが可能です。頂点を上にして置いたプリズムに、真横から無色の自然光を照射します。すると、光が赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色に分かれて見えます。青い光は赤い光よりも波長が短く、速く進みます。そのことで、赤い色よりも屈折率が高くなります。

 物に特定の色があると見えるのは、物の表面が光のうちの特定の波長を多く反射するからです。その特定の波長を、その物の色として人の目は認識します。

 写真とは、レンズを通過した光の焦点の位置に光軸に垂直に結像面を置いて、これに作られた像を結像面に置いたフイルムや撮像素子で固定したものです。カメラのためのレンズの収差を考えるとき、このレンズと結像面との関係を意識する必要があります。

 

1 色収差

(1) 軸上色収差

プリズムで屈折させた光を見ると、赤い光はあまり角度が付かずに屈折し、青の光は急な角度で、そして緑はその中間くらいの角度で屈折しているのが分かります。これと同じ現象が、凸レンズに光を照射した時にも起こっています。

赤い光の焦点は、緑の光の焦点に比べてレンズから遠いところに結ばれます。逆に、青い光の焦点は、緑の光の焦点よりもレンズに近いところに結ばれます。色によって焦点位置が異なるということは、ある色でピントが合っても、他の色では合っていないことを意味します。つまり、結像面の像がボヤケるということなのです。

 このように、色によって焦点の距離がズレた結果、結像面の画像がボヤケてしまうことを「軸上色収差」と呼びます。 模式的な現象として、点像において、輪郭に色の輪が出ます。

 

「軸上色収差」を取り除く最も簡単な方法は、凸レンズと凹レンズを組み合わせることです。凸レンズでは赤の屈折が小さく、青の屈折は大きいのですが、凹レンズでは、逆に赤の屈折が大きく、青の屈折は小さくなるのです。この特徴を合わせれば、赤の焦点も、青の焦点も同じ位置に合わせられるわけです。

ここで注意すべきなのは、全体としては凸レンズと同じ効果をもたらすように凹レンズを選ぶ必要がある点です。つまり、凸レンズの正のパワーの方が 、凹レンズの負のパワーより大きくなるようにするということですから、よりパワーの勝る形状にした凸レンズの屈折による分散を低分散でアッベ数が大きい「クラウンガラス」で抑え、パワーの劣る形状の凹レンズの屈折による分散を高分散でアッベ数の小さい「フリントガラス」で補強することで、全体としてバランスさせて色収差を消し去るということです。このように選んだ凸レンズと凹レンズを組み合わせれば、赤い波長の光も、青い波長の光も、 両方1つの焦点に集められるようになるというわけです。

凸凹2枚のレンズを組み合わせたものを「ダブレット」と言います。色消しレンズと俗称されるのは、上記の効果があるからです。

ガラスで出来た枚の凸レンズによる赤と青の焦点距離の差は2%程度と言われていますが、この値は、レンズの材質などによって微妙に異なります。波長の違いによる焦点距離の差が大きいレンズを「分散が大きい」といい、差が小さい場合は「分散が小さい」と言います。そして、この分散の度合いを表す値にアッベ数があります。アッベ数はν(ニュー)で表され、フラウンホーファー線という太陽光のスペクトル中に見られる暗線(吸収線)の青、赤、黄の屈折率を元に計算されます。アッベ数は数値が大きいほど低分散です。

 交換レンズに使われるガラスは、このアッベ数によってガラスを大きく2つに分類しています。アッベ数が50以下のものを高分散な「フリントガラス」、50以上のものを低分散な「クラウンガラス」と呼んでいます。ただし、アッベ数が50前後の場合、50以上でもフリントガラスとしていることもあり、数値によって厳密に分けているわけではないようです。

 フリントガラスというのは酸化鉛を多く含むガラスが代表的で、高屈折率なのですが高分散です。クラウンガラスは塩基性成分がアルカリ 金属およびアルカリ土類であるものです。フリントガラスより屈折率が小さいのですが低分散です。「フリント」というのは、主成分である無水ケイ酸の原料として火打石(フリント)が用いられたことに由来します。なお、 「クラウン」というのは、溶けた状態で粘り強く、型に入れたときに王冠のように膨れることから名づけられたようです。

 現在、有害な鉛や砒素を含むガラスはレンズに使われておらず、酸化バリウム、ホウ素や無機リンが用いられています。以前は、高屈折率であるのに低分散性であるという性能を得るために、酸化トリウムなどの放射性元素を含むガラスも使われていたことがあります。日本の光学メーカー各社もこれを用いた製品を作っていました。PENTAXでは1970年代までのTakumarに用いているものがあります。このガラスを使ったレンズはアトムレンズと俗称され、現在黄変していることで知られています。成分のトリウムが放射線を出して崩壊を続けていて、それによって黄変を引き起こしているようです。ガイガーカウンターが反応することで特定が可能で、PENTAXの製品としては3種類が知られています。中でも特に黄変が強く、放射線量も多いのがSuper及びsmc Takumar 35mmF2です。

 このアトムレンズの黄変は、紫外線を被曝させることでかなり除去できることが知られています。夏季の直射日光に長時間曝すとか、紫外線ランプを照射するとかにより、下の写真のように黄変の改善が可能です。

※左が紫外線未照射、右が屋外放置6日間。元は同程度の黄変

 

(2) 倍率色収差

軸上色収差を上記の方法等で除去し、すべての色を同じ焦点に集めたとします。このとき、レンズと結像面の距離はどの色の場合であっても同一なのですが、結像面上のある一点の像について考えると、そこに焦点を結んでいるどの色の光もがレンズ後面の同一点から出てきているとは限りません。屈折とは、直進する光の進行方向が折れ曲がるということですから、色ごとの屈折率の違いが凸レンズと凹レンズでは逆転することを利用して補正した結果として結像面上で一点に到達したというだけで、その点における各色の直進光線と光軸とで作る角度が同一でない場合がほとんどでしょう。この場合、結像面に対しては、色ごとにレンズの主点位置が変わるということです。つまり、主点と焦点の間の距離が焦点距離であり、焦点距離によって像倍率が決まりますから、色ごとに異なる大きさのピントの合った像が結像面にできているということになります。この色によって像倍率が異なることで色が滲んで見える収差のことを「倍率色収差」と呼びます。

また、後に述べる単色収差のうちの「コマ収差」の影響で、入射角の大小により出現の程度が違いますから、同じレンズを用いても、結像面の大きい、画角が大きい場合ほど画面の周辺部で顕著となります。収差の発生する原因の性格上、レンズの直径とは直接の関係はありませんから、絞りによる軽減は望めません。

倍率色収差が大きいレンズでは、中央では黒い文字の輪郭がハッキリしていても、レンズの端の方では輪郭に赤や青色が滲んで見えるようになります。この倍率色収差を抑えるのはとても難しいのですが、光の分散性を非常に低く抑える材質で作った「特殊低分散レンズ(ED)」を使用する、特定の波長の光だけ屈折率が変わる「異常分散レンズ(LD)」を使用する、異常分散するように被膜、つまりコーティングを施す、などの対策が採られています。

 

2 単色収差(ザイデルの5収差)

(1) 球面収差

自然光には様々な色が混じっていて、色によって波長が違います。波長が違うと屈折率が異なって、そのことで収差が発生するということは既に述べました。それならば、単一波長の平行光が凸レンズに照射されれば、それらは1点に集まるはずです。ところが、厳密には単一波長の平行光でも、1つの点に集めることはできません。実際には、レンズの端の方に入った光はレンズ寄りに焦点を結んでしまい、点とならずに小さな円となる収差が発生してしまうのです。これは、レンズが球面であることに起因しています。このような収差を「球面収差」といいます。大口径レンズになるほどその傾向が大きくなりますが、絞り込むことで大幅に改善します。この現象は、レンズの中心部から端までの曲率を微妙に変化させた非球面レンズを採用することで高度に補正が可能です。

ソフトフォーカスレンズは、この球面収差を利用したレンズです。球面収差は絞り込むことで改善することを利用して、ボケ具合を調整できるのです。

 

(2) コマ収差

光軸に対して平行でなく、角度がついた状態でレンズに光が入ると、下図のように、その光がレンズに入って作る焦点が一点に集まらず、しかも、その焦点面(ピント面)が結像面と一致せずに傾くため、結像面にできた像は球面収差のように全体がボヤけてピントがキリッとしないのではなく、レンズの中央から離れる方向にズレるようにボヤけることがあります。画像としては、彗星が尾を引いている状態のように滲んで見えます。このような収差をコマ収差といいます。「コマ」は、「彗星」のラテン語由来です。

 この収差も、レンズの表面の曲率を適正なものにした非球面レンズを採用することで、良好に補正することが可能です。 

(3) 非点収差

凸レンズが結像面に作る像の端の方では、縦線と横線とでピントが異なって見えることがあります。縦線にピントを合わせると横線がボヤけ、逆に横線にピントを合わせると縦線がボヤけて見えてしまうのです。このような収差を非点収差といいます。

凸レンズは3次元の球面です。水平方向にも垂直方向にもカーブしています。レンズ端の方では、水平方向の曲率と垂直方向の曲率が異なってしまうことがあり、このような場合は、水平方向の線、つまり横線の焦点位置と、垂直方向の線、つまり縦線の焦点位置とが異なってしまいます。この収差が非点収差です。非点収差は、レンズ表面の曲率を適切な値に設定することによって回避できます。

 

(4) 像面湾曲

凸レンズの中には、同じ距離の平板にある物体を見ているのに、中央にピントを合わせると端のピントがボヤけていたり、逆に端にピントを合わせると中央がボヤけることがあります。このような収差を「像面湾曲」といいます。

レンズに入ってきた光は、光軸に平行に入った光も、光軸に対して角度を持って入った光も、レンズから同じ距離に焦点を結ぶのが望ましいのですが、実際には、そのようにならない場合があります。光軸に平行に入った光の焦点に対し、光軸に対して角度を持って入った光の焦点がレンズに近い方にできてしまうことがあるのです。つまり、本来は像が平面に映し出されるはずなのに、湾曲した面に像ができてしまうのです。これが像面湾曲の原因です。

 この収差は、レンズ表面のカーブを適切な値に設定することによって回避できます。非点収差と像面湾曲には密接な関係があり、非点収差が解消されると、像面収差も回避されます。

 

(5) 歪曲収差

これまで記した収差は、映像がボヤケたり、にじんだりするといった、いわゆる鮮明さに関しての収差でした。しかし、ピントがしっかり合致していて色の滲みもないのに、映像が歪んで見えてしまうことがあります。例えば、格子状の方眼を書いた紙を写すと、外枠が膨らんだように見えたり、へこんだように見えることがあります。このような収差を歪曲収差といいます。

 歪曲収差の中でも、中央から外側に向かって膨らんだように見える収差のことを樽型の歪曲収差、外側から中央に向かってへこんだように見える収差のことを糸巻型の歪曲収差といいます。歪曲収差のことを「ディストーション」ということもあります。

 一般的に、糸巻型歪曲収差は望遠レンズに発生しやすく、樽型歪曲収差は広角レンズに発生しやすいものです。魚眼レンズは、この歪曲収差を許容したレンズです。

歪曲収差の発生を防ぐには、非球面レンズを用いて解決することもできますが、コスト的にその採用が困難な場合などは、絞りの前と後に同じようなレンズを配置する対称型レンズを採用することで解決を図れます。このことから、バックフォーカスを小さくできるミラーレスカメラでは、コンパクトで歪曲収差の少ない広角レンズを安価に供給できる可能性が高まるのです。

 

3 非球面レンズ

球面収差や歪曲収差に効果的な補正をもたらす非球面レンズは、交換レンズの性能向上に絶大な効果をもたらしてくれるものです。ところが、従来は高額な交換レンズにしか搭載されていなかったのです。その訳は、非球面レンズの製造が非常に難しく、製造コストが高かったためです。

レンズの製造は、ガラスを削って成形したあと、研磨して作成していきます。これらの工程では、高速にガラスを回転させながら行います。通常の単純な球面であれば難しいことではないのですが、非球面レンズは、単純に擦って行っただけでは作れません。設計した変化曲率に合わせた断面になるように修正しながら磨いていかなければ「非球面」にならないからです。こうなると、1個1個綿密にチェックしながらに製造しなければならず、大量生産には向きません。レンズ自体をNC切削マシン(数値指定によって切削を行えるマシン)を使って非球面レンズを製作する方法もありますが、これも高価な超高性能なNCマシンが必要になります。生産効率も決して高いものではなく、したがって、出来上がった非球面レンズは高額だったのです。

しかし、最近では、製造技術の工夫で、従来に比べると高額ではない価格で非球面レンズが作られるようになりました。その代表的な方法を2つ紹介しておきましょう。タムロンの現行高性能ズームの中には、両方の方法で作られた非球面レンズが使われているものもあります。

 1つは、ガラスを溶かして金型に入れ、プレスして非球面レンズを製造する方法です。さほど新しい技術に見えないかもしれませんが、ガラスを金型に流し込めるように溶かす融点が高いため、金型が膨張して形が変わったり、金型に溶けたガラスを均一に流し込めなかったり、プレスしている間のガラスの温度を一定にする方法が難しいなどの難題があったため、プレスによる非球面レンズの製造はなかなか実現しなかったのです。現在では、耐熱性の非常に高いセラミック製金型の開発や、溶けたガラスのコントロールができるようになったこと、低温で溶融する光学ガラスの開発などにより、プレスによる非球面レンズの生産ができるようになりました。ガラスモールドというのがこれです。

 そしてもう1つは、プラスチックレンズを利用する方法です。プラスチックは、ガラスと比べて融点が低いので加工しやすく、非球面レンズが作りやすいという特徴があります。ところが、プラスチックだけでレンズを作ってしまうと、ガラスだけのレンズに比べて温度や湿度による焦点距離の変動などの影響を受けやすくなってしまったり、光の透過率が悪くなってしまったりします。そこで、ガラスの球面レンズの表面に非球面レンズと同じ変化曲率を持った薄いプラスチック層を貼り付ける方法が開発されました。もっとも、この方法も、ガラスとプラスチック を完全に密着させる正確で高度な接着技術を要するので、なかなか実用化されませんでした。このレンズは、プラスティックレンズだけで制作された非球面レンズよりも温度や湿度による影響を受けにくく、既存のガラスだけの非球面レンズよりも安価に製造できるというメリットがあります。ただし、ガラスとプラスチックでは温度係数が大きく異なるため、ガラスだけの非球面レンズに比べると、使用できる温度範囲が狭くなってしまうという欠点があります。ガラスとプラスチックという異なった材質で作られたレンズなので、複合非球面レンズと呼ばれることもあります。

 

4 究極の収差補正

 結局のところ、収差はレンズの屈折を利用していることから生じる問題で、原因としては、レンズの形状から来るものと、材質から来るものに分けられます。

 単色収差は、主としてレンズの形状から来るもので、レンズ面を適正な変化曲率に設計した非球面レンズとすることで高度な補正が可能です。

 それに対して色収差は、光がレンズを通過するときの屈折率が波長により異なることにより発生するので、光の波長ごとの屈折率の違いをできるだけ小さくする(低分散という。)素材の採用と、形状や屈折率の異なるレンズの組み合わせによって、可能な限り光の波長の違いによる主点の変化を生じないレンズ設計が求められることになります。

 これらのことを模式的にいうと、レンズ群に入った光は、どの波長のものも出るときは同じ点から出て、同一の焦点へ達するようにするということです。こうすれば色収差は発生しないはずです。

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