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第1章  レンズ構成

 カメラに使われているレンズは、光の屈折の性質を利用しています。光は異なる密度の物質間の境界を、その面に対して直角以外の角度で進むときに屈折します。この屈折により、凸レンズは平行に進む光を一点に集める性質があります。このことにより、物の像を 「撮像面」に結ばせることで画像を得ているのです。この「撮像面」がフイルムであり、CCD、CMOSなどの撮像センサーなのです。

 でも、単純な球面で出来ている凸レンズだけでは、色収差をはじめとした諸収差があることによって鮮鋭な画像が得られません。そこで、これを補正する努力が連綿と続けられてきたのですが、その技術の一つが、凹レンズとの組合せによる収差の補正です。

 屈折によって凸レンズは光を集めますが、凹レンズは光を散らします。屈折時に光は7色に分散する性質がありますが、凸レンズと凹レンズとではその分散の度合いが逆になります。凸レンズでは波長の短い青い色の光が他の色よりより大きく屈折しますが、凹レンズでは逆に他の色より小さく屈折します。つまり、凸レンズと凹レンズを組み合わせると、一旦散った色が元に戻る効果があるのです。これを利用して収差を補正する方法が模索されてきたのです。

 まったく等質なガラスなどで作った同一曲率の片面凸レンズと片面凹レンズの曲面を貼り合せた場合、貼合せ面で屈折は起きません。これでは光を一点に集めるということもできませんから、レンズになりません。光を集めるという機能は利用しつつも、副作用である色の分散を抑えるというのがカメラ用レンズには必要な技術でした。これを実現するために様々な方法が考え出されたのです。でも、それらは、基本的にはすべて凸レンズと凹レンズの組合せです。

1 メニスカス

 最も単純な凸レンズと凹レンズの組合せは1枚です。それは凸レンズと凹レンズ1枚ずつのことではありません。片面が凸で、他の片面が凹である1枚のレンズです。このレンズの形を「メニスカス」と言います。凸面の曲率の方が凹面の曲率より大きいものを凸メニスカスと言い、その逆を凹メニスカスと言います。焦点を結ぶのは凸メニスカスの方ですから、1枚だけでカメラに使えるのはこれです。凹メニスカスでは焦点が結べません。

 メニスカスレンズというものは、一見作り難そうに思えます。でも、吹きガラスの製法が確立した以降なら、案外簡単に作れるものです。球体に吹いたガラスの一部分について、外側を内側より小径に研磨すれば凸メニスカスになりますし、大径に研磨すれば凹メニスカスになります。窓ガラスに使う平ガラスは吹きガラスで作ったガラス筒を切り開いて作っていた時代があったのですが、これより容易だったのかもしれません。

 この凹凸のメニスカスレンズ(シングルメニスカス)はメガネに使われています。凹は近視用で、凸は遠視と老眼用です。肉眼でなら支障が無い程度に色収差を補正しています。でも、撮像面の像を拡大して利用する写真では、その補正では不十分なのです。

閑話休題:

 近視用のメガネには凹メニスカスレンズが使われています。この視力矯正の原理を考えてみると、カメラ用レンズの原理と非常に近いことに気付きます。近視というのは網膜、 つまりカメラで置きかえるとフィルムや撮像センサーの位置より前に結像してしまうことです。これを修正するためには凸レンズ、すなわち水晶体の焦点距離を長くする、つまり曲率を小さくすればよいのですが、水晶体を動かす筋肉が一番伸びた状態で焦点が合っていないのですから、それ以上曲率を小さくすることはできません。カメラではバックフォーカスをそれ以上短く出来ないという状態です。この状態で焦点を網膜などの結像面に結ばせるためには、レンズの第二主点を結像面に近付けなければなりません。凸レンズである水晶体をそれ以上変えられないということになれば、凹レンズを水晶体の前に置くことで全体をレトロフォーカスにし、レンズ群全体としての第二主点を網膜に近付けるしかないということになります。このことにより合成焦点距離が短くなりますから、より画角が小さく なって像倍率が小さくなることで、近眼鏡をかけると物が小さく見えるのです。

 近眼鏡というものは随分と昔から、それはカメラなどというものが発明されるよりはるか以前に実用に供されているのですが、その視力矯正原理がカメラ用レンズに応用されたのがごく近年であるということに訝しさを感じます。近視の矯正に凹レンズが使えるということは経験的に発見されたことなのでしょうし、これがレトロフォーカスという原理に整理されるまで時間を要したということなのかもしれません。

 一方、遠視は網膜の後方に結像面が出来てしまうということですから、水晶体の曲率を大きくする、つまり水晶体を動かす筋肉を縮めることで焦点距離を調節できるので、あまりメガネの必要性が無いのです。でも、無限遠を出すためにでも常に水晶体調節用の筋肉は緊張しているので、その疲労による筋肉劣化が早く進み、調節機能の不足による老眼が早期に出現することになります。

 これを防ぐためにはメガネで矯正するのですが、凸レンズを用いることで凸レンズ水晶体とで構成する凸レンズ群の第二主点を網膜から遠くして結像面と一致させるという原理になっています。この場合、合成焦点距離が長くなりますから像倍率が大きくなり、物が大きく見えることになります。

2 ダブレット

 凸レンズと凹レンズを1枚ずつ組み合わせる方法により、色収差が良好に補正されます。この原理は、凸レンズに使用するガラスと凹レンズに使用するガラスの成分を異なったものとすることで屈折率を変えるというものです。凹凸2枚のレンズのうち凸レンズの方の曲率を大きくすることで、組合せの全体を凸レンズとします。凸レンズのガラスを色の分散が少ないクラウンガラスとし、凹レンズのガラスを色の分散が多いフリントガラスとすることで、曲率の差による色の分散の違いを相殺するという原理です。このようにした2枚1組のレンズを 「ダブレット」別名色消しレンズと言います。

 「ダブレット」には凸凹2枚を貼り合せたものと、間に空気層を置いたものがあります。貼り合せたものは、レンズとしての屈折面が3面ですが、間に空気層を置いたものは4面になります。面が多いほど曲率の違いによる屈折の違いを補正に利用しやすいのですが、貼り合せというのは、コーティング技術の無い時代に、表面の反射による弊害から免れるために考え出された技術です。現在ではコーティング技術が発達していますから、面が多くなる弊害はあまり考えなくてもよくなっています。

 「ダブレット」は、模式的に言えば、凸凹の2群構成です。貼り合せた「ダブレット」は、ダブルメニスカス形状となっているものが多いようです。

 ちなみに、「ガウス」というのは、分離型の凸凹各シングルメニスカスによるダブレットです。

 旭光学工業の歴代交換レンズのうち、この貼り合せダブレットのものが存在します。「Asahiflex」の時代に誕生した「Tele-Takumar 1:5 f=500mm」です。これはM42マウント化もされました。

3 トリプレット

 良好ではあるものの、ダブレット凸凹2枚のレンズだけでは色収差の補正が完全には出来なかったのです。対極にある青と赤は良好に補正できる(アポマートと言う。)のですが、その中間の色の補正が不十分なのです。この色収差やザイデル収差を補正するために、凸凹凸3枚のレンズを組み合わせる方法が考え出され、これを「トリプレット」と言います。現在では、レンズの素材であるガラスに「低分散」や「異常分散」のものを用いたりすることで、ダブレットでも全域の色で良好な補正(アポクロマートと言う。)が得られていますが…

 このイギリスで考案された「トリプレット」というレンズは、各種収差を良好に補正していて、現在までに考案された標準系レンズの組合せのほとんどが、これから派生したと言えるほどの優れたレンズ構成です。

 旭光学工業の歴代交換レンズのうち、このトリプレットのものが存在します。「Asahiflex」の時代に誕生した「Takumar 1:3.5 f=100mm」です。これはM42マウント化もされました。ほかにはM42マウントの「Takumar 1:8 f=1000mm」です。

 

 写真用レンズの本場であるドイツのツァイスが開発した「テッサー」は、宿敵イギリスで生まれた「トリプレット」の3枚目凸を凸凹貼り合せの色消し「ダブレット」としたものですし、同じくドイツのフォクトレンダーが開発した「ヘリアー」は、1枚目と3枚目の凸をいずれも凸凹貼り合せの色消し「ダブレット」としたものです。PENTAXでは、「テッサー」型は 「Macro-Takumar 1:4/50」が、「ヘリヤー」型は「Bellows-Takumar 1:4/100」がそれです。

 

 「トリプレット」の前側凸と凹の間に凸メニスカスを挿入したのが「エルノスター」という構成であり、明るいレンズを作れるので、PENTAXでは準望遠や中望遠に使われた構成です。2グループ式ズームの後グループである凸グループにも 多く使われました。

 

 「エルノスター」は、凹レンズがレンズ構成の後半部になるためにテレフォト傾向となって、第二主点がレンズ群の中心よりも前側に移動するためにバックフォーカスを確保し難くく、一眼レフでは、焦点距離が短い広角レンズや標準レンズには、それ単独では使われていませんが、後述する「レトロフォーカス」の後成分凸部に、前後逆置きにして使われました。それと組み合わせる前成分凹部は、シングルメニスカスや分離型「ダブレット」、「トリプレット」などです。

 なお、「ゾナー」というのは、この「エルノスター」の2枚目と3枚目の空間をレンズで埋めた3枚貼り合わせの構成で、空気と接する面が少ないことで乱反射の弊害が少なく、そのことで鮮鋭な画像が得られたため、レンジファインダーカメラの時代には明るい標準レンズの主力形式だったのですが、バックフォーカスが確保できないために、それが必要な一眼レフが主役となったカメラ界から駆逐されてしまいました。「エルノスター」の4枚目凸を貼り合せ「ダブレット」にした望遠レンズも、ツァイスは「ゾナー」と称しているようです。

 旭光学工業の歴代交換レンズのうち、この3枚貼り合わせゾナーのものが存在します。「Asahiflex」の時代に誕生した「Takumar 1:1.9 f=83mm」です。これはM42マウント化もされました。外には「Asahi Pentax」用として誕生した「Takumar 1:2 f=58mm」がそれです。

 

 PENTAXの超望遠レンズは、かつてはこの凸凹凸3枚の「トリプレット」を、後述する「テレフォト」の前成分凸部に用いたものがほとんどでした。この場合、後成分凹部には、分離型「ダブレット」を組み合わせていました。

 

 

 なお、明るい望遠レンズには、後成分凹部も「トリプレット」としたものがあります。「smc PENTAX A☆1:2.8 200mm」や「Super-Multi-Corted TAKUMAR 1:2.5/135後期型」がそれです。

 

 

 このレンズ構成は、「エルノスター」の前方に分離型「ダブレット」を置いたものとも見ることができます。「エルノスター」が明るいレンズを作れることを利用し、また、コーティングの発達によって、レンズ枚数を増やしても支障が少なくなったことで出来るようになった設計です。

4 ダブルガウス

 ザイデル収差のうち、像面湾曲や歪曲を補正するのに有効な方法として、絞りの前後にレンズを対称に配置する方法が考案され、それにガウスが考案した分離型「ダブレット」である望遠鏡対物レンズの構成を、絞りを中心にして2組前後対称に配置する「ダブルガウス」として開発されました。これは「トリプレット」の中心の凹を分割して対称形にした形式とも見ることができますが、対称形ではない分離型「ダブレット」を2組背中合わせにして対称形に発展させた形式です。大口径化が容易であるということから、レンズ枚数が多くなることによって面反射が増えることによる画質の低下を、近年のコーティング技術発達によって押さえることが出来るようになったことで多用されるようになったレンズ配置です。模式的に言えば、凸・凹 ・凹・凸の4成分構成です。今日では、大口径の標準から中望遠に多用されている欠点の少ない構成です。これをツァイスでは「プラナー」と称しています。

 「プラナー」は当初凸(凸凹)・(凹凸)凸の対称形だったのですが、一眼レフに必要なバックフォーカスを確保するために第二主点を後方に移動させることを目的として、前側(凸凹)を引き剥がして対称性を崩し、凸凸凹 ・(凹凸)凸とした変形ダブルガウスが生まれました。これが明るい標準系レンズの主力となっています。 空気接触面が多いことで起きる乱反射による画質低下を、コーティング技術の進歩で克服できたためでもあります。

 

 

 「ダブルガウス」は、標準レンズとしての単独使用以外にも、広角レンズとして「レトロフォーカス」の一部に用いたり、望遠レンズとして「テレフォト」の一部としても使われています。これらは、PENTAXをはじめとする日本のメーカーが大きく寄与したコーティング技術の発達無しにはありえないことでした。

 

※ レトロフォーカスの後成分凸にダブルガウスが使われている例(前成分凹は逆ダブレット)

※Super-Takumar 1:2/35旧型

 これまでは、収差の補正のための技術に着目したレンズ構成の分類ですが、以下は、カメラの小型化と撮像面の大きさの定形化から必要になって発生したレンズ構成の分け方です。当然、上記分類のものや、その組合せを含んでいるレンズ構成です。

 

5 テレフォト

 遠くのものを大きく写すためには、レンズの焦点距離を長くすればよいのですが、そうすると、レンズ鏡胴は長大なものになってしまいます。これを少しでも短くするために考え出されたのが、凸レンズ後方に凹レンズを置く方法です。この原理は、それによってレンズ群全体としての第二主点をレンズ群よりも前方になるようにし、焦点距離よりもレンズ先端から撮像面までの実際の長さを短くしたレンズ配置で、これを「テレフォト」と言います。凸レンズと凹レンズの組合せによる主点移動を利用したものです。

 前成分凸と後成分凹のパワー配分に差があるため、像面歪曲のうちの糸巻形歪曲が出やすくなっています。

 なお、第二主点というのは、レンズ群全体として出来る前後の主点のうち、後ろ側の主点です。単に主点ということもあります。レンズ群に対して光軸に平行に入射する光線が撮像面で光軸と交わるときに、仮想的に折れ曲がる点です。第二主点と撮像面の間の距離が焦点距離になります。

 前成分凸と後成分凹の屈折力を共に大きくすることで、同一の合成焦点距離でも、よりコンパクトにすることができます。PENTAXのMシリーズのものが、その前のKシリーズよりコンパクトに出来たのはそのためです。ただし、屈折力が大きくなることは収差も大きくなるということですから、画質についての評価がMシリーズの方が低いのは、それが影響しているのでしょう。

 なお、後成分として凹レンズを加えることで、元の凸レンズだけのときより著しくバックフォーカスが短縮することになります。一眼レフの場合、一定のバックフォーカスを確保しなければならないという制約があるため、その点でもコンパクト化の限界はあるようです。

 後成分の凹レンズと前成分の凸レンズの間隔を変化させると、合成焦点距離とバックフォーカスも変化します。このバックフォーカスが変化するということを利用したのがインナーフォーカスの原理です。近接になると結像面が撮像面より後方に移動しますから、これを補正するために後ろ成分凹レンズを後方に移動させることでバックフォーカスを短縮し、結像面と撮像面を一致させる仕組みです。 この原理により、近接するほど合成焦点距離が短くなるため、全群繰出しによる方法より接写による像拡大効果が小さくなります。

6 レトロフォーカス

 同じレンズを使っても、撮像面を大きくしていくことで、より広い範囲が写せるようになります。画角という点では広角ということです。でも、同じ大きさの撮像面に対してより広い範囲を写すという要求に応えるために、焦点距離の短いレンズが必要になりました。それまで用いられていたレンズ構成で焦点距離を短くして行くと、一眼レフではミラーのために必要なバックフォーカスが不足してしまい、広角化に限界がありました。これを解決するために考案されたのが「レトロフォーカス」です。これは「テレフォト」の逆で、凸レンズの前方の離れた位置に凹レンズを置く方法です。これにより、レンズ群全体の第二主点をレンズ群よりも後方にし、一定のバックフォーカスを確保しても焦点距離を短くできました。

 

※1959年 これは下記レンズのデッドコピーか?

 

※1955年アンジェニュー1:2.5/35

 

 この方法は、広角でより顕著となる傾向がある収差を補正するためにレンズ枚数を多く要することとなり、必然的に面が多くなりますから、近年反射防止のコーティング技術が高度に発達すること無しには実用化されなかったレンズ配置でもあります。

 初期には、「Takumar 1:3.5 f=35mm」のように、「テッサー」の前方に凹シングルメニスカスを置いたものがあったのですが、その後のPENTAXのものは、「Super-Takumar 1:3.5/28」のように、中望遠に向いている「エルノスター」を逆向きに配置して、その前方に「 トリプレット」を置いたものがあります。

 余談ですが、レトロフォーカスの部品として「エルノスター」の逆向きに配置というのは、Nikonが始めたことのようです。未確認ですが…

 「Takumar 1:3.5 f=35mm」の後群であるテッサー型部分は、同じくテッサー型である「Super-Macro-Takumar 1:4/50」とレンズ構成図を比較すると、1群目の曲率がより大きくなっています。このことで焦点距離を短縮し、その上で大きな前群シングル凸メニスカスによって第二主点を後方に移動することでバックフォーカスを確保するという手法なのでしょう。必要最小限に近いレンズ構成です。

 

 

 これも「テレフォト」と同じく、前成分と後成分のパワー配分に差があるため、像面歪曲のうちの樽形歪曲が出やすくなっています。

 なお、非球面レンズを使用することで、「レトロフォーカス」もレンズ構成が単純化される傾向にあり、既にディスコンになったもののPENTAX最新の単焦点28oである 「smc PENTAX FA 1:2.8 28o」は5群5枚構成で、前成分凹は分離型「ダブレット」、後成分凸は「トリプレット」となっています。

 レトロフォーカスは合成焦点距離を短くする効果があります。この合成焦点距離をより短くするためには、前成分凹と後成分凸の間隔をより大きくするか、それが同等の間隔の場合は、凹凸双方の成分の屈折力をより大きくする必要があります。間隔を広げるとイメージサークルが縮小しますから、それには限界があります。現実には、屈折力を大きくすることで合成焦点距離を短くするしかありません。

 でも、上記テレフォトの場合でも同じですが、屈折力が大きくなると第2章で少し詳しく述べる色収差や単色収差が大きくなり、その補正が性能を左右することになります。そのためには必然的にレンズ構成枚数が多くなりますから、高度なコーティング技術のほかに高価な非球面レンズや低分散なレンズ素材の採用も必要となります。

7 対称形

 大判カメラ用レンズや距離計連動カメラ用レンズでは、レンズ構成は絞りを中心とした対称形が基本でした。絞りの前後のバランスが整っているので、ザイデル収差を補正するために有効な構成です。標準レンズに多用される「ダブルガウス」はこの典型です。バックフォーカスにあまり左右されない距離計連動(レンジファインダー)カメラでは、広角や超広角にも用いられました。一眼でも、マイクロフォーサーズのようなミラーレスのシステムになると、広角、超広角用としてまた脚光を浴びることになるかもしれません。

 標準レンズにおける対称形の名作として「オルソメター」があります。「ダブルガウス」が凸(凸凹)を対称形にしたもの対して、(凸凹)凸 を対称形にしたものになっています。つまり、トリプレットの対称形です。イメージサークルが広いことと、画面周辺まで破綻が少ないという特長があることから、あおり撮影が当然である大判カメラ用レンズや引伸ばしレンズに多く使われているレンズ構成です。総合的な画質は「ダブルガウス」より上なのですが、それより明るく出来ないという点で、手持ちでの撮影が基本であるため手振れ防止の観点から高速シャッターが求められる小型の135フォーマットカメラにはあまり使われなかったのです。

 歪曲収差などの影響が顕著な広角レンズでも、対称形とすることでそれを補正できるので、広角レンズには多くの対称形レンズ構成形式が作られました。広角の「トポゴン」は片凸の内側に曲率の大きなメニスカスの凹を置き、これを対称に配置した構成です。これの欠点は周辺光量の大きな低下で、それを改善するために凹凸凹の逆トリプレットを対称配置した構成が「ビオゴン」です。バックフォーカスの確保が必要な一眼レフの時代になるまでは、これが超広角レンズとして多用されました。さらに超広角なのが「ホロゴン」で、初期には絞り固定の3枚玉というトリッキーなものでした。それは内側の向かい合う2枚が瓢箪のように繋がって1枚になっているので、絞りを設けることができないのです。

 ※ビオゴンの例

 なお、「ビオゴン」という構成は、「レトロフォーカス」を対称形に配置したと見ることも出来ます。このことで周辺光量低下を防ぎ、歪曲収差を補正しているのです。

 対称形レンズ構成は収差をよく補正することができる優れた形式ですが、異なった形式の対称形レンズの一部を組み合わせるという手法で生まれたレンズ形式もあります。その一つ、ダブルガウスの前群とトポゴンの後群を組み合わせたものが「クセノター」で、両者の長所を兼ね備えることが出来た例です。ダブルガウスほど明るくできませんが、非点収差、像面湾曲や歪曲収差などを良好に補正できて、解像力の高いものが作られました。PENTAXでは、中望遠の「smc PENTAX M 1:2.8 100mm」、廉価版標準レンズの 「smc PENTAX  M 1:2 50o」がこのレンズ構成です。貼り合せレンズを使わなくてもよいので製造コストが低く出来たためでしょう。また、「Asahi Pentax」の輸出用にセットレンズとされていた「Takumar 1:2.2 f=55mm」もクセノターです。

  

 5群5枚または4群5枚構成のクセノターは、1960年代の中級レンズシャッター距離計連動カメラにも多く使われています。

 ※「EF 40mm F2.8 STM」

 2012年にCanonから発売された「EF 40mm F2.8 STM」は、オルソメターの前群とダブルガウスの後群を組み合わせたものです。パンケーキ風にするために、レンズ長を押さえて広角系標準レンズの性能を確保するために採用した組み合わせであると思われます。

 なお、この構成は、レトロフォーカスである「smc PENTAX-FA31mmF1.8 AL Limited」の、後群凸部に用いられています。

 これとは反対の組み合わせとして、「smc PENTAX A 1:2.8 50mm Macro」のように、ダブルガウスの前群とオルソメターの後群を組み合わせた例もあります。解像感の優れているオルソメターの長所をマクロレンズとして用いた設計で、「smc PENTAX M 1:4 50mm Macro」までのテッサーでは明るさを確保できないために変更したのでしょう。これは、クセノターの5群目凸レンズを貼り合せにしたと見ることもできます。

 なお、このレンズ構成は、引伸ばしレンズの50mmや63mmに用いられた「エル・ニッコール型」と呼ばれるものも同じです。

8 焦点可変レンズ

 レトロフォーカスとテレフォトというのは、レンズ群で構成される凸成分と凹成分の配置が逆になるもので、この原理は、ズームレンズにも関係する極めて重要な概念です。合成焦点距離の起点となるレンズ主点がレンズ群の中心の後方になるのがレトロフォーカスで、前方になるのがテレフォトであるということから、レンズ群の並びをレトロフォーカスからテレフォトに変化させれば合成焦点距離が変化する、つまりズーミングが行えるということは理解できるでしょう。レトロフォーカスの凹凸という順序の並びを、どうすればテレフォトの凸凹という順序の並びに変化させられるのかということを解決すれば、焦点可変レンズは実現するのです。

 レトロフォーカスもテレフォトも、その各構成成分自体がそれぞれ複数の凹凸レンズを組み合わせているものです。それは収差を補正する上で必要なことなのです。このため、凸成分に強い凹レンズを追加すれば、全体としては凹成分とすることも可能です。逆に凹成分からそれを構成している凹レンズを外すことで 、凸成分とすることも可能です。この原理を利用すれば、前後に凸成分を、中心に強い凹成分を置くことで、レトロフォーカスからテレフォトへと変化する光学系を作り出すことが可能だということが理解できます。中心の凹成分を前後どちらかの凸成分に近づければ、その凸成分は凹成分に変化させることが可能だからです。このとき 、前後の凸と中心の凹のどちらを動かすかで、ズームレンズの原理が分類できることになります。このことは、第3章で少し詳しく述べます。

9 バックフォーカスについて

 一眼レフカメラで使う交換レンズの場合、ミラーを撮像面と交換レンズの間に置く必要があるため、一定のバックフォーカスを確保しなければならないという制約があります。テレフォトやレトロフォーカスというレンズ群の組み合わせは、このバックフォーカスと不可分ではありません。凸群凹群という並び順が特徴であるテレフォトは、第二主点よりも後方にレンズ群を置くことができることから、バックフォーカスを短縮する効果もあります。反対に凹群凸群という並び順が特徴であるレトロフォーカスは、バックフォーカスを変えなくとも焦点距離を短縮しますから、必要なバックフォーカスを確保した上で焦点距離を短くすることが可能です。

 バックフォーカスというのは、レンズ群後端から撮像面までの実際の距離ですから、レンズ群が作る第二主点、それによる焦点距離をどのくらいにするということでは、バックフォーカスの必要確保量が決まれば、そこが出発点として工夫することになります。

 望遠系の交換レンズのようにバックフォーカスに余裕があるのなら、それを短縮する効果があるテレフォト形式を採用することができます。しかし、それに余裕が無い標準より広角の交換レンズでは、必然的にレトロフォーカス形式にせざるをえません。標準レンズに多用されているダブルガウスにおいても、元は対称形であったものを、前群の屈折力を弱めるために2群目の貼り合せを剥がしたり、後群に凸レンズを追加することで屈折力を増し、結果としてレトロフォーカス傾向に振ることで第二主点を後方に移動させ、そのことで必要な焦点距離を確保した上でレンズ群を前進させ、一眼レフカメラで必要なバックフォーカスを確保しています。これが出来なかったゾナー形式は、距離計連動カメラで得ていた標準レンズの最高峰としての地位を、一眼レフカメラでは得ることができなかったのです。

 一眼レフカメラとは異なって、バックフォーカス確保の制約が大幅に少ない他方式のカメラの場合、レンズ群をコンパクトにする目的のため、一眼レフ カメラでは望遠レンズに多用されているテレフォトを広角系レンズにおいても採用している例があります。第二主点がレンズ群の前方に移動することを利用し、レンズ群全体をより撮像面に近付けることでコンパクト化を図っているのです。亭主がミラーレス一眼の台頭を予言するのは、このコンパクト化、特に広角レンズのコンパクト化に著しく寄与する方法だからです。

 被写界深度が大きい広角レンズにおいては、ファインダーの機能としては、フレーミングさえできればあまり支障がないものです。背面モニターを利用したそれで十分な場合がほとんどでしょう。昔、画角を判断するのに腕を伸ばして両手の親指と人差し指で矩形を作って風景などを区画して見る方法がありました。ライブビューが可能になった今、それを撮影スタイルにできるカメラが受け入れられているのは、ある意味当然なことなのかもしれません。その撮影スタイルにおいては、機材は軽量なことが要求されます。保持の特性から、重心がカメラ本体に近いことが重要です。このためにも 、交換レンズのコンパクト化は、特に広角系においては、重要な要素になるのです。

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