Vol.60 - 31 Jul. 2005

暑い暑いと毎日クーラーの中でのほほんとしていたら、先日、急に
なんだか鼻水がとまらなくなって、咳も出始め、ついには眩暈まで
するようになってきたのです。
「これはまずい、夏風邪か?」と思いながらも、ネットで調べてみた
ところ、これはどうやら『冷房病』の諸症状の様子。
慌ててクーラーを止めて布団にくるまって寝たところ、すぐに症状は
軽くなったのですが、目覚めた時には布団をはだけて大汗をかいて
おりました。
暑すぎれば眠れないし、涼しくすれば身体に変調をきたす。
どうにもやっかいな季節です。
みなさんはどうですか、夏風邪に冷房病は?

そんな先日、朝の通勤時間に冷房装置が故障している電車に乗り
ました。
駅を出るごとに車掌が車内放送で冷房の故障を謝り、客に窓を明
けるように促していましたが、学生が夏休みを取っていたり、既にこ
の電車を待つ間に駅の放送などで情報を聞いて避けた客もいたの
か、とにかくいつもの混雑状態にはならなかったことや、暑さも厳し
くなかったのか、極限まで不快な状態にはならなかったのが幸い
でした。

そういえば、昔の通勤電車には冷房装置など載っていなかったわ
けですし、20年ぐらい前までは冷房装置の室外機から出される温
風とブレーキ装置から出る熱で地下が高温になるという理由で、
地下鉄では冷房を使用していませんでした。
それが今では、機器の進化もあって、空調完備の毎日…。

窓明けを促す車掌のアナウンスを聞いていると、ふと大学時代に
仲間うちの間で出していた会報に書いた文章を思い出しました。
東急新玉川線(現東急田園都市線)でも、渋谷から二子玉川園(現
二子玉川)までの間の地下区間では冷房を使用せず、二子玉川園
直前でトンネルを出た途端に、客に窓閉めをさせていたのですが、
そんなことにまつわる話です。
今日は、その話を転載したいと思います。会報の発行日付を見たら、
86年8月11日とありました。

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ドイツ語のテストを終えて、渋谷から快速電車に乗った。
電車は思ったほど混雑はしておらず、座れなかったとはいっても、
快適だった。開放された窓からは、地上の湿っぽさを少し含んだ
地下鉄特有の風が、わりと強めに入ってくる。ボクはつり革を持っ
たまま、横線しか見えない地下鉄の壁を眺めたり、頭上でニッコリ、
ボクにほほえんでいる沢口靖子のポスターを見ていたりした。
電車は二子玉川園を前に地下を抜け、同時に冷房が入る。
「ただいまより、冷房を使用いたしますので、おそれ入りますが窓
際のお客様は、窓閉めにご協力ください」
車掌のアナウンスに促されるまでもなく、帰宅を急ぐ乗客は窓を閉
める。毎年のこと、夏の風物詩という感じ。
二子玉川園でたくさんの客が乗ってきて、あっという間に動けなく
なってしまった。出発すると外の景色もなくなって、閉められた窓
ガラスに混雑した車内が映っていた。と、その時、ボクは一人の
女の子と目が合った。いや、女の子と言ってはいけないのかも知
れない。彼女はボクと同じ歳なのだ。
美人姉妹、あるいは才女姉妹の伝説なんていうのは共学の中学
や高校ならばひとつはあるもので、つまり彼女はそんな伝説の主
人公で、画家の父親を持つ彼女の、姉はいまテレビのある番組で
アシスタントをしている。美人で才女の姉妹。彼女は、明るく健康
的な妹であった。
彼女は友達と喋りながら軽く会釈した。ボクも慌てて会釈した。二
人ともガラスに映った相手にほほえみかけた。
彼女は次の駅で降りていった。中学の頃と変わらない雰囲気を残
して、ガラス越しの出逢いはほんの一瞬だった。
彼女とボクはそんなに深い交際があったわけではなく、ごくふつう
に話すだけの中学のクラスメイトだった。高校も別々、会うのは多
分4年か5年ぶりだと思う。今、彼女が何をしているのかも知らない
し、ボクが今ここで話題にしていることも彼女は知らない。ただひと
つ言えることは、ボクのその当時のちょっとした憧れだったというこ
とだけ。
鏡に映った自分の姿は虚像だと、小学校の理科の時間に聞いた。
ほんの一瞬ガラスに映った彼女の姿も、それからボクの想い出した
中学の頃のことも、みんながみんな何かの鏡かガラスに映し出され
た虚像なのかも知れない。もっと極端に、ボク自身の心自体が鏡か
ガラスで、その中でボクなりの彼女という虚像を作り上げているの
かも知れない。
電車を降りると細かい雨が降っていた。傘を開きながらボクは、その
日が七夕の晩であるということに気づいた。
牽牛と織姫は天の川を間に、ボクと彼女はガラス窓を間に、天気が
どうであろうが、気持ちがどうであろうが、とにかく久しぶりの一瞬の
再会を、この七月七日の晩に果たしたのである。
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ホントは7月7日に皆さんにお送りしようと思っていたネタだったのです
が、ついつい時機を逸してしまっていたところ、冷房故障の電車の
おかげで再度復活と相成ったわけです。
七夕の7月も今日で終わり。明日からは、暦の上ではもう“秋”。
それでもまだまだ暑い日々は続きます。
皆さんも、夏風邪や冷房病にはくれぐれも気をつけて、この季節を
乗り切ってくださいね。


今年、二子玉川の七夕は曇り空だった。
織り姫と彦星は、地球上から見られることなく、
年に一度の静かな逢瀬を迎えた。


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