Vol.55 - 12 Mar. 2005

地方ローカルテレビ局には人知れぬ長寿番組が多いと聞いた
ことがあります。そんな地方テレビ局が制作している長寿番組
のひとつにテレビ神奈川(TVK)制作の『新車情報2005』という
番組があります。
地方ローカルの番組ながら、この番組は日本各地のローカル局
にもネットされていて、番組の公式ホームページによれば放送
ネットが14局あるほか、全国15のケーブルテレビ局やスカイパー
フェクTVのビクトリーチャンネルにも配信されている、隠れた“全
国放送”という番組です。
1977年の放送開始とのことですから、28年間も続いている番組
なのですが、その番組がこの4月3日の放送を持って終了になる
そうです。

この番組の魅力は、なんといっても司会者である自動車評論家
の三本和彦(みつもとかずひこ)氏の、時として見ている方がどき
どきしてしまうくらいの鋭いコメントです。
取り上げるクルマ(乗用車)は、国産・外車を問わず、軽自動車
から豪華なセダンやミニバンなどまで多彩です。
番組の前半では放送局のある横浜から箱根まで走らせて、実
際に試乗してみた上でのクルマの印象を語って、併せて燃費や
騒音などの実測値を発表します。そして後半は、スタジオにクル
マを持ち込み、ゲストとして招いたそのメーカー(外車の場合は
代理店)の広報担当や開発スタッフに手厳しい質問や意見をぶ
つけ、そのクルマの詳細を紹介しながら、今後のより良いクルマ
のあるべき方向性を示す。そういう番組です。

番組を一度でもご覧になったことのある方ならご存じかと思いま
すが、この番組独自のクルマの審査基準や用語というのがあり
ます。
一例を挙げてみましょう。
“ドライバーが運転している状態で、頭の上に握り拳がいくつ入
るか”これはヘッドクリアランス、つまり室内での頭上の余裕を
測るための基準です。頭上の圧迫感がないかどうか、身長170
cm強で座高も高めという三本氏の基準で、頭上にゲンコツ2個
以上というのが必要最低限の条件です。(ゲンコツがひとつも
入らないクルマの時は、ホント怒ってましたね)
モーターショーやカーディーラーの展示車に乗って、頭の上で
ゲンコツを握っている人を見かけることがあります。その人は、
まず間違いなくこの番組の視聴者です。この測り方は、ホンダ
の試作車試乗会でも採用された、という噂を耳にしたことがあり
ます。

三本氏の語り口からは、隠れた流行語が生まれています。
アップダウンやカーブの続く試乗コースは、「いつもの山坂道(や
まさかみち)」。ここでは、タイヤを鳴らしながらカーブの急坂を
下ったりしています。番組では場所を公表してはいませんが、
箱根の現場を探し当てたファンたちの間では、どうやら聖地と
なっているようです。
また、前置きとして「不躾(ぶしつけ)でございまして…」と、ひと
こと断ってから鋭く突っこむという口上も、番組を見る視聴者に
対する三本氏の姿勢として、気持ちのいいものがありました。
さらに、毎回紹介されるクルマのトランクの中にはその容量を
実測するため白黒縞模様の物差しが入れられています。トラン
クの奥行きや幅、深さから、地面からどのくらい荷物を持ち上げ
ればトランクに入れられるのか、またワゴン車の場合には後部
ドアが頭上どのくらいまで上がるのかといったところまでを、カ
メラの前で測って見せます。
この物差しを、「不躾棒(ぶしつけぼう)」というのだそうです。

三本氏はこういった具合で、クルマを使う人の立場で新しく登場
するクルマを評論し、またそれはユーザーにとっても、クルマを
購入する際の見るべきチェックポイントとして教えていたのです。
正直なところ、ボクは毎週見ていたというわけではありません。
ただ、たまたま見た時はいつでも、三本氏のこういった姿勢に
とても好感を持っていました。
番組公式ホームページにある三本氏のプロフィールには、こう
書かれています。
『メーカーによい商品を作らせるには、消費者が「気持ちの良い
商品でなければ買わないことが大切だ。」と主張する。』

気持ちのいい商品であるかどうかは、クルマの場合、実際に
乗ってみないことにはわかりません。長い距離、あるいは長い
時間、じっくりと乗ってみることによってようやく良さが見つけら
れるような場合も、クルマに限ってはよくあることだと思います。
そういう類の商品だからこそ、こういった番組でわかりやすく
解説してもらえると助かるのです。

また、番組内のふとしたところで語られる、クルマを巡る環境問
題やドライブマナーの問題、自動車行政のことなども、とかく趣
味としての「クルマ」に偏りがちな「クルマをテーマにしたテレビ
番組」の中では、異色な存在でした。

「新車情報」という極めてシンプルで飾りのない番組タイトルも、
きっと三本氏の考えに因るものだろうと思います。番組全体に
貫かれているメッセージには、長寿番組ならではの老舗の頑固
さもありました。
その三本氏が降板して、番組も終了してしまうとのこと。寂しい
ことだと思います。

番組そのものは、三本氏ではない誰かが引き継いで模様替え
されるのかもしれません。その時はぜひ、三本氏の意志を充分
に反映させた番組にしてほしいと思います。
そして、運転免許を持ってハンドルを握る者として、クルマを巡る
あらゆることに警鐘を鳴らし続ける三本氏の考えに、これからも
耳を傾けていきたいと思います。


我が愛車、97年型オペル・アストラ
頭上にゲンコツが2個入る


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