Vol.25 - 25 Nov. 2002
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ポール・マッカートニー、9年ぶりの来日公演に行く機会を得ま
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初日となった11月11日(月)の東京ドームは、前日の晩に行な
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われた日米野球から一変。がらりと雰囲気が変わっていました。
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開場時刻を過ぎてもドームの周囲にはものすごい人数がまだ
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まだいるなと思ったら、それは開場が遅れたためとのこと。
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お蔭でその日のコンサートの客の年齢層の高さを目の当たりに
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することとなりました。会社帰りの男性は仕事をなんとか切り上
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げてきたのでしょう。入場待ちの列の中から携帯電話で喋って
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「あ、その件は明日処理します。ハイ…、あ、すいません…」
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壮年というよりはもう初老と言ってもよさそうなご夫婦も、列に並
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それもそのはず。そもそもアーティスト自身がすでに還暦を過ぎ
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ているのですから、同世代といえば孫がいたっておかしくない
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入場して1階席に落ち着くと、ボクたちの後ろの列には、親子3
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代と思われる品の良さそうな一家が、いくつかの席を占めてい
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50代半ばと思われる母親が、今どきなりにもきちんと身なりを整
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「○○ちゃん、こっちの席に移ってお父さんの解説聞かなくてい
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しかし、娘は「いい、私ここで。おばあちゃんの隣で」。
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まあ、そのような客層も含めて、とにかくふつうのロックコンサー
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トとは明らかに年齢層に違いのあるものとなっていました。
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世界各地の古代舞踏をモチーフにしたような荘厳なショーをプロ
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ローグに、ついにスクリーンにギターを持ったポールが大写しに
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なって、「Hello, goodbye」と共にコンサートが始まりました。
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内容はいろいろなメディアで伝えられているとおりなので、ここ
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では触れないことにしますが、中に何曲もぐっときてじんとする
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ビートルズだけでなくポップスやロック全ての原点とも言える曲、
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“金字塔”と呼ばれる数々の曲、今や学校の教科書に載ってい
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会場に集まっていている人それぞれに想い出があるであろうメ
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そんな中、ある曲のサビの部分が、ふと心に強く引っかかりま
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♪Life is very short and there's no time for fussing and
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『We Can Work It Out (邦題:「恋いを抱きしめよう」)』という、
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“人生は短いもの。だからくだらないことでケンカをしているヒマ
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ジョン・レノンは40歳で凶弾に倒れた。リンダ・マッカートニーは
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56歳で癌に命を奪われた。そして去年の今ごろ、ポールとは旧
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友だったジョージ・ハリスンが病で逝った。58歳だった。そういえ
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ば、古くは“5人目のビートルズ”と呼ばれたスチュアート・サトク
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リフも、脱退後とは言え21歳の若さで脳腫瘍で亡くなっている。
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ビートルズのメンバーがまだ20代にだったころの歌ですが、その
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中からひとり抜けふたり抜けしながらも、40年近い時を経た今で
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も輝いている中心人物が、今まで通りの明るくエネルギッシュな
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ジョン・レノンにも、リンダ・マッカートニーにも、ジョージ・ハリスン
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にも、それぞれに捧げる曲が歌われました。特にジョージには、
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本人からもらったというウクレレで、ジョージが作曲した「Some-
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thing」が捧げられ、これにはかなりじんと来るものがありました。
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前日にラジオで、没後1年にして周囲の人たちの苦労の末に発
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売されたというジョージの最後のアルバム「Brainwashed」から、
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『Stuck Inside A Cloud (邦題:「あの空の彼方へ」)』という歌を
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聴いていたから。おそらく病魔と闘いながらも精一杯曲作りに励
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んでいたのでしょう。それでもその歌声はすっかり弱々しく感じら
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一曲ごとに変えるといった感じでつぎつぎとギターを取り替えな
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がら精力的に歌いつづけるポールのパフォーマンスの中にあって
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も、明るく軽くアレンジされたウクレレのシンプルな音が心に染み
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コンサートはボクの好きな「Eleanor Rigby」もやったし、「Hey Jude」
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を会場に集まった全員で歌ったりもした。新曲の「Driving Rain」
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もやったし、「Yesterday」もあった。ビートルズの名曲ばかりでな
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く、ウィングスの映画『007/死ぬのは奴らだ(原題:「Live And Let
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Die」)』のテーマ曲も、豪華に豪快に歌われ、とても感激のうち
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に終わり、ボク自身にとってもなんだかひとつの“節目”のような、
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コンサートとしては、いまだかつてない感動を得ることができま
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最後に、決して楽ではなかったはずの、このコンサートのチケット
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を取ってくれたボクの「Lady Madonna」に最高の感謝の意を表し
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ノンキな通信 I.Z.'s Attic
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