Vol.23 - 08 Sep. 2002

親友かつ同僚がほんの数日らしいけれど、出張でラスベガスに
行くことになったそうです。仕事とは言え、羨ましい限り。
昨年の同時多発テロ以来、アメリカ・飛行機というと、あまり良
い印象がないし、そもそも出発を前にそんなことを書いてメール
で送ろうというボク自身の行為も、良心的ではない。
いかがなものか。
でもボクは、アメリカそのものは嫌いではないし、飛行機も好き
だから、ラスベガスと聞いて思い出す話を今回は書いてみよう
と思っている。

ボクはラスベガスの街そのものには行ったことはないけれど、
飛行機のトランジット(経由)で、空港に降りたことはある。
アラモの砦があるテキサス州サンアントニオから西海岸のサン
ディエゴに出る時に使った「サウスウエスト航空」という会社の
ハブ(拠点)空港だったからだと思うけれど、この時にはいろい
ろ面白い経験をした。
そもそもサンアントニオで泊まったホテルのフロントに、サンディ
エゴに行くにはどこの航空会社を使うべきか訊いて、そこで教
えられた電話番号にかけてみたら「ノースウエスト」だったという
ところからして妙な出会いだった。
電話で予約をすると、ふつうなら訊かれるはずの「窓際or通路
側?」が、なかった。
アメリカ南西部だけをネットワークしている大きくない会社だか
ら、窓口もおざなり、ましてや発音も聞き取りにくい日本人相手
なんだから、そんなものだろうなどと思っていた。
搭乗当日、空港に行ってチェックインすると、黄色いプラスチック
のカードを1枚渡された。カードには2桁の番号だけがふってあっ
たと思う。飛行機の便名も書いてなければ、搭乗口の案内など
もない。
大きな社員食堂の食券みたいな感じの札で、なんだろうとしか
思えなかった。
ふつうは搭乗券に書かれている搭乗口案内を見ながら空港内
を歩いて行くのがボクのクセだけど、仕方がないから掲示板に
表示されている案内に従ってロビーに進む。
ロビーにはもう搭乗予定の人たちが何人も待っていて、搭乗開
始を待っていた。そして、搭乗案内とともにロビーが活気づく。
「ハイ! 手元のカードの番号が1番から20番までの方、どうぞ!」
定員制の映画館のような手順だった。
要するに自由席。だから「窓際or通路側?」を訊かれなかった
んだ。なるほど。
空港到着が遅かったボクは、搭乗券替わりの整理券の番号が
大きく、必然的に窓際でも通路側でもない、3人掛けの真ん中
の席に着くしかなかった。
飛行機はアメリカの中距離機としては一般的なボーイング737。
中古の機体らしく、機内中間部に以前はそこを境に前半分は
ファーストクラスだったのだと明らかに分かるような壁が立って
いて、そこには進行方向と逆方向を向いた席が置かれていた。
乗務員ではなく、乗客が後ろを向いて座る席なんて、初めて見
た。
後ろを向く人たちは腰だけでなく、両肩からもベルトをしなけれ
ばいけなくて、4点シートベルトにがっちりと身体を固定されて、
3対3の対座シートに向かっていた。ものすごい違和感。
搭乗員はなかなかフレンドリーで、頼んだ飲み物を覚えていて
くれた。
「おかわりは、またダイエット・コークでいいですか?」

ここまでで充分サウスウエストの「ふつうじゃない」ところを見て
きたけれど、ラスベガスに到着してサンディエゴに向かう際にも
さらに違うところが見えてきた。
そもそも「経由」だと思っていたのだけれど、便名が変わるとこ
ろをみると、それは「乗り換え」だったのである。ところが、機内
で一歩も動かずにいるうちに、自動的に「乗り換え」は完了する。
いったん空港ターミナルに出ることはせずに、隣の窓際の席に
移って、外で行なわれている給油や荷物を積み込む様子を眺
めていると、ぞろぞろと新しい乗客たちが乗り込んできた。
乗り込んできて隣り合わせに座ることになった見ず知らずとしか
思えない人たちが「いくら勝った?」とか「空港まで来るタクシー
代しか勝てなかった」などと気軽に会話をし、それを聴くだけで、
ラスベガスは街そのものがギャンブルのテーマパークなのだと
思えた。

到着から1時間程度で飛行機は再び離陸した。
ベルト着用のランプが消えると飲み物が配られるのと同時に、
乗務員が大きなビニール袋を持って前に立った。
「みなさん。お配りする小さな紙に名前を書いて1ドル紙幣といっ
しょにこの袋の中に入れてください。お願いいたします!」
マイクを使わずに喋るものだからよく聞こえず、最初は寄付かと
思った。
でも、まあ1ドルぐらいはいいだろうと思って参加。
そしてしばらくすると、スチュワーデスとスチュワードのふたりが、
ちょっと膨らんだ先ほどのビニール袋を持って前の方に登場。
何かをペラペラと喋った後、ビニール袋の口をとじて2〜3回軽く
振った。
そしてまたビニール袋の口を開けると、中から1枚の紙を取り出
した。
「ハ〜イ! ミスター・ジョン・ブラウン、78ドルが大当たり!」
搭乗客から1ドルずつ集めて、ラスベガスの余韻を残すような
「遊び」が機内でおこなわれたのだった。
みんなでミスター・ブラウンの大当たりに拍手をして、前の方に
座っていた小太りの白人が立ち上がってちょこんと左手をあげ
て挨拶すると、続けて乗務しているスチュワーデスがボクのと
ころにやってきて、「またダイエット・コークがいい?」と訊いて
きた。

小さい航空会社はこういうがんばり方をしているのだ。
ものすごくおおざっぱな感じはしたけれど、サンディエゴに着い
た時には「楽しかった」と満足感があった。
その後、日本に帰ってきて数年してから知ったことで、もしかし
たらこの「ノンキな通信」を読んでくれている人たちの中にはもう
既に知っている人たちもいるかもしれないけれど、この「サウス
ウエスト航空」という航空会社は、実は破天荒な企業風土とし
て海外でも有名な成功した企業ということで有名な会社だった。
企業全体が成功の自己満足に陥らないために、全ての社員の
幸福を最優先に、顧客満足度の高いサービスを提供している
ユニークな企業なのだそうで、何年も「また乗りたい航空会社
ランキング」のトップを維持し続けている会社だということだった。

社交的で周囲との調和が図れ、楽しみながら仕事に打ち込め
る人だけを採用し、官僚主義を否定し従業員に多くの決定権や
権限を与え、物的なものだけでなく組織体系そのものから無駄
を省いて、従業員がストレスを感じない職場を作り上げる。
経営者・従業員・利用者の全てが満足できる企業ということで
有名なわけだが、考えてみると、そんなシンプルで分かりやす
いことのできている企業というのも滅多にない。
わかっちゃいるのにできていない。企業に限らす、日常生活に
おいても同様。
長引く不況で、なんだか縮こまってしまっている今の日本。
いろいろ小難しいことを考えたり、目先の利益だけを考えること
をやめて、もっとぐっとシンプルに物事を捉えてみればいいので
はないだろうか。
「最終的にどうなっていればいいのか」「そのためになにをすれ
ばいいのか」。それだけでいいような気がする。
「テキリィズィー(Take it easy)」。
「経由」でなく「乗り換え」だと思った時にスチュワーデスがボク
にかけたこのひとこと。今の凝り固まった日本人に、かけてあ
げたい。

サウスウエスト航空はアメリカの国内便だから乗ることはない
とは思うけれど、某友人かつ同僚くん、どうか気負わなくていい
から、気をつけて行ってきてください。


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ノンキな通信  I.Z.'s Attic




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