~ sacrifice ~2








***



玄関を入った際、家族ではない者の靴があることに気が付いた。日向が来ているのだと、すぐに三杉は覚った。

(今日も・・・?この間、来たばかりじゃないか)

つい2週間前にも来ていた筈だと思う。寮生活をしているのに、そんなに外出して大丈夫なのだろうかとも。

(いや・・・。僕には関係のないことか)

日向が会いに来ているのは、自分ではないのだ。父親が自分の都合に合わせて呼び出したのだろうと推測した。学生の身である自分たちに比べれば、よほど忙しくしている人なのだから、と。

    父は、見た目は実年齢よりだいぶ若い)

三杉は自分の家が裕福であり、経済的な面では恵まれた境遇にあることを理解している。そしてそれは、父よりも前の代から続いているということも。

(・・・あの人だって結局、生まれた時から金銭的に苦労したことなんて、一度も無いんだ。祖父や曾祖父の残したものを享受して・・・事業を広げつつも、仕事以外にも趣味を沢山持っている。     好きなように生きているから、若く見えるんだろうな・・・)

実際、三杉の父親は息子から見ても、外見だけでなく気持ちも若く、人生を楽しむことを知っている男だった。知識も話題も豊富で、三杉自身、父親と話していても世代の壁を感じたことは無い。

だからなのだろうか、と思う。
三杉からすれば、男同士であり、親子ほどに歳の離れた相手とどうこうなるなど、到底考えられない。
だが日向にとっては違うらしい。日向が父親のどこに惹かれたのかは知らないが、少なくとも父親の外見の若さや、中身の柔軟なところも影響しているのだろうと思われた。


三杉は靴を脱いで玄関ホールに上がり、階段の上を見上げた。邸の中央に据え付けられた階段は、優美なカーブを描いて上階へと続く。凝った意匠の施された手摺は美しく、この洋館が贅を尽くして建てられたものだということを知らしめていた。
その階段を上って右側に行くと父親の書斎がある。自分の部屋に行くには、そこを左側に進めばいい。

(・・・とりあえず着替えて、夕食にしよう)

日向が来ているということは、母親は不在なのだろうと思われた。どのみち三杉の母がこの邸で食事の用意をすることは、滅多にない。家事全般は通いの家政婦がしてくれている。三杉は出てくるものに文句もつけず、黙って食べるだけだ。

「・・・昔は、君がここに来た時には」

一緒に食べていたのにね・・・という言葉を飲み込む。
気分が塞いでくるのを振り払うように、足早に幅の広い階段を上った。



(・・・・?)

廊下の右側奥から、物音が聞こえた。不審に思って視線を向ければ、いつかのように書斎の扉が開いている。

「・・・・!」

あの日と同じだ、と思った。
あの日       三杉が扉の外から、彼らの情事を盗み聞きしていた日。おぞましくも艶めいた日向の声に、どうしようもなく身体が昂った日。

    何故?)

何故、また今なのか。今回のこの状況も、また仕組まれたことなのか    

『近寄ってはいけない』と頭では分かっているのに、三杉の足は誘われるように書斎の方へと進み行く。駄目だ、戻るんだ     そう思っていても、すぐに書斎の扉の前に行き着いた。扉に触れてそっとノブを引くと、それは音も立てずに、人ひとりが通り抜けれらる幅にまで開いた。

(僕を、何のために呼ぶ     ?)

前回はこの場所で留まっていた。漏れてくる音を聞いてはいたけれど、この扉より先に入ることはしなかった。
だが今回は違う。三杉はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。書斎の中には整然と本の並んだ書棚と大きなデスクがあるのみで、人の姿は無い。更に奥へと入る。
続き部屋からは低く掠れた甘い声が、途絶えることなく聞こえていた。

「は・・んんっ、あ・・・たかひさ、さん・・っ」
「小次郎」

小次郎、と父が日向を呼ぶのを、初めて聞いた。カっと頭に血が上る。『小次郎』などと下の名前では、三杉ですら呼んだことが無い。

(僕の      僕の友人だ。僕がこの家に、連れてきたんだ)

それなのに何故、日向は自分の父親といるのか。自分と共に過ごすよりも、父親とそうしている方が楽しいとでもいうのか。父も父だ。息子の友人を性の捌け口とし、所有欲を丸出しにして下の名を呼ぶ。恥かしくはないのか。        そう、大声で詰りたかった。唇を噛みしめる。


歩みを進めて、続き部屋の前に立つ。そこの扉は大きく開かれていた。
中に入って最初に目にしたのは、部屋の奥に置かれた大きな寝台だった。そしてその上で絡みあう、二人の人間の姿。

ゴクリと喉が鳴った。
初めてだった。人がセックスしているところを直接目にするなど、三杉にとっては当然初めてのことで、しかも片方は父親で、もう片方は友人だ。どうして自分がこの場に居ようとしているのか分からない。口元を手で抑える。そうしていないと、声を上げてしまいそうだった。

    僕は一体、何のためにここに居る?何故、ここまで入ってきた?)

入室を許可された訳でもないのに、勝手に入ってきて、自分はどうするつもりなのか。

そう自問しながらも、この場所から離れるつもりのない自分があることも認識している。
無理だった。この光景を目にしてしまったのなら、もう見なかったことには出来ない。日向の苦し気に眉を寄せた顔から、半開きにほどけた唇から、目を離すことが出来ない。

「・・・ンンッ、ふ、・・ああっ、あ、・・・や、そこ・・っ、やだ・・、まだ     アアアッ」

グチュリと、濡れた音が聞こえた。その途端に日向が背を反らしてシーツを蹴る。

「・・ひ、・・ンンッ・・・あ、あ・・くぅ、ん・・」

抑えきれない声が絶え間なく響く。日向の顎が上がり、髪がシーツの上で擦れて乱れた。

「あっ、あっ・・・う、く・・は・・・っ」
「小次郎。もう、私の指を奥まで呑みこんでいるよ・・・。柔らかくなってきた。痛くはないね?」
「・・・あ、ん・・・ふ・・っ、だい、じょぶ・・っ・・・あっ、あっ、・・」

寝台は部屋の入口から見て、横向きに置かれている。だからベッドの上の二人がどのような状況で睦み合っているのかを、三杉の立っている場所からもつぶさに確認できた。

「・・いい子だ。ゆっくり挿れるから」
「・・・は、あ・・っ!」

三杉は父親が日向の両足を抱え上げて、覆い被さるのを見た。シーツを掴む日向の指に力が入り、小さな悲鳴が上がる。だがやがて父親がゆっくりと日向の上で動き始めると、その声音も徐々に変わっていった。

「・・・んんっ、んっ、・・・あ、・・あ、・・・ふ、ぁっ、い、・・いい・・っ、ああ・・・っ」

感じ入ったような声で喘ぎ、気持ちよさそうに喉を晒して吐息を漏らす。日向が『イイ』と上擦った声を出す度に、二人の動きが更に激しく速くなる。

「ああッ・・・あ、も、もっと・・・もっと、おく・・!奥まで・・っ、貴久さんっ・・!」
「小次郎は奥が好きだね。・・・こう、かい?」
「あっ、・・やあああッ!」

父親      貴久がグっと腰を深く突き入れると、日向の身体が弾かれたように跳ねた。切羽詰った声が上がる。そのまま達したらしかった。

    はあ・・っ。・・・ ンンッ、あ、や、待って・・・っ、まだ、イった、ばっか・・っ!」
「私はまだだ」
「やあ・・・ッ」

貴久は組み敷いた身体を揺さぶり続けて、やがてぶるりと大きく震えて吐精を迎えた。低い声で呻いて日向の中に全てを注ぎ込むと、汗で濡れたしなやかな肢体の上に重なり落ちる。
その後も温かく締め付けてくる中から退かずに、日に焼けた滑らかな肌を愛撫し続けた。

「・・・貴久、さん」
「ああ。そうだね。・・・こちらへ来なさい。淳」

突然に自分の名を呼ばれて、その場に立ち続けていた三杉はビクリと身体を揺らした。ここに入りこんだことを気付かれていないなどとは思っていなかった。だが『来い』と命令されるとも思わなかった。

三杉は無言で歩を進めた。ベッドの近くまで寄ると、貴久は『どうしてここにいるのか』と三杉に問うた。

「どうして、と僕に聞きますか?・・・では何故、扉を開けていたんです」

わざと開けておいて、自分を誘導したのはそちらではないか。そのことをちゃんと自分は知っているのだと、そう示したつもりだった。貴久は薄く笑うと、日向の手を握った。

「どう思った。私に抱かれる小次郎を見て」
「どう、とは?」
「お前も触れてみたいと、そう思わなかったか?」
「・・・・・」

何を言っているのだ、そんな筈が無いだろう。自分は貴方とは違うのだ       そう言いたかった。
だが三杉の口から出てきたのは、「もし、そうだとしたなら?」の一言だった。日向が一瞬だが身体を固くしたのを、三杉は視界の端で捉えた。

「ならば、お前も小次郎を抱いてみるといい」
「・・・何を仰っているのか、よく分かりませんが」

意識せずとも、低く唸るような声が出た。人を馬鹿にするにも程がある。

「自分が何を言っているのか、分かっているんですか・・・!?」
「無論、分かっている。     小次郎、おいで」

貴久は日向を抱きよせて顎を掬い、唇を合わせた。口を開けさせて口腔の奥まで探る。日向は「・・・ン」と鼻にかかった声を出した。

「お前はどうだ。小次郎。淳を相手にするのは嫌か?」

解放された後にそう問われた日向は、三杉がこの部屋に入ってきてから初めて目を合わせてきた。貴久の言葉にも、何の動揺も驚きも見られない。真っ直ぐで揺らぎの無い瞳だった。

「俺は、構わないけど」
    日向っ!」

三杉は悲鳴のような声を上げた。まさか日向が、そのように答えるなどと思わなかった。

「君は、一体何を言ってるんだ・・ッ」
「怒鳴ることないだろ?・・・貴久さんと同じようにしていい、ってそう言ってるだけだ。別にお前が嫌なら、やらなきゃいい」
「・・・君は、父にされていることを、他の男にされてもいいと言うのか」
「? ・・・何か、駄目な理由があるのか?」

日向が首を傾げる。本気で『分からない』と言われているように、三杉は感じた。大したことじゃない、何を拘ることがあるのだと、そう言われているように。

(ならば    

ギリ、と奥歯が鳴った。

(君がそんな風に考えているのならば     その程度のことだと捉えているのならば)

そうであるなら。

(ならば、僕が貰って、何が悪い       ?)



    あ・・!」

三杉は未だ一糸纏わぬ格好の日向の腕を掴んだ。力任せに引いて、貴久の腕の中から奪い取る。抱き締めた身体は熱かった。

「日向がそれでいいと言うなら、僕に断る理由はありません。     僕も、この身体が欲しい」

貴久にそう告げる三杉の声にも、日向はただ静かな目で見上げてくるだけだった。『身体が欲しい』という直接的な言葉にも、これといった反応は見せない。

(君がどういうつもりで僕に抱かれてもいいと言うのか、それは分からない。単に僕に興味が無いのだとしても、別に構わない。例えそうであっても・・・・)

日向の赤く濡れた唇に、三杉は誘われるように口付けた。

(そうであっても、それで君が手に入るというのならば       代わりに僕は、)

触れた唇は柔らかく、温かく三杉を迎え入れた。








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