~ promise ~ <3>
君のサッカーは予測がつきやすい。
今は身体能力で補えているけれど、そのうち壁に当たってしまうよ・・・
三杉に指摘され、その点では自覚のある日向は、反発することなく素直に三杉の忠告を受け入れた。
三杉はこうも言った。
君はもっとサッカーというものを知った方がいい。ひたすらボールを蹴っていれば強くなるというものではないんだ。
ゲームに勝つためには、頭を使わなくちゃいけないんだよ・・・・
三杉は、日向がサッカーをより深く理解できるように手助けをしよう、と提案してきた。
三杉は心臓に持病を抱えているため、練習や試合の出場時間に制約があるものの、技術的には高校生のレベルをはるかに超えていた。
またそれだけではなく戦術というものをよく理解していたし、それを周りの人間に伝えるのも上手かった。
武蔵では1年生ながら監督とメンバーの橋渡し役であり、ピッチに立てばゲームをコントロールをするのが三杉の役目だった。
一方で日向は自分が向上することに貪欲であったし、生まれもった素直な性格のお陰で、教えられたことは着実に吸収できるタイプの人間だった。
「教えがいのある生徒で嬉しいよ。」というのは、三杉から日向への褒め言葉だった。
『授業』の場としては、今回のような集まりを使うこともあったし、スケジュールがあえば二人でスタジアムに試合を見に行くこともあった。
グラウンドならば、三杉は棒や石を使って地面にボールや人の動きを書き、日向にどう動くべきかを考えさせた。
観戦ならば、スターティングメンバーを見てチームが取るであろう戦術を予測し、選手のどういった動きが有効的で、機能していない選手は何が悪いのかを日向に解説してくれた。
雨の日には三杉の体を慮り、観戦は止めて三杉の家に行くこともあった。
三杉の母親も、日向が行くことを歓迎してくれた。
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その日もやはり雨が降っていて、二人はJリーグの試合を見に行く予定だったのを取りやめた。
その代わりに、寮の二人部屋よりもよほど広い三杉の自室で、三杉が録画しておいたCLの試合を見た。
バルサ対インテルのスター軍団同士の試合で、ローソファに二人で並んで座って見た。
豪快なシュートや華麗なパスワークに興奮する日向に対して、三杉は静かに観戦していた。
時折は口をはさむこともあったが、大概は三杉が自分なりに分析した結果を日向に伝えているのであって、それに比べると、何だか日向は自分が酷く子供っぽく思えた。
日向も黙って見ようとしたが、それでも点が入ったり、いいプレイがあると自然に体が動いてしまう。
そんな時だった。
近くで笑う気配がした。馬鹿にされているのかと癇に触り、何だよ・・・と振り向くと、目の前に三杉の顔があった。
何を・・・と尋ねる間もなく、唇を塞がれた。
時間にしたら数秒の出来事だったのだと思う。それでも日向にとっては、時間が止まったかのようだった。
触れるだけのそれは、始まりと同じように、ゆっくりと静かに離れて終わった。
生々しさは全く無かった。
大きな目を更に見開いて、動作の一切を止めてしまった日向に対して、三杉はいつものように柔らかい笑みを浮かべた。
ただ色素の薄い瞳だけが、その表情を裏切って、いたずらっぽく光った。
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それだけのことだった。
三杉は何も言わずテレビの画面に視線を戻し、何事もなかったかのように続きを見始めたし、
日向もどうしたらいいのか分からず、頬が熱くなって動悸が激しくなるのを、三杉に気取られないようにするので精一杯だった。
それから時が経ち、顔を合わせる機会もこれまでに無い訳ではなかったが、今更そのことを蒸し返すこともなく、
二人は友人としてライバルとして淡々と付き合ってきた。
日向にとっては、三杉との関係は得がたいものだった。
誰よりも傍にいてくれる若島津や、頼れるチームメイトの反町たちと同じくらい、大切にしたい人間の一人だった。
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