~ promise  ~ <2>



同じ東京都に在住することもあり、日向と三杉は中等部の頃から大会や練習試合で顔を合わせることが多かった。
三杉は事あるごとに日向に忠告していた。


        素直でまっすぐなのは君のいいところだけどね、日向。
            君のサッカーは予測がつきやすい・・・・・・・・・


公式戦以外でも度々対戦をしている三杉と日向だが、日向は自分が三杉に勝てていると感じることは少なかった。
数字的には東邦の方が武蔵よりも多く勝利をおさめているが、それは東邦が総合力で武蔵を上回っているということに過ぎず、三杉と日向の勝負ではない。
予算をかけて国内広くから優秀な選手をスカウトしてきている分、東邦には「超高校級」と言われるタレントが揃っていた。
もし武蔵が東邦と同じようにチームの強化に乗り出したなら、東邦といえども都大会を勝ち抜くのは厳しくなるだろう。

そのことは、日向が誰よりもよく分かっているつもりだった。
何しろ三杉は、サッカーの才能だけであれば大空翼を凌ぐとも言われた男なのだから。




「日向さん、はい。水分補給を忘れないでね」
「ああ、サンキュ」

二人の近くにやってきた反町が、スポーツドリンクを日向に差出し、日向はそれを受け取ると勢いよく喉に注ぎ込んだ。

「日向さんってば随分と三杉と仲良さそうにしちゃってぇ~。日向さんの頭をポンポンなんて、俺だってしたことないんですケド。三杉さん。」
「日向は最近、調子がいいね・・・って話をしていただけだよ。動きにキレがあるし、読みもいい。・・・それに比べて反町」
「へ?俺?」

くるりと振り向いた三杉に矛先を向けられ、反町は藪蛇とばかりに逃げの体勢をとる。

「周りを見るのが遅すぎるよ、反町。君がもたつくから、エリア内が混むんだよ。」
「・・・ええと。ごもっともです。スミマセン。次回から気を付けます。」
「とはいえ、君の足は相変わらずいい。次もサイドバックでいこうか」

まだ走れるだろう?とばかりに鷹揚に笑って見せる三杉に対して、反町が軽く肩を竦めて立ち去るのを、日向は興味深そうに見ていた。

「どうしたんだい?日向」
「いや。・・・反町が黙って引き下がるなんて珍しいから。お前をよっぽど苦手にしてるなと思って。」

手にしていたボトルを三杉に放り投げ、日向がクスリと笑う。
日向には笑う時や話すとき、少し首を傾げる癖がある。
プレイ中『猛虎』と称される少年は、実はよく見ると、通った鼻筋にクッキリと大きな瞳が印象的な、南国の美少女のような容貌をしている。
本人が意識している筈もないが、そんな仕草をすると可愛らしくさえ見える。『日向小次郎親衛隊』と呼ばれる東邦勢が他人には見せたがらない、日向の一つの面だった。
三杉は日向に微笑んで、手にしたボトルからよく冷えたそれを口に含んだ。

「僕は反町みたいなタイプは好きだけどね。話が早いし、打てば響くというか。 ああ見えてちゃんとやることはやる、っていうのがね」
「だろ?」

短い返事だったが、そう答える日向の声には誇らしげな響きがある。そんなところが普段よりも日向を子供っぽく見せて、三杉はまたも微笑んでしまう。




日向や若島津、三杉が小学生の頃から全国大会に出て注目されていたのに対して、反町は当時は無名といってもいい選手だった。
だが目的意識もなく遊びでボールを蹴っていただけの小学生が、中等部に上がった途端に180度の変わりようを見せる。
「日向さんのおかげで、俺の人生設計が変わっちゃったよ」 とは、反町がよく言う台詞だ。

以降の反町はサッカーに真剣に向き合い、練習もサボるどころか、「日向さんが出るなら俺も」と自主練習にも進んで取り組むようになる。
それでも東邦の選手の層は厚く、殆どゼロからスタートした反町が上にあがるには、他の人間以上の努力を必要とした。
が、それを見せることが無いのもまた反町だった。

中2でレギュラー入りできるかどうかという時が一度あった。その時は残念な結果になったが、反町は腐ることもなく飄々としていた。
そしてただ、練習量を増やした・・・・。




「すごく自意識が高くてさ。でも、アイツがやるっていったら、必ずやるんだ」

そうしてようやく3年になってレギュラーの座を勝ち取った反町は、「俺、いつか日向さんと日本代表で2トップを組むからね。」と、日向に向かって新たな宣言をした。
だから、いつかその日がきっと来るんだろうと、日向は信じている。


「チームメイトに恵まれているね。・・・羨ましいよ」
「まあな。俺も、恵まれているな、っていつも思ってる。東邦にも松本さんにも、すごく感謝してる」
サッカーがチームで戦うスポーツである限り、一人だけが強くても勝てないということを、もう日向は理解している。
だが、三杉から返ってきた言葉は思いがけないものだった。

「羨ましいって言ったのは、君を、じゃないよ。
 ・・・君が、日向小次郎がこんな風に信じてくれている。だから反町や若島津が羨ましい・・・って言っているんだよ。」

常と異なる三杉の口調に顔を上げた日向は、榛色の瞳に強く見つめられ、一瞬ドキリとした。
何かを返そうとして口を開くが、何を言えばいいか分からず、言葉にならない。鼓動が速くなっていく。

       何て返したらいい・・・?

けれども日向が何かを答える前に、「さあ、次は君にも守備をやって貰おうかな。」と伸びをしながら、三杉は行ってしまった。



残された日向は、未だ静まらない鼓動を持て余して、動けずにいた。
あんな風に見つめられたら、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。

薄い茶色の綺麗な瞳が、あの時も確かに自分を見て笑っていた。


あれは、そうだ。
まだ梅雨が明ける前のことだった・・・。




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