~ promise ~



自陣でボールを奪った三杉がドリブルで攻め上がる。
相手DFが体を寄せて止めようとするが、接触する前に、サイドを掛け上がった反町にボールを送る。
正確に足元に落ちてきた柔らかいパスを受けながら、その精度に反町は舌を巻いた。
受けやすいパスは、次のアクションへと繋げやすい。東邦にもパサーと呼ばれる類いの選手はいたが、ここまでのやりやすさは無かった。
反町は俊足を活かして一気に敵陣奥まで走り込んだ。ボールをキープしつつルックアップ。
敵を十分にひきつけてから、クロスを上げた。
味方のFWが頭で合わせたところをキーパーにはじかれたが、最後は日向がボレーで押し込んだ。

「ナイッシュー!」
反町が日向に声を掛けるが、すぐにゲームがリスタートしてしまう。少し休めるかと期待した反町は、「ゲー」と声を上げながら自陣に戻っていった。

将来を嘱望される高校1年生と2年生を集めての研修会が、東京都サッカー協会により開催されていた。
毎年開催されている研修会だが、今年も既に回を重ね、最終となる今回のみ二日間の合宿形式で行われている。
1日目のこの日は、1年生と2年生とに別れて選手を交替させながら、ミニゲームを繰り返し行っていた。





「さっきのポジショニングは悪くなかったよ、日向。シュートコースも良かった。よく周りを見ていたね。」

休憩に入ると、三杉が日向に近づいてきた。
日向は東邦学園高等部の1年生として、三杉は武蔵医科大学付属高等学校の1年生として、この研修会に参加している。
武蔵からは三杉のみが選出されたが、東邦からは1年生だけでも日向、反町、若島津の3名が選ばれ、他に2年生から1名DFが参加していた。


座り込んで靴紐を直していた日向は、三杉を仰ぎ見る格好となった。
長く暑い夏がようやく終わり、気持のいい風が吹く季節になっていたが、それでも真昼に外で走り回っていれば、当然のように汗をかく。
日向自身も例外ではなく、顎からしたたり落ちてくる汗をタオルで拭うほどだったが、それに比べて一体この男はどうなっているのかと思うほど、三杉は汗もかかずに涼しげな顔をしていた。
同じサッカーという競技をしているとは思えないほどに三杉の肌は白く、整った白皙の面がふわりと微笑む様は、男である日向ですらもつい見惚れてしまう。

         女の子が騒ぐ筈だよなぁ・・・

『フィールドの貴公子』とは誰が名づけたのか。
ナントカ王子とか、ナントカ貴公子という呼び名が氾濫するのはどうかと日向は思うが、それでも三杉淳にはあまりに似合っている形容だ。
眉目秀麗、頭脳明晰かつ家柄の良い彼を勿論女子が放っておくはずもなく、小学生の時からファンクラブが出来ていたくらいなのだから。

だが一見優男に見える容姿とは異なり、意外にも三杉は、日向の知っている中でも怒らせると最も怖い人間の一人だった。
爆発することはめったに無いが、怒りは三杉の中で沸々と、だが静かに増幅していくのでなかなか他人には気がつけない。
反町は「まるでサイレントキラーだね。気をつけようっと」などと茶化していたが、その犠牲になった人間を、日向たちも何人か知っていた。


「日向?どうかしたかい?」
「ん?・・いや、何でもない。次はどうする?」
「そうだね。少しボールを回したい。中盤を変えていこうかな・・・。考えるよ。」

今回のミニゲームでは、ポジションもメンバーも、選手が自分たちで決めることになっている。
ただミニゲームといっても遊びではない。選手たちにとっては上のステージに進むためのアピールの場であり、戦いの場だった。
1年生とはいえ、「上級生に負けても仕方がない」と思うようなメンバーはいなかったし、まして2年生は意地でも下級生に後れをとる訳にはいかない。
チーム編成を決めるにも短い時間しか与えられない中、1年生チームは自然と三杉が采配を奮うようになり、それに異を唱える者はいなかった。

いつの間にか、監督かコーチかといった体の三杉に日向は苦笑する。

「三杉センセイの言うとおりにするよ。俺もどのポジションでもいいし。出してさえ貰えればさ。」
「君みたいに素直なコばかりだと助かるんだけどねえ・・・。」

『貴公子』は品のいい顔立ちに柔和な笑みを浮かべながら、ポンポンと軽く日向の頭を叩く。
子供じゃねーぞ、と言いながら日向はその手を払い除けるが、不思議と三杉が相手だと、言葉ほどに腹も立たないのが常だった。




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