~ 祈る人 ~ 2





近くの空き地で二人でサッカーをしていた。今にも雨が降りそうだな・・・と思っていたら、案の定降りだして、若島津と日向は、そこから近い方の若島津の家に逃げ込んだ。
門をくぐり家の軒下に飛び込んで、あーあ、濡れちゃったな・・・と服についた露を払う若島津に、日向は返事もせずに庭の片隅を見つめていた。
若島津が日向の視線を追うと、そこには黄緑、薄青、ピンク、紫色の紫陽花が、密集したガクや葉を雨の雫で揺らしている。昔からある紫陽花は大きくなりすぎて普段は邪魔にしていた若島津だったが、こうして雨に煙る景色の中で見ると、グラデーションに色づいた丸い花々は幻想的で美しく見えた。

「放っておいても毎年咲くんだ。キレイだろ」

日向が見惚れていると勘違いをした若島津は、日向にそう話しかけた。

実際にたいした世話はしていなかった。それでも庭の紫陽花は毎年ちゃんと花を咲かせて、若島津家の家人を喜ばせていた。


             雨は嫌いだ。

ふと、日向がそう言った。
若島津は一瞬、日向が何を言っているのか分からずに返事ができなかった。きょとん、とした顔をして見返したような気がする。


             あじさいも嫌い。カタツムリも嫌い。

何、それ・・・・若島津は笑ったのだと思う。その時には分からなかったのだ。


後日、若島津はタケシから聞いて、知った。



日向の父親が亡くなった日は雨が降っていたから。
その葬儀の日も雨だったから。


だから、日向さんは雨が嫌いなのだと思います              と、タケシは言った。








やがて気が済んだのか、日向がゆっくりと窓を閉めた。その音に若島津の意識も、あの庭で日向と雨宿りをした日から、今いる寮の一室の、現実の世界に引き戻される。

「悪かったな。」
「いや・・・。もう済んだの?」
「うん」

若島津は日向が手に何か紙のようなものを持っているのに気がついた。それは1枚の写真のようだった。何が写っているのか若島津からは見えなかったが、見なくても分かるような気がした。多分、間違っていないと思う。
若島津はその写真に写っている人を見てみたいと思った。これまで見せて貰ったことが無かったから。

日向が自分のベッドに入ろうとするのとは逆に、若島津は自分のベッドから降りて日向に近づいた。

「・・・どうした?寝ないのか?」
「それ、写真でしょう?・・・良かったら、見せてくれる?」

その要求は日向にとって予想外だったのか、一瞬虚をつかれたように目を見張り、ついで手にしている物に視線を落とした。
それは若島津の言ったとおり、一枚の写真だった。若島津も同じように視線を向ける。そこには正面を向いて微笑む大人の男性と、その人に抱っこされる赤ん坊が写っていた。
日向が何も言わずに差し出してきたので、若島津は日向の隣に腰掛け、ベッドに備え付けられた小さな灯りを点した。

「・・・この人、日向さんのお父さんなの?」
「うん。この頃・・・死んじまうちょっと前の・・かな」
「こっちの赤ちゃんは?」
「勝だよ。・・・まだちっこくて可愛いだろ」

弟のことを話す時には、日向の目が優しげに細められる。

「お父さんの命日だったの?今日が?」
「そうだ。・・・悪かったな。寝るの邪魔しちまって」
「構わないよ。そんなの。それより言ってくれればよかったのに。俺も一緒にお祈りしたのに」
「お前、うちの父ちゃんのこと知らないだろ」
「そりゃそうだけどさ・・・。でも、優しそうな人だね。あんまりあんたとは似てないかな」
「俺は母ちゃん似らしいから。尊が似ているだろ」
「ああ、そうだね。言われてみればそうかも。・・・あいつ、かっこよくなりそうだなあ」

若島津がそう言うと、日向は自分が褒められたわけでもないのに擽ったそうに笑う。その笑顔をもっと見たくて、若島津は日向の弟と妹のことを話題にする。
笑った日向の顔はいつもどおりに明るい。だが若島津の脳裏には、さっき目にした日向の姿       儚く、頼りなげで寂しそうだった彼の姿       が焼き付いてしまっていた。


「直ちゃんもお母さん似でしょ。どっちかっていうと。目なんか、あんたそっくりだもん」
「そうだな。でも俺と違って色が白くて良かったよ」
「あんたのは日に焼けているだけだろ。サッカー辞めたら、すぐに白くなるよ」
「ちげーよ。俺は地が黒いんだよ」
「その拘りがワケわかんねーよ」

狭い一つのベッドの上で、頭を寄せ合い、二人でクスクス笑う。少し肌寒い夜だったから、近くで感じる互いの体温が温かくて気持ちが良かった。
入学してから初めてといってもいい、二人の間に流れるゆったりとした時間だった。

若島津は日向の父親の写真をもう一度見返してから、日向に戻した。

「日向さん」
「うん?」

若島津は日向と正面から向き合うように体の位置を変え、日向と視線を合わせる。

「夏が終わったらさ。日本一になった・・・って、お父さんに報告しよう。今度は二人で」
「・・・そうだな。絶対だ。お前と俺で、日本一になろう」

写真を受け取った日向は、若島津の言葉ごとしまいこむように、握った手を胸に当てる。
日向の父親の命日に、二人の少年はお互いの目を見つめたまま、真摯で純粋な、強い約束を交わした。





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