~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 28








「・・・は?」

呆けたような声が出た。
何か今、信じられないことを聞いたような気がする。だが突っ込むべきじゃないかもしれない。きっとこのまま、何も聞かなかったことにして去るのが一番いい。

なのに俺は、阿呆みたいにポカンと口を開けて、結構な時間、紅葉の顔を凝視していた。

「俺はさ、基本的に綺麗な奴なら平気。それがαだろうがβだろうがΩだろうが気にしない。男か女かも、別にどっちでもいい。俺がいいと思ったら、性別がどうであっても付き合ってみたいし、寝てみたいと思う。・・・ここまではいい?オーケー?」
「・・・・・」

俺の反応なんか気に留める様子もなく、紅葉は言葉を重ねていく。

「俺はαだからさ、Ωのヒートには引きずられるし、可愛いなァとも思うしヤリたくもなるけれど、正直物足りないとこもあるんだよね。こっちの言うがままになるのも、もういいかなって。昔はそれが気分良かった時期もあったけどさ」
「・・・・・」
「その点、αは一筋縄ではいかない感じがよくて。プライドの高い奴ほど落とし甲斐があって面白いし」

にっこりと笑ってそう告げてくる紅葉に、何をどう返せばいいのか。
遊び好きで軽い男だとは思っていたけれど、そういった次元とは異なる節操の無さだった。そして俺はある事実に気がつく。
この男にとって、相手がαでもβでもΩでも、何でも構わないということは       
俺は紅葉から離れるべく、無意識に後ずさっていた。

「で、ここからが本当に話したかったことな?俺さ、前から日向のこと、いいなーって思ってて。まあ、お前には決まったΩがいるみたいだったし、一樹に紹介しろっていっても全然してくれないから、なかなかちゃんと話す機会も無かったんだけど」

紅葉が一歩近づいて、せっかくαの男との間に取った距離を難なく詰められる。思わず、チ、と舌打ちが出た。
Ωとバレた訳でも無いのに、どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。もうこいつと話すのにも疲れたし、俺は早くここから出たいだけなのに。

「それにお前と番の子は上手くいっているようだったし、それじゃあしょうがいないか、付け入る隙無さそうだよなあ・・・とも思っていたんだけど」
「・・・・・」
「だけど最近は日向からΩの子の匂いがしなくなったし、それってチャンスなんじゃねえのかな、って思って。・・・なあ、日向。もしそのΩの子と別れたのならさ、今は誰とも付き合っていないっていうなら、俺と付き合おうよ。あ、それが駄目って言うなら、別に身体の関係だけでもいいけど。どう?」

お茶でもどう?映画でもどう?      それくらいに軽く投げられた『どう?』だった。だけどその内容は、最低最悪なもので、この上もなく不誠実だ。αとしても男としても。
この男とはこの先どれだけ付き合っても、到底分かり合える気がしない。まるで異星人を相手にしているようなものだった。

「なあ、どう?α同士だって気持ちよくできるよ?そこは保証する。日向、Ωの子しか知らないだろ?Ωの子とのフェロモンまみれのセックスもそりゃあいいけどさ。ちゃんと厚みのあるαの身体ってのも結構いいもんだよ」
「どう、・・・どうって、俺は」

気が付けば紅葉が更に近くに身体を寄せてきていた。その距離感に動揺する。この男には俺がどの性であるかなんて関係なく、むしろαであることを疑っていないからこそ興味を示している。危機は去った訳じゃ無かった。

「・・・それって、俺がαでも・・・それでも、そういうことをしたい・・・って意味なのか?」
「うん、そう。そういうこと。俺はαだけど、同じαのお前に興味がある」

α同士でもそういう関係      番ではないけれど、番まがいの関係      になることはあるのだと、それくらいは俺でも聞いたことがある。
だけど自分の近くにそういった人たちが実際に居たことはなかったし、見たこともなかった。だからαとしての自分がαから性の対象として見られるだなんてこと、考えたことも無かった。これまでのところは。

「どう?お前が今のところフリーで、別に相手がΩでなくてもいいならさ。俺と付き合ってみない?さっきも言ったように、時々エッチするだけでもいいけど。どのみち俺もまだ一人に絞る気はないから、他の子とも適当に遊ぶし。お前のことも束縛しないから、自由にΩの子を見繕えばいいしさ」

人当たりがよく一見優し気なこの男であっても、Ωのことを最下層として見下していることを隠そうともしない。怒りを感じない訳ではなかったが、それよりは『どうせこんなものだろう』という気持ちの方が強かった。
どのみち俺としてもこいつの戯言に付き合うつもりなど無いのだから、どうでもよかった。こいつがどんな倫理観を持っていようとも。

「・・・悪いけど、俺はそういうの興味ないから。α同士でなんて、今まで考えたこともねえし。そもそもお前みたいなデカイ男、俺の趣味じゃねえよ」
「俺は日向くらいのサイズの男、すげえ好み。太過ぎず細過ぎず、抱き心地よさそう。Ωの子で、たまに細過ぎて肉の無い子っているじゃん?あれ、ちょっとつまらないよな。その点、お前は筋肉がしっかりついてて、すげえそそられる」

妙に色気のある目つきをして、紅葉はジリジリと俺に迫ってくる。俺はまた後ろへと下がった。だがすぐに背中が壁にぶつかって、これ以上は逃げ場が無いことを知る。

ついさっきまでと似た状況に辟易する。
俺は忌々しい思いで紅葉を睨みつけた。だがαの男に怯む様子は無い。にやけたツラをして俺の後ろの壁に手をつき、視線を絡めたままでゆっくりと顔を近づけてきた。

俺は紅葉の頭に手を伸ばし、逆にその髪を掴んで引き寄せた。紅葉が驚いたように目を見開く。
そのまま形のいい額を目掛けて一発、思い切りよく頭突きを入れてやった。ガツっと結構な音がした。

「・・・い、たぁッ!」
「当たり前だ。痛くなるようにしたんだ、この馬鹿が」
「いきなり頭突きって、酷くない・・・!?」
「その気はないって言ってる相手に迫ってくる方が、よっぽど酷いだろうが!」

普段ヘディングで鍛えている分、俺のダメージはさほどでもない。だが紅葉の方は不意打ちだったこともあって余程痛かったようだ。うっすらと涙さえ浮かべている。
俺は「ざまあ」と嗤った。だが紅葉が怒るどころか「日向のそういう表情も、かなりクるね」と嬉しそうな顔をするので、正直引いた。

痛みに悶えている紅葉を尻目に、俺は今度こそ教室の扉を開け放して外に出た。途端に流れ込んでくる空気や音に安心する。ようやく人目のある、安全な場所に戻ってこられた。そう実感すると、微かに膝が笑った。

教室を出て廊下を歩きだす俺の後ろから、額をさすりながら紅葉がついてくる。痛い目にあっても、懲りるということを知らないらしい。

「なあなあ、日向ー。もうちょっとじっくり考えてみてよ。答えは急がないからさ。本当にα同士も悪くないよ?最初は俺に任せてくれればいいし」
「・・・・」
「フェロモンの影響を受けないから、純粋に楽しめると思うよ?」

紅葉は俺に追い付いて横に並ぶと、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。
ちょうど人の多い中央のテラスまで戻ってきたところだった。ただでさえ目立つαの男に肩を抱かれて、周りの視線を無駄に集めてしまっていることに気が付いた。

「だから・・・!俺はお前に興味が無いんだって言ってんだろ!・・・いちいち距離が近過ぎるんだよ、お前は!」

耳元に寄せてくる顔を手で押しやると、あろうことか手のひらを舐められた。吃驚して手を引けば、今度は頬にちゅ、と音を立ててキスをされた。

「・・・バッ・・お前ッ!」

キャンパス内だぞ、公共の場だぞ、見られてるじゃねえかよ!      怒って殴り掛かるが、紅葉は悪びれもせずに明るい笑い声を上げて逃げていく。
去り際に「またな、日向!さっきの、ちゃんと考えといて!絶対に悪くしないから!」と大声を上げていくものだから、余計に周囲からの視線を浴びてしまい、後にはばつの悪い思いをする俺だけが残された。

「・・・ったく」

遠ざかっていく背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
周りで何の騒ぎかと眺めていた奴らは、俺たちが単にじゃれていただけだと判断したのか、関心を無くしたように去っていく。
そうであったから、俺も腹を立てていたことなど忘れて、ため息一つで紅葉を許してしまう。不実な男ではあるけれど、憎めない奴でもあった。



その時、ふと視線を感じた。
振り向くと、廊下の先で誰よりも見知った男が俺のことを凝視していた。いつものように多くの友人やΩの子に囲まれた、αの男が。


その男は普段は陽気な笑顔を振りまいているくせに、今は酷く険しい顔つきをして、じっと俺のことを見つめていた。









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