~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 2








「日向は今日、一樹んとこのパーティー、行かねえの?」

大学の構内を歩いていたら、見知った顔に声をかけられた。確か、反町と同じ学科のαの男。これまでにも2~3度、反町と一緒にいるところを見たことがあるが、名前は忘れた。薄茶色に染めた髪をふわりと流した、甘い顔立ちの男だ。

「・・・何の話だ?」
「平たく言えば、合コンだよ。それなりにいいトコのΩを集めてくるって一樹の話だぜ。お前、そういうの出たこと無いだろう。興味無い?」

なるほど、と思った。
そう言われれば、αの中でもそういう遊びが好きな奴を中心に、家柄や見た目のいいΩを集めて楽しんでいるのだと聞いたことがある。
反町も基本的に女好きなので、適当にΩの女を見つけては遊んでいるようだった。というより、「一樹の」というくらいだから、この男が話しているパーティーというのは、あいつが中心になって企画しているのだろう。幸い、俺がその手の集まりに反町から誘われたことは無かったが。

この男の言葉通り、αとΩの会合など、俺には全く興味が無かった。
だから俺はコクリと頷いてみせて、「俺は行かない。忙しいし、そんな暇があるなら部屋でCLのゲームでも見てるな。それに課題も残っているし」と答えた。

「勿体ねーな。お前ほどのαだったら、どんなΩでも一番先に選べるだろうに」
「Ωなんて、いつか番が見つかればいいだろう」
「出会いも無くて、どうやって見つけるっていうんだよ」


つがい。
番とは、αとΩだけが結ぶことのできる特別な絆だという。
番となれば、Ωはその番以外のαを誘うフェロモンは出なくなるし、αは他のΩに惑わされることはないらしい。

番とは本能が選ぶただ一人の相手           とされているが、実のところ、俺は眉唾ものだと思っている。都市伝説のようなものではないか、と。

番であることの、目に見える証拠など無い。婚姻制度とは別物なので、番でなくても結婚はできる。ということは、実際に結婚しているαとΩの夫婦のうち、一体どれだけが本物の番なのか。

そもそも一度は番となっても、αの側からなら解消できるのだという。そうなれば、何が 『惹かれあう本能』 か。笑える。

ただこの都市伝説は、俺みたいにΩに近づきたくない人間にとっては便利なことこの上ない。「番となるΩが一人いればいい」と言えば、今のようにΩとの遊びの付き合いを断る理由になる。



俺がΩと一緒にいても、仕方がない。特にヒートにあるΩ相手には、その欲望を満たしてやることはできない。
俺もΩだからだ。

だけど、こうして大学にいる間の俺は、αだ。それも、強豪で知られる東邦大のサッカー部に所属して日本代表にも呼ばれるほどの、スポーツ界においては有望株のα。αの父とΩの母をもつ、裕福な家に育ち、十分な教育を受けてきたα。

この大学では・・・というより、家族以外は、俺がΩであるこということを誰も知らない。


「いいから、今日のは来いよ。一樹も気合入れてたから。もしかしたらお前を探している番がいるかもしれないぜ?」
「いや、俺はいいよ。本当に忙しいんだ。じゃ、な。反町によろしく」

ここのところ代表の合宿や遠征が入ってきたため、講義に出席出来ていなかった。理由が理由なので、出席の不足分はレポートで補うことを認めてもらっている。無事に卒業したいなら、レポート提出をサボる訳にはいかなかった。


「ちょい、待てって」

話は終わったとばかりに踵を返した俺の腕を、その男が掴んでくる。αである男に捕えられたことに反射的にビクリと震えてしまい、慌ててそれを誤魔化すように手を振りほどく。

「あ、悪い。そんなに強く掴んだつもりじゃ無かったんだけど・・」

俺の反応に驚いたのか、男は目じりの垂れた瞳を少し見開いて、俺を凝視した。元から名前も思い出せないほどの薄い関係の男との間に、気まずい空気が流れる。このまま全てを無視して、去ってしまおうか。

そう考えた時だった。





「紅葉!お前、日向さんに何してんだよ!」

廊下の向こうから俺たちをみとめた反町が、声をあげながら走ってくる。ちょっと引くくらいに本気の走りだ。廊下を走ってはいけないと、初等部では教えていなかったのだろうか。

分かったことが一つある。
この男の名前は紅葉。くれは・・・・。やっぱり思い出せない。苗字だっただろうか、名前だっただろうか。

「お前、日向さんに気安く触ってんじゃねえよ。日向さんに何かあったらコロスぞ。てめえ」

あっという間に俺たちのところに着いた瞬足の反町が、紅葉を問いただす。

「何かって、何もしてねえよ。俺は、今夜のお前のパーティに来ないのか、って聞いてただけ」
「・・・お前ね。余計なこと言ってんなよ」

分かったことがもう一つ。
反町主催のパーティのことは、俺の耳に入れるのは 『余計なこと』 らしい。まあ、確かに誘われても行かないから、反町としても誘うだけ無駄だと分かっているのだろう。伊達に中等部からの付き合いじゃない。

「ごめんね、日向さん。こいつが迷惑かけて。腕、大丈夫?」
「別に、何ともない」
「後で痛くなったり、痣になったりしたら、俺に言ってね。百倍にしてコイツに返しておくから」
「だから、俺はそんなに強く掴んでないって」

廊下の一角でαの男3人が騒いでいるのは目立つらしく、周りからの探るような視線を感じる。

ここ東邦学園は、中等部と高等部ではαとβにしか入学を認めていない。寮もあるため、思春期のαやβをΩと一緒に過ごさせるのは難しい部分があるのだろう。
だが大学にはΩもいるし、全体の人数も勿論多い。俺もここに入ってから数多くのαを見るようになったし、何人かのΩとも知り合った。

それでも大学生になってからは、友人らしい友人を新しく作ることは無かった。俺が普段から親しくしているのは、中等部や高等部で一緒だった人間か、サッカー部の仲間だけだ。


中でも反町は、最も親しくしている友人の一人といっていいだろう。
中等部から大学の今まで、ずっとサッカーを一緒にやってきた仲だ。特に中等部と高等部では二人とも寮に入っていたから、年がら年中一緒だった。おかげで互いの食事の好みや女の趣味など、どうでもいいことまで知っている。

ただ高等部・・・といっても、正確には高等部の途中までだ。
3年の途中で俺は寮を出て、学校にほど近いマンションに部屋を借りた。その方が都合がよかったからだ。

大学に入ってからは反町も寮を出て一人暮らしをしているが、何を考えてか俺と同じマンションの、違う部屋に引っ越してきた。
コーラ1本を手土産に引っ越しの挨拶にやってきた反町を見て、俺は 『こいつとは当分、縁が切れそうにないな』 と思ったものだ。



「じゃあ、俺はもう行くから。次の授業の準備が終わってないし。じゃ、夜は楽しんでこいよな。反町。・・・と、紅葉。」

そう言って手をヒラヒラと振ると、反町は複雑そうな顔をし、紅葉は「ほんとに来ないんだ?」とまだ聞いてくる。
しつこい男はΩの女の子にも嫌われるな、と俺が言うと、紅葉はようやく諦めたようだった。







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