~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 19
思いがけず厳しい顔つきをした反町と目が合って驚く。
ついさっきまで機嫌よく笑っていた筈なのに、いきなり豹変して眦を上げて鋭い眼差しを向けてくるのは、一体どういうことなんだろう ?
何がこんなにこいつの機嫌を損ねることになったのか、突然のことに皆目見当がつかない。
「反町?どうしたんだよ、急に・・・」
「・・・そういうの、ルール違反だよね。たとえ仮であっても、さ」
俺は首を傾げた。ルール違反、とはどういう意味か。
「・・・分かってるよ。本当の番を見つけたならちゃんと言うよ。だからその時まで、そーゆーのは止めようか。他の子に走ってもいい、とかさ。少なくとも、今の時点では俺が番でしょ?それとも日向さん、俺のこと、必要じゃないの?」
必要か必要じゃないかっていったら、必要に決まってる。ヒートのΩにとって、相手をしてくれるαが必要でない筈がない。だけど、「本当の番が見つかるまで」と約束したのも事実だ。俺の言葉の何がいけなかったのだろう。
反町は盛大なため息をついて、音がしそうなほどにガクンと首を折って項垂れ、俺の背中に抱きついた。
「・・・もー、いいや。日向さんだもんね、致命的に鈍い人だもんね。逆に敏い日向さんなんて日向さんじゃないよね。俺、意外にも待つの得意だって最近分かったし、もう覚悟決めてるもんね」
「そのニブい俺でも、何となく馬鹿にされているのが分かるんだけどな・・・・って何だよお前、どこ触ってんだよっ!」
一度は沈んだかのように見えた反町はすぐに浮上したようで、俺の腹に回している手を蠢かす。胸や脇腹をくすぐるように触れられて、俺は水音を立ててその腕から逃れようと暴れた。
「だって、さっきのあれだけじゃ足りないでしょ。ここならすぐに綺麗にできるから、していこ?」
「な、やめ・・っ・・・!そんなの、駄目に決まってるだろっ!」
背後から俺にちょっかいを出してくる男は、冗談ではなく風呂場で始めようとしているらしい。明確な意思をもって触れてくる手から逃げようとするけれど、腕一本で腰を引き寄せられて体を固定された。もう片方の手は変わらず俺の胸を撫でて、簡単に反応する突起を指ではじく。思わず声が出てしまう。
「んんッ・・!イ、ヤだ・・ここじゃ・・・、だって声・・・っ」
かぶりを振って反町の腕に手をかけるけれど、俺が力を入れてもびくともしない。
「大丈夫だよ。響くように思うかもしれないけど、外には聞こえないよ」
「いやだッ!」
「嫌だなんて嘘ばっかり。ヒートだもの、いくらだってできるよ。その証拠に、ほら・・・」
「・・・あっ、あっ、・・・や、やめ・・っ、・・んんっ」
二人とも裸なのだから、お互いに熱が高まっているのは誤魔化しようが無い。
反町は既に緩く立ち上がりつつある俺自身に指を絡めて擦り上げ、手っ取り早く追い上げようとする。
「あ、や、アツい・・・あつい!」
「あついね、のぼせちゃうね。だから早く終わらせようね。・・・ね、日向さんも触って。ほら」
体勢を変えられて、向かい合わせになって反町の腿に座る形になる。羞恥のためにきつく目を瞑って顔を横に振っても、反町は容赦なく俺の手を掴んで、自分の足の間へと誘導した。
「約束してるから、最後まではしないよ?日向さんがしてもいい、って言ってからでしょ?それはちゃんと守るから、心配しないで。・・・だから、ね?その代わりに俺にも触って?」
「・・で、できない。おれ、上手くできない・・・」
「上手くだなんて、日向さんにそんなの期待してないよ」
笑いを含んだ声だった。カっと頬に熱がのぼる。
これまでだって、手で触れたことが無い訳じゃなかった。だけど、それはもっと訳が分からなくなった時に暗い部屋の中で行う行為であって、自分にも相手にも見えないように体の陰に隠れて、言われるがままに教えられるがままに手を動かすだけだった。
こんな風に、明るい場所で本人に見られながら主体的にやっていた訳じゃない。
「じゃあ、ね。俺の真似をして。・・・俺の手を見ててね」
優しい口調なのに有無を言わせない強引さがあるのは、こいつがαだからなのか、それともやはり何か怒っているのか。
どんなに嫌だと言い張ってみても、αの男は許してはくれず、Ωの俺はヒートの熱から解放されたければ言うことを聞くしなかった。
ようやく二人して果てた頃には結局のぼせてしまい、ふらふらになって立つことが出来ずに担がれて風呂場を出ることになったのは、忘れたい記憶の一つだ。
ヒートの時期、結局俺は4日間も大学と部活を休んだ。Ωがヒートに入れば1週間休むことも珍しくないし、それに付き合うαも家に籠ることが多いが、俺の場合はそんなに休む訳にはいかなかった。これがギリギリといったところだ。
それでも部の仲間にどうしたのかと問われれば、「ピークを過ぎるまではちょっと心配だったんで」と一言告げれば、元から俺にΩの番がいると思いこんでいる先輩や同期たちはそれ以上には追及してこなかった。
誤魔化してはいるが、嘘はついていない。俺にとっても都合のよい言い訳だった。
ピークは過ぎたとはいっても、完全にヒートが終わった訳ではないので、抑制剤は強い方のを服用していた。今度の薬は相性も悪くないらしく、だるくはあったがそれほど酷い副作用に悩まされることは無く、なんとか大学の講義も部活もこなすことが出来た。
俺が発情してからというもの、俺の家に泊まり込んでいた反町も自分の部屋に引き上げた。とはいっても、持ってきた荷物はほとんどそのまま置いて行ったし、前回も同様だったので、俺の部屋にはあいつの私物がどんどん増えている状況だ。
部屋は余っているのだから、荷物が増えること自体は一向に構わない。だけどそれらを目にすると、また3か月後には仮の番がやってくる、つまりはヒートが巡ってくるのだということを嫌でも意識してしまう。
今でもΩとなったことを認めきれない自分がいるにも関わらず、俺の身体は着実にΩとして生きていくことに慣れつつある。そのことに時々気が付いては、怖くなる。
一人で生きていこうと覚悟を決めていたのに、反町にΩだとバレてからのたった2回のヒートで、俺はすっかりΩになった。最後までした訳ではないにせよ、αに抱かれるということがどんなに気持ちいいことで安心できることなのか、身に染みて知ってしまった。
ヒートの時のΩにとってαは唯一の特効薬でもあり、毒でもある。
俺はこの4日間、仮の番から与えられるものを余すことなく受け止めて、それでも何度でも欲しがった。たまに意地の悪いことをされれば、恥もかなぐり捨てて自分から強請った。
「・・・・ぁ、」
ヒートの時に、あいつがどんな風に俺に触れたのか。
その時期、昼も夜もなくαに与えられるものにだけ夢中になったことを思い出すと、それだけで身体の奥深いところがじわりと熱をもつ。
未だヒートを引きずったままの体だから仕方が無いとはいえ、忌々しい。薬で抑えていたって、αに抱かれるところなど想像してしまえば、役に立つ筈もなかった。
今はいつものように部活を終えて、部屋に帰ってきたところだった。反町は一緒じゃない。
今日は親しくしている友人の誰かの誕生日とかで、皆で集まって祝うのだと聞いていた。紅葉も一緒だとも。
あいつはそれを断って帰りたさそうにしていたけれど、交友関係はこれまで通りという約束じゃなかったか、と俺が諭した。
まだ片づけもしていないけれど、こうなったらさっさと熱を放出するしかない。
耐えようとしても無駄だった。手っ取り早く楽になるには、吐き出してしまうしかなかった。
「・・・ふ・・っ」
今夜は反町はやってこない。俺一人でやり過ごすしかない。
静かな部屋の中に、見てもいない、ただつけているだけのテレビの音が響く。
それを耳にしながら、俺は頭の中であいつの指の動きを追っていた。
半ば蕩けた身体に舌打ちしたい気分で、それでも俺は、履き替えたばかりのジーンズのジッパーフライに手を伸ばした。
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