~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 14







「だって日向さんはΩでしょ。俺はαでしょ。お互いにまだ番はいないでしょ。俺たちが番である可能性もゼロじゃないでしょ。だったら、とりあえず仮でもいいから、番として付き合ってみてもいいんじゃないかなあ~、って思うんだけど、どう?」
「どうって、言われたって」

立て板に水のごとく反町は自分の意見を述べてくるが、その内容は俺には全く意表をついたものであったし、反町の真意が理解できなかった。

反町の隣に番として並ぶ自分を想像してみても、それはちっとも番らしくなかった。ちぐはぐな感じがした。

それはそうだろう。中身がいくらΩに変わったといっても、俺の見た目と、社会的な位置づけはαのままだ。どうしたって一緒にいるのはおかしいだろう。

「有り得ない。それに、俺は外ではΩじゃない。・・・それとも、俺がΩだってばらすか?」
「・・・ばらしたりしない。外では普通に今までどおり、αの友人同士でいいよ。誰も見ていないところで・・・本当の番が現れるまででいいんだ。日向さんが本物の番を見つけたら、仮の番は解消しても構わない。どのみち、Ωの子が一人でヒートを乗り切るなんて無理だよ。発情したら、αに・・・最悪βにでも鎮めて貰わないと、本当におかしくなるよ」

確かにそうだ、と思う。最後までしていないにしろ、反町は俺にαの体液を分けてくれた。それが行為の最中はΩを興奮させ、終われば熱を鎮めてくれるのだろう。
昨日味わった悦楽の深さは別の意味で辛くはあるが、今の体の軽さを考えれば反町の申し出は有難いとしか言いようがない。どこの世界に、決まった番がいないのにαに誘われて断るΩがいるというのか。

だけど、それでも俺は悩んでいた。
この男がΩの女の子と並んでいた、あの情景を思い浮かべる。俺がすごく綺麗だと思った世界。白く細いうなじにかかる髪と、それを優しくすいていた男。
俺には縁のないような正しい未来を手に入れられるのに、何を好き好んで俺なんかに関わろうとするのだろう。心配してくれるのはありがたいけれど、この男の将来を考えたら、甘えるべきじゃない。そう思った。
それに性欲の解消に古くからの友人を使うことに、罪悪感もある。

「・・・俺はお前を、そんなことに利用したくない」
「他の誰も日向さんがΩだなんて知らないんだから、仕方がないよ。変なのを見繕ってくるくらいなら俺を使ってよ。それに俺にもメリットはちゃんとあるよ」

メリット          ? そんなものが本当に反町の側にあるだろうか。俺は目線で先を促した。

「これから先、日向さんが昨日みたいに不調じゃ、リーグ戦だって勝てないだろうし、天皇杯だってあっという間に敗退だよ。そんなの嫌だし。勝つために練習してるんじゃん、俺ら」
「それは・・・ごめん。悪いと思ってる」
「ヒートだから、薬飲んでるから、っていうなら、それを軽くすればいいんでしょ?じゃあ、俺を使うのが一番じゃない?」

調子を崩せば、反町の言うように周りに迷惑をかける。今年が最後の4年生にまで。
お互いの気持ちさえ無視すれば、反町の提案を受け入れるのが最善だった。だけど、俺は反町の番にはなれない。本当の番には絶対に。このαはいずれ、自分にふさわしいΩを見つけなければならないのだから。

だから俺は条件をつけた。

「本物の番が現れるまで、って言うなら・・・。お互いにちゃんと番を探すこと、探し続けること。それと、俺はお前とは最後まではしない。セックスはしない。・・・それでもお前がいいなら」
「一つだけ変えて。日向さんがしたい、って言わない限りは最後までしない。でも、日向さんがして、って言うならする、ってのでどう?」
「・・・いいよ、それで」

絶対言わないけど、と俺は心の中で付け足した。
だって、結局俺しか得をしない契約なのだ。ヒートは3か月に一度、1週間続く。仮でも番となれば、その期間は俺を相手にせざるを得なくなる。性の衝動に支配されてまともに動けなくなっている俺の相手を。
こいつにとっても負担が増える筈だ。どうして厄介な荷物を背負込む気になったのか       。少なくとも、ある程度は友人として俺を好いていてくれるからだろう、というのは理解している。


だから俺は、俺が反町にしてあげられる最大限のことをしようと思う。

俺が反町のために出来ることといえば、これ以上に深い関係にはならないということ。
反町には兄弟はいないから、いずれは一人で家を継がなくてはならない。大学卒業後はどうするつもりなのか知らないが、いつかは親の会社に入り、経営を学ぶのだろう。そして家庭を持ち、満ち足りた人生を歩んでいく。そういう風に生まれついているのだから。
突然変異のΩなどとは関わりを持たない方がいいということは、俺にだって分かる。もしかしたら、こいつにとって俺と付き合うことが汚点にすらなるかもしれない、ということも。

だから本当の番を探して見つけること、という条件を出した。こいつのためを思うなら、一旦は甘えるにしてもなるべく早く仮の番を解消しなければならない。俺から解放してやらないといけない。

「仮でもさ、番となったかにはちゃんと俺に甘えてよ。日向さん」

反町が笑う。自分に甘えろと言って、柔らかい表情をして、それがさも嬉しいことであるかのように。

Ωがαに守られないと生きていけない人種であるのと同様に、αは番、恋人といった特別な関係にあるΩに頼られることを喜びとする。そういう風に俺たちの遺伝子にはデータがちゃんと組み込まれている。
それにしたってこいつの場合は適用範囲が広すぎるような気がするが。
俺が突然Ωになったりせずにαのままだったとしても、反町のような博愛主義者ではなかっただろう。サービス精神の塊のようなこいつだから、俺のことまで面倒を見るというのだろうけれど。

だけどお前には分からないのだろうか。
俺はできうるなら、対等な友達でありたかった。これまでと同じように、この先もずっと。αもΩも関係なく、一緒に馬鹿なことをやっては笑い合っていたあの頃のように。


「・・・αだった頃から、俺はお前に結構甘やかされてるよ」

だから何も変わらなくていいのだと、そう意思表示をした。
俺なんかに煩わされる必要はないのだと、教えてやりたかった。お前の献身は、いつかの大事な子のために取っておけばいいのだと。

今の俺がこいつにしてやれることは、それくらいのことしかないのだから。









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