※R-18、背後要注意です。


 ~ 溶けて消えて、このカラダごと。 ~ 10







左腕を後ろに引かれ、体が傾いだところで右肩を掴まれた。そのまま打ち払うようにして廊下のひんやりとした床に倒される。

「・・・ッ!」

肩と背中を強くぶつけて、一瞬息が止まる。倒れる際に随分と派手な音がしたが、階下にかける迷惑など顧みる余裕もなかった。
痛みに少しの間動けないでいると、その隙に反町が俺の上に乗ってきた。

「・・・嫌だ、反町!どけよッ!」
「日向さん!・・・駄目、駄目だよ!こんなんで外に出たら、すぐに犯されるよ!見ず知らずのαに捕まってもいいの?」
「そんなの、お前だって変わらない・・・っ、や、だッ、ンンッ!」

他のαとお前と、何が違うんだ        そう言いかけたら、顎を痛いほどの力で掴まれて、噛みつくようなキスをされた。

誰と触れ合うこともなく過ごしてきた俺には比較できるような対象もないけれど、それでもこんなのは暴力以外の何物でもないと思えた。
反町の腕を掴んで手を離させようとするが、今の俺がαの男相手に敵う訳がない。掴んでくる指に更に力が込められて、痛みが増す。生理的な涙が浮かび、奴の舌が咥内に入ってくるのを許すしかなかった。
反町は傍若無人に俺の中を好き勝手に探り、やがて逃げ回っていた俺の舌を絡めとって掬い上げる。背筋をぞわりとした感覚が走って、思わず反町の舌を噛んだ。

さすがに俺から顔を離した反町が、「嫌なの?こうされるのが?・・・ヒートのΩなのに?」と聞いてくる。嘲りを含んで冷たく響く声に背けていた顔を戻すと、予想外に欲に濡れて熱をもった視線にぶつかった。心臓がドキリと跳ねる。


              こいつ、欲情してる。


俺に。俺みたいなΩなんかに。


それがαの性だから、としか言いようが無かった。Ωで都合よく遊ぶαがいる一方で、Ωと変わりなく性に縛り付けられていると嘆くαもいる。
Ωの発情がαにどう作用するかなんてことは、俺だって頭では分かっているつもりだった。だけど実際に自分の発情に影響されるαを目の前にすると、どうして俺なんかに・・・と思わざるを得ない。

この状況は、俺だけでなく反町にとっても望まざるものだ。

だってこいつには、隣に立つ可愛らしいΩの女の子がちゃんといるのだ。いかにもΩらしい、小柄で華奢な、肩までの柔らかそうな髪をふわりと揺らしていた子。
あの子が番じゃないにしたって、反町ならいくらだって、綺麗で身元のしっかりした子の中から特別な一人を選べる筈だ。それくらいの男だって、俺も知っている。
本来なら、俺みたいな中途半端なΩとどうこうなることも無い筈だった。例えば、閉ざされた部屋に発情期のΩと二人きりになる、なんて状況が無ければ。

「・・・帰れよ。帰って、今日のことは忘れてくれよ。頼むから・・・」

押し倒された格好のまま、自分を抑えつけている男を見上げて懇願する。『頼むから』だなんて、これまでの人生で誰に対しても口にしたことのない言葉だった。どうか聞きいれて欲しいと思う。今ならまだ、戻れるのだから。何も無かったことにして、これまでと変わらない関係でいられるのだから。


だけど反町は俺を解放しようとはしなかった。今日だけで何度も見た、らしくない感情の読めない表情を浮かべて、俺のこめかみの髪をすいてくる。さっきのとは全く違う、触れるだけのキスを顔中に降らせてくる。
それから俺の首筋を鎖骨から耳にかけてゆっくりと舐め上げて、「ごめん、ムリ」と一言だけ、短い返事をした。







「・・・んっ、んっ、・・あ、やぁ・・っ!」

床に手をついて這って逃げようとすると、その手を取られて引き戻され、うつ伏せにされた状態で更に強く上から抱き込まれる。首の後ろにかかる髪をかき上げられ、露わになったうなじに唇を落とされた。そこを軽く噛まれて俺が上げたのは、悲鳴とも嬌声ともつかないような声だった。

「あ、ああっ!イヤ、だ。・・・ん、ふぁっ、いやだ・・・!」

嫌なのに、離して欲しいのに、どうしたって感じてしまう。それがまた嫌でどうにか男の腕の中から逃げようとして暴れると、背中にかかる重量が増す。胸が圧迫されて苦しい。
それでも抵抗を止めないでいると、今度は振り回していた両手を後ろ手にまとめて抑えつけられた。
自由を奪われた形で、「ほんとに誰でもいいの?外に出て、誰でもいいから犯されたいの?」と、耳朶に吹き込むように囁かれる。

「ここ、誰でもいいから銜えこみたいの?」

そう言って、俺の尻の間を服の上から指でさすってくる。

「ひ!・・あ、ふぁ・・・、う、く」

そんなことある筈がない!俺がどれだけ苦しんできたか、何にも知らないくせに!どうしてそんな酷いことを言うんだよ!          そう思ったけれど、言葉にはならなかった。
悔しいやら悲しいやら腹が立つやら、色んな感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃだった。俺はいつの間にかしゃくり上げて泣いていた。

「日向さん・・・。泣かないでよ。怖がらないで。俺だって何が何だかよく分かんないけど、だけど言ったでしょ。こんな状態のΩの子を放っておくαなんて、あり得ないって」

もう俺にも分かっていた。反町は少なくとも一度体を繋げるまでは、俺を離すことはないだろう。それを責めることはできない。Ωのフェロモンに誘われたαとしては、真っ当な反応だからだ。


だけど、俺の感情はそれを許しはしない。
己の意に沿わぬことを他人に強要されるのは、こんなにも耐えがたいことなのだと           、Ωのくせに俺は、こうなってみて初めて本当の意味で理解した。
屈辱だった。体を暴かれることへの恐怖も勿論あったし、ずっと恐れていたことが現実になりかけていることへの困惑と混乱もあった。
だけどそれらと同じくらいに、望まないことを俺と、俺の友人に強いてくる忌々しいαとΩという性への、単純で純粋な怒りも感じていた。


なのに身体はとことん俺の意思を裏切る。前に回った反町の手がTシャツをたくし上げて中に入ってくると、俺の本能はたがわずにそれを快感と捉える。
ヒートでさえなければ、普段であれば鳥肌の一つも立つだろうに、今は脇腹を撫で上げられるだけで、途端に身体が蕩けそうになる。
反町の指が触れる場所から、声を吹き込まれる耳から、どうしようもなく快楽の波が押し寄せてくる。反町は的確に俺のイイところ、感じるポイントを見つけ出しては、そこを狙って柔らかく愛撫する。そうされればもう、腰が抜けたように動けなくなった。

「あ、ンッ!はな、離せ・・・やだ・・ふぁっ・・ア!」
「日向さん。苦しい?ヒートだもんね、何したって感じるもんね。でも、このままじゃ治まらないよ」
「んんっ、や、・・・だ、だから、くすりっ!くすり、飲ませろ・・ッ!」
「薬?抑制剤のこと?・・・ああ、さっきキッチンに落ちてたね。捨てといたよ。濡れて溶けかけてたし。・・・袋に入ってたのはそのまま置いてあるけど。それにしても沢山あったね。・・・まさか、アレを毎日飲んでる訳じゃないよね?」
「ふ・・ぅん!」
「外に出るときはともかく、家では飲まない方がいいよ。ヒートなんだから、αと寝ればいいんだよ。それが自然だよ?」

αと寝るのが自然        。そう、事もなげに言い放つαの男。

認めたくはない。だけどそれは間違いじゃない。この男の言っていることは正しいのだと、今の俺は誰よりも身をもって知っている。思い知らされている。
離せ離せと言いながら、反町の指が触れてくるたびに、身体が歓びに震えてしまう。気持ちよくて、もっともっと触って欲しくなる。
そうすると今度は、甘い疼きが、身体の奥深く    多分、俺の生殖器のある場所     からゆるゆると生まれてくる。そこから器官の外側に向かって、じわじわと悦楽が浸み出していく。俺の腹の中の生殖器も、その周りの組織も細胞も、快楽にまみれてどろどろに溶けていくような気がする。そんな想像をするとそれだけでイってしまいそうになり、俺は今まで出したこともないような声で啼いた。

反町はそんな俺の嬌態にうっそりと笑うと、耳の後ろの柔らかい場所を吸う。首を振って逃げようとするが、今度は耳の中に舌を差し入れられて、変な声が出る。

嫌だった。反町の息遣いや匂いをこれ以上感じたくなかった。
このまま受け入れたなら、もう止めようがなくこの男のことが欲しくなる。自分がどんな状態かなんて分からなくなって、子種を強請って誘うだけのメスになる。

あれだけ逃げ回っていたのに、とうとうα無しでは生きていけない生き物になる          そう思った。



「・・・ねえ、日向さん。ヒートの時に可愛がってくれるα、いる?決まったα、もういるの?」
「や、あっ!さわる、な・・・ッ」
「答えて、日向さん。ねえ、決まったα、いるの?」
「・・・か、関係、ない、お前には・・ッ、痛!・・やああッ!や、め・・・いた、痛い・・・ッ」

余計な詮索だと突っぱねたら、胸の突起をギリ、と摘ままれた。今まで意識したことも無い場所に与えられた例えようのない痛みに、俺は怖くなってボロボロと泣き出す。

「・・ふ、ふあっ、や、やめっ、やだあ・・」
「じゃあ教えてよ。こんな風に日向さんを可愛がるαがいるのかって、聞いてるだけだよ。それだけなんだよ?」
「いな、い!そんなの、いない!いない、からあっ・・・!や、あ、もう、や・・・ああぁあッ!」

いない、と答えた途端にハーフパンツと下着の中に手を入れられ握られて、耐えきれずに俺は達してしまった。こんなに簡単にイってしまうのは初めてのことだった。

「・・ふ、うぅ、」
「そうだよね。番がいるなら、こんなふうに薬飲んで一人で我慢している筈がないもんね」

「・・ひ、ふッ、ぅあ」
「俺に任せて。ね?日向さんだけ、気持ちよくしてあげるから・・・。怖いことしないから、ね?気持ちいいことだけだから、大丈夫だからね」

いつの間にか仰向けにされて、汗やら涙やらで張り付いた前髪を梳かれていた。

「・・・きもち、いい・・こと?」
「うん。気持ちいいこと。だから怖がらなくていいよ。・・・日向さんだけ、気持ちいいこと。俺がラクにしてあげる。じゃないと、日向さん、おかしくなっちゃうよ」
「ん!は・・あっ!」

ちゅ、と軽く唇にキスをされる。舌で突かれて軽く口を開くと、今度は頭の後ろに指を差し込まれて深く口づけられた。口腔内を男の好きなように蹂躙され、唾液を送られてコクリとそれを飲み込めば、俺はもう何も考えることができなくなった。ただ1つのこと以外は。

「だけど、だって、おれ、こども、いらないっ。こども、まだ、や・・やあ」

ヒートの時期にαと寝るのであれば、妊娠の可能性は無視できないことだった。
こどもはいらない、欲しくないと、譫言のように繰り返す。そんな俺に反町はゆったりと微笑み、甘ったるい声で囁いた。

「うん、そうだね。まだ、こどもいらないよね。大丈夫。こども、できないよ。・・・俺に全部任せてくれればいいから、ね?」

反町はそう言うと、決して軽くはないだろう俺を、いとも簡単に抱き上げて寝室に向かった。









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