~ お前の天使じゃねえから。~3




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(こうもしょっちゅう来られたなら、日向だっていい加減ウザく感じてもいいだろうに・・・)

他人から必要以上にベタベタされることの苦手な若島津はそう思うが、長男気質の日向は人から頼りにされたり、寄ってこられるのがそれほど苦にならないらしい。若林に肩を抱かれても、腰を引き寄せられても、「うざい」「邪魔」と罵っている割にはさほど不機嫌でもなさそうなのだ。

だが日向自身は平気でも、周りの人間は招かざる客にイライラする。若島津も例外ではない。日向との距離を、どうみても単なる友人以上に詰めてこようとする若林のことはやはり気に入らなかった。

単なる友達以上      そう、これが問題だった。

「あの日、天使が空から降ってきたんだよなあ~」
「またその話かよ・・・。あのなあ、俺は天使じゃねえし、空からじゃなくてゴールバー!ゴールの上から跳び降りただけ!」
「『お前が若林か』って声が空から降ってきてさあ。一瞬幻聴かと思ったんだけど」
「人の話を聞けよっ」
「で、見上げたらキラッキラした光をまとった天使がさあ、ふわあって舞い降りてきて・・・」
「きもっ!お前、マジでキモいから止めろって!」

(確かに、何度目なんだか・・・)

日向との出会いの日のことを若林が話題にするのは、これが初めてではない。日向の元を訪れる度に、『突然目の前に、まばゆい天使が舞い降りてきたんだ』とさも嬉しそうに      若島津に言わせるならば、デレデレと締まりのない顔をして      何度も繰り返し語っている。
それに対して日向の方は毎回、心の底から嫌そうな顔をして、鳥肌の立った二の腕をしきりとさすっていた。

(だから『面倒があっても知らないぞ』って、あんなに忠告したのに)

若島津は、『はあ・・・』と小さくため息をついた。

あの日、偵察から戻ってきた日向に首尾はどうだったかと尋ねたところ、「最初は隠れて見ていたから、お蔭でじっくり観察できた」と満足そうな答えが返ってきた。だが「どこに隠れていたのか」との問いには「ゴールの上」と返され、若島津は耳を疑った。

どうしてそんなことになったのか。クロスバーの上に隠れるなど、何をどうしたらそんなことを思い付くのか。
ある意味『さすが』と思うほどの日向の突拍子の無さだが、それにまんまと心を奪われた奴がいることにも、後になって驚いた。

日向はゴールの上で南葛の練習風景を見学した後、そこから跳び降りて、若林に一騎打ちを挑んだらしい。
日向によると、その時の若林はシュートに全く反応せず一歩も動けなかったとのことだが、若島津には想像がつく。おそらく若林は日向に見惚れていたのだろう。それで動けなかったのではないだろうか。もしくはゴールの上から人が降ってきたことに単に驚いていたのかもしれないが。
だがこうして若林が日向の元を頻繁に訪れている現状を鑑みるに、前者が正解だろう。

どうやら南葛SCの天才GKは、明和FCの誇るエースストライカーに一目惚れしてしまった      そういうことらしい。

(あの時のイヤな予感って、やっぱこれだったんだろうなぁ・・・)

日向自身には若林の気持ちに気が付いている気配は無い。好意を寄せられていることは感じ取っているかもしれないが、単なる友人として、としか思っていないだろう。若林の方はその域を出ていることを特段隠そうともしていないけれど、日向はそういった方面では小学生の基準からみても疎かった。

(まあ、男同士だしな。女子相手じゃないんだし、普通は男からそんな目で見られているとは思わないよな・・・)

明和FCのメンバーにしても、若林の度重なる強襲をそういった意味合いで捉えている人間はまだ居なさそうだった。
一部では『日向小次郎ファンクラブ』と揶揄されるようなチームだ。若林が日向に懸想していることを知ったなら大騒ぎになりそうなものだが、そうなってはいない。

ならばこの件については、このまま何事もなく若林が渡独してしまうのが、最も平和だと若島津には思えた。海さえ越えてしまえば、向こうでこの男がどれだけ片思いを拗らせたとしても、何ができる訳でもない。放っておけばいい。

「あれは本当にさあ・・・見入るしかなかったよな。だってスローモーションで映ったもんな。お前の周り、本当に光が眩しくてキレイでさ」
「単なる逆光だ。それは逆光のせいか、お前の目がおかしいんだ」
「逆光だろうがなかろうが、お前が俺の天使だっていうことは・・・」


そうだ、放っておけば     








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