~ お前の天使じゃねえから。~2




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「は?どこに行くって?」
「静岡県。静岡の南葛市に『南葛SC』ってクラブがあるんだけど、そこににすげえ強いGKがいるんだよ。ちょっと偵察に行ってこようと思ってさ」

日向がそう打ち明けたのは、若島津の家に見舞いがてらに遊びに来た時だった。若島津はその2週間前に、散歩中に車の前に飛び出した飼い犬の小太郎をかばい、車両に接触して怪我を負っていた。既に退院はしていたが、空手の稽古もサッカーの練習も許されず、療養している最中だった。

自室のベッドに腰かけた若島津と、その前の絨毯に座りこんだ日向は向かい合って話していた。

「なんで」
「なんでって・・・だから強いGKなんだって。見てみてえだろ?ついでに、勝負してみてえじゃん」
「そんなの、全国大会に行けば当たるんだろ?別にわざわざそんな遠くまで行かなくてもいいんじゃねえの?・・・って、どうやって行くんだよ。静岡まで」
「南葛SCの練習場の近くに、タケシの親戚が住んでいるんだって。で、タケシのおじさんがそこに用事があって行くっていうから、乗せてって貰って・・・で、用事が終わったら迎えに来てくれるって」
「じゃあタケシも一緒?」
「アイツも行くけど、おじさんと一緒に親戚の家に行かなくちゃいけねえらしいからさ。でも間に合えば、あいつも少しは見れるかもな」

日向はあっけらかんとした様子で話しているが、若島津としては当然面白くは無い。

若島津自身、常々『俺はFWをやりたいんだ。俺の代わりになるGKが見つかれば、いつでも代わってやる』と公言している。だがそれでも、現時点では自分がGKを任されているのも事実だ。

それを日向から『すげえ強いGKがいるんだって』などと、期待と負けん気でその大きな瞳をキラキラさせて告げられたなら、それは対抗心も敵愾心も生まれようというものだった。

「それ、なんていう奴?」
「そいつの名前?若林源三、っていうんだ。こいつさあ、5年の時に全国大会で、無失点で優勝してんだよ。確かにすげえよな」
「ふーん・・・」

『若林源三』という名前を頭の中にインプットする。その名前からどんな奴かとイメージしてみたが、オヤジくさい、どっしりと構えた大柄な小学生しか浮かんでこない。そのうえ日向が能天気に褒めたりするものだから、なおさらいい印象にはならなかった。

「・・・なあ、それ、どうしても行かなくちゃ駄目なのか?」
「えー?いけないっていうか・・・もうタケシのおじさんにお願いしちゃったしな」
「止めておけよ。なんか俺、ヤな予感がするんだよ」
「嫌な予感って何だよ。そういうこと、言うなよな。車で行くんだし、高速乗るんだからさあ」
「そういう種類の予感じゃないけど、でも何かな・・・。なあ、俺が一緒に行けるようになるまで、待てないのかよ」
「お前が外に出れるの待ってたら、大会が始まっちまうだろ」
「それはそうなんだけど」

若島津が何と言おうとも、日向は南葛に行くことを既に決めているようだった。若島津はどうしたものかと考える。

日向が一度決めたなら、余程のことが無い限り考えを変えないことは知っている。それでもとにかく、若島津は日向を行かせたくなかった。どうしてかと理屈を聞かれると困る。何となく嫌な予感がするとしか言いようが無い。とにかく日向と、その若林やらを会わせてはいけないような気がしたのだ。ましてや自分のいない時に。

若島津は取り立てて第六感が働く方でもないが、だが直感というのも馬鹿に出来ないと思っている。特に日向と知り合ってからはその野生的な勘に驚かされることも多く、自然とそう考えるようになっていた。

「別に偵察なんかしなくたって、お前と俺がいれば勝てるだろ」
「そりゃあ、俺だってそう思ってるけど。でも見てみたいだろ?大丈夫だよ。偵察に行くだけで、別に喧嘩売りに行く訳じゃねえし」
「さっき、『勝負したい』って誰か言ってなかったか?」
「・・・あー、もう、うるせえなっ!俺が行くっつったら、行くんだよッ!」
「キレることないだろ。俺は反対だって言ったからな。お前が何か面倒に巻き込まれたとしても、俺は知らないからな」
「面倒って、だから一体何があるってんだよ!」
「それが分かれば、俺だってお前に言うよ!」

説得するつもりが、決して退こうとしない日向を相手にしているといつの間にか言い争いになっていた。


そして結局、日向は若島津の反対を押し切って南葛SCに偵察に出向いた。
そこで目的の人物を見つけた日向が何もせずに帰ってくる事などある訳がなく、当然のごとく勝負を挑んで、ゴールを決めて帰ってきた。その日はそれだけで終わったのだが      

蓋を開けてみれば、その時の経緯が端緒となって面倒な事態を引き起こしている。『何があっても知らないぞ』と啖呵を切った筈の若島津を、後悔する羽目に陥らせている。



初めて出会った日から、若林は日向のことを甚く気に入ってしまった。それはもう、誰も予想し得なかったほどの強い入れ込みようだった。

全国大会を終えたのち、卒業後の進路も無事に決まった未来のブンデスリーガーは、ただ日向に会うためだけに時間も惜しまず、しょっちゅう静岡から駆け付けるようになってしまったのだ。








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