~ 俺が敬語を使う理由 ~5
はあー、と若島津はため息を一つついた。どうやら日向の寮生活は、自分が想像していたよりも望ましくない状況にあるらしい。
「何なの、日向。アレ」
「アレって、一条先輩?」
えっと・・・と日向が拙いながらも一条のことを説明しようとすると、今度は「ひゅうがあ~~」と情けない声とともに、小柄な少年が部屋に飛び込んできた。
「二階堂先輩!?」
「ひゅうがあ。どうしようー。俺、俺・・」
うわああん、と声を上げて日向の胸にしがみついているのは、その日向よりも小さくて色白の、さくらんぼ色の唇をした愛らしい顔立ちの男の子だった。日向が『 先輩 』と呼ばなければ、とても上級生には思えないだろう。
「どうしたんですか?」
「家に、家に電話したら、弟たちが出て。そしたら、あいつらに会いたくなっちゃって、淋しくなっちゃって・・・。ひゅうがあ、ギュってさせて?ギュってして?」
「はあ。・・・俺でいいなら」
「ひゅうがって体格も俺のすぐ下の弟と同じくらいだもん。俺の弟も、俺より大きいんだもん。」
二階堂先輩、4人兄弟の長男なんだって。俺と同じなんだ・・・と二階堂を抱きしめて背中をトントンしながら説明する日向に、「そんなことはどうでもいい!」とキレなかったのが我ながらすごいと若島津は思う。
「ひゅうが、弟とちょっと違う~。イイ匂い~」
「いやいや、ちょっと離れてくださいよ」
日向の胸に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅ぎ始めた二階堂に、さすがに若島津が二人を引き離す。
「・・・お前、誰?」
「今度ここにお世話になります、若島津です。サッカー部に入部予定です」
言葉だけは丁寧だがぞんざいな口調で質問に返した若島津に、二階堂の片方の眉が上がる。
「すっげー、生意気な感じ」
「それはすいません。まあでも、感じ、じゃないんですけどね」
そっちが望むなら、いくらだって生意気な後輩になるのだ・・・と言外に滲ませる若島津に、いよいよ二階堂の目が吊り上がる。
「・・・気に入らないね」
「光栄です」
バチバチッと音さえしそうなほどに、腕を組んで仁王立ちした二階堂と日向を背に隠した若島津の視線がぶつかっているのだが、当の日向はまだ『 れおくん 』が見つかってしまわないか気になるのか、ぬいぐるみを隠してある布団の膨らみが目立たないように、ポンポンと叩いたり位置を微調整していた。
しばらく二人で睨みあったが、やがて二階堂も「ひゅうが、夕飯の時に迎えにくるね!」と言って出ていった。
「日向。今度のアレは何」
「今度のアレってのは、二階堂先輩のことか?えっと、今度3年生で、4人兄弟の長男で・・・」
いや、そんなことを聞いてるんじゃなくて、お前との関係を聞いているんだよ!・・・と若島津が指摘する間もなく、またしても「日向ッ!」と声がして別の人間が入ってきた。
「三谷先輩?・・・え、ちょ、ちょっと離し・・」
「はい、ちょっと落ち着いて。ここは一旦、離れましょーかっ!」
「・・・誰だよ、お前。何でここにいる訳」
そんなことがこの後も数回繰り返された。
さすがに若島津がグッタリしてきた頃には明和に戻る時間になっていて、どっと疲労を覚えた。
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