~ 俺が敬語を使う理由 ~4







「大丈夫か?お前」
「・・・まあな」

ようやく衝撃から立ち直った若島津は手のひらを額に当てて、改めて日向が抱える『れおくん』を眺めた。やはりそれに見覚えはなかった。

「・・・俺、結構お前ん家にお邪魔してたんだけどな。見た覚えがねえな」
「お前が来るときは、尊が直子の持ってる人形の後ろに隠してたから」

やっぱりあいつか・・・と思いつつ、「何で、わざわざ」と聞く。

「誰だって可愛いものは好きなんだから、大切なら家族以外に見せちゃダメだって。本当はここに連れてくるのも反対されたんだ。でも眠れないし・・・って言ったら、見えるところに置いちゃ駄目だよって。一緒に寝ても、朝起きたらすぐに隠すんだよ、って」

尊にとっての『 家族以外に見せちゃ駄目なもの 』がライオンのぬいぐるみなどではなく、それを愛でる日向を指していることは明白だ。気が付いていないのは日向本人くらいのものだろう。
若島津は、いずれ尊と話し合う日が来るかもしれないな、と思った。

「だから、お前にばれたってこと、尊には内緒な」
「・・いーよ。内緒、ね」

しー、というように唇に人差し指を当てて『 内緒 』という日向は、凛々しい顔立ちに反していやに可愛らしい。入学式まであと数日とはいえ、その間を一人にしておくのに若島津が不安を覚えるほどだった。


その時、日向の部屋のドアがゴンゴン!とノックされ、日向が返事をする前に大きな音を立てて扉が開けられた。

「日向!戻ってきたって!?」
「一条先輩」

日向や若島津よりも頭一つ分も長身の男がズカズカと速足で入ってきたかと思うと、突然に日向を抱きしめる。身長差がある分、日向が抱きあげられる格好で爪先立ちとなった。男は日向の首筋に鼻先を埋めるようにして、更に体を密着させた。

「黙って寮から抜けるな・・・!お前、昨日熱があったんだぞ」
「もう下がりましたよ。それに散歩に行っただけですし」
「それでも、だ。黙っていなくなるな。行くなら一言知らせろ。俺らはお前のことを任されたんだからな」
「先輩、ちょっとこの体勢、ツライんですけど・・・」

突然に繰り広げられた熱い抱擁に茫然とする若島津の目の前で、一条と呼ばれた男が日向をようやく下ろして、日向の前髪をサラリと上げて額を触る。

「どれ、熱は・・・無いな」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」

礼儀正しく日向が礼を言うと、男は整った顔を緩ませた。それから若島津へと視線を写すと、今度はスッと笑みを消す。

「日向、客か?・・・寮の人間以外を勝手に入れたら駄目だろう。ましてやお前は今、一人部屋なんだからな。危ないだろう」
「寮監には許可を貰ってます。えっと、こっちは俺の小学校からの友人で・・・」
「若島津です。この春からここにお世話になります。サッカー部に入部希望です」

日向の言葉を遮って自己紹介をすると、若島津は一条に向かって右手を差し出した。握手を受ける一条と、視線を合わせたまま外さない。お互いに手にギリギリと力を込める。

二人の間で緊張感が高まる中、日向はさり気なく『 れおくん 』をゴソゴソと布団の中に隠す。それを横目で確認した若島津は毒気を抜かれ、一条から手を離した。

「今後とも、よろしくお願いします」
「・・・今年は随分と面白い奴らが入ってきたな」

口の端を上げて皮肉めいた笑みを浮かべると、一条は日向に「夕飯の時に迎えに来る」と言って部屋を出ていった。






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