~ 俺が敬語を使う理由 ~6
「・・・おい」
「どうした?・・・あれ。若島津、顔色悪いな。大丈夫か?明和まで一人で戻れるか?」
「アレらは何だ。全員、サッカー部の先輩なのか?」
「うん。練習の時はみんな厳しいけどさ。寮に戻ってきたらすごくよくして貰ってるよ」
「・・・お前の認識にも、大分問題有りだな」
何がどうしてこういう状況なんだ、と日向に問いただしたいのは山々だったが、日向に聞いたところで無駄だろうとも若島津は思った。
日向自身は何も変わっていない。明和にいた頃と変わらずに、自然体であるがままに過ごしているだけだ。人に気に入られようと小細工したり、おもねたりしている訳ではない。
変わったとすればやはり環境だろう。明和にいた頃は、日向の見た目と口下手のお蔭で、無駄に人が寄ってくることが無かった。だがこの学校には、日向の本質を見て取れる人間が多くいる ということだ。
東邦に入ってくる人間のレベルが、学力や家の経済力だけでなく、人間的にもそれなりに高いということだろう。
しかし目上の人間しかいない今の状況でこれか、と若島津は苦々しく思う。日向はこれまでも、年上よりも年下の人間により慕われる傾向にあった。下の人間からすれば強面であることすら憧憬になり得るからだろうが、そうすると自分たちが2年生、3年生になった時にはどうなっているやらと、面倒に思う。
誰がどう日向を懸想しようとも自分が傍にいる限りは守り通すが、こんな風に容易くベタベタと触られるようでは困る。若島津は自分の宝物を他人と分かち合う趣味はないし、ましてやちょっとであっても、目の前で抱きしめたり抱きしめられたりを見せられるなど、今後はあっていい筈がない。
さて、どうしようか。
上級生もだが、特にこれから入ってくる同学年、下級生を牽制するには・・・。軽々しく口をきくのも憚られるようにするには・・・。
「・・・やっぱ、ここは『 孤高の人 』推し、だよな」
「え?何?ココウ?」
「今日は帰るわ。・・・今度は入学式の日な。・・・日向、さん?」
「は?なんで、さん付け?若島津?」
「あんま、気安く触らせんなよ。いいか、何かあったら、大声出して急所蹴って逃げろ。前に目つぶし、教えたよな?・・・俺が戻ってくるまでの間、気をつけてな。日向さん」
一人で納得してから事細かに穏やかでない指示を出してくる若島津に、日向は「訳が分からない」と小首を傾げるが、それ以上は詳しい説明もされない。最後まで何のためにか理解できていない日向に最低限の護身術だけ教えて、若島津は明和へと戻っていった。
一旦別れた二人は入学式を迎えて再会するが、「日向さん、一緒のクラスですって。寮の部屋も俺と一緒です。良かったね」と普通に敬語で話しかけてくる若島津に日向が目を丸くして驚き、それを見た反町一樹が「どうして同級生なのに敬語なの?日向クンがカッコ可愛いから?じゃあ、俺も敬語使おうっと」と便乗して日向の反応を楽しみ始め、そんな理由であっという間に『 日向小次郎には敬語 』というのが新一年生の間に浸透した。
それがやがて日向小次郎のカリスマ性を、本人の預かり知らぬところでドンドンと高めていき、結果的には若島津の狙いどおりに馴れ馴れしく接触してくる人間を排除するようになった という経緯は、彼らの代でも知る者の少ない事実であった。
END
2015.08.12
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