~ 俺が敬語を使う理由 ~2




「お前、もう寮に入ったのか?」
「いや、手続きはこれから。・・ていうか、明日母さんと来る予定なんだよ。でも明日はきっと、日向とゆっくり話す時間もないと思って」

それで一足先に見学を兼ねて一人でやってきたのだという。

「え。じゃあ、今日は明和に帰るのか?」
「夕方にはな。お前が寮でちゃんと生活できているのか心配で見に来たんだ。俺を安心して帰らせてくれ」
「ぬかしてろ!」




若島津健は、東邦学園に特待生として入学を許された日向を追って一般受験した。試験の結果は合格であったが、東邦への進学を反対する父親から最終的な許可が出たのが、つい昨日のことだった。家業に縛り付けようとする父親と、自分の道を進もうとする息子では相容れようもなかったが、結局は条件付で父親が折れる形になった。入学の条件は東邦に行っても空手を続けて、若堂流の大会には出場する、というものであり、別にどこに住もうと将来的に空手家になってくれればいい、という父と、日向と一緒にサッカーをしたいけれど空手も出来ることなら続けたい、という息子の、双方の落としどころだった。

そんな経緯で若島津は東邦学園に進むことが決定したのだが、父親が学校関係の細かいことを母親任せにしていたのは有難いことだった。入学金の振込などは、母親が父親に何も言わずに済ませておいてくれたから。



一方の日向は、明和小の卒業式を終えてから、すぐに東邦の寮に入っていた。サッカー部の練習に合流するためだった。


       待ってるから。お前が来るの、待ってるから。


日向が明和を離れる時に、若島津にくれた言葉だ。家族には目を真っ赤にして別れの言葉を告げていたのに、若島津にだけは「待っている」と言ってくれた。
そのことが嬉しくて、父親からどんな反対があったとしても、絶対に諦めるまい・・・と決意した。そして上目遣いで「待ってる」と繰り返す日向が可愛くて・・・というのは、若島津の胸の中にだけ仕舞ってある感情だ。


実際の日向は、見た目は『 可愛い 』要素は全くない少年だと若島津は思っているし、周りもそう捉えているだろうと認識している。
切れ長で吊り気味の目はキツく見えて、初対面の人間に与える印象はあまりよくない。特に上級生からの受けは非常に悪く、日向がチラと見ただけで「何をガンつけてんだ」と絡まれることもあった。
父親が早くに逝去して苦労している分、性格にも幼稚なところは見当たらず、同年代の少年のように馬鹿騒ぎに興じることもない。純真さは十分すぎるほどに持ち合わせているのだが、そもそも他人と慣れ合うということをしないので、その美点はあまり人に知られていなかった。

だが若島津は、本当の日向は自分だけが知っていればいいのだと思っていたので、それで何も不都合は無かった。寧ろ都合が良かった。

東邦に入学したからには、これまでと同じように、自分だけが日向を構い倒せるのだ。しかも今度は寮生活だから、幸運にも同じ部屋になれたなら、四六時中一緒だ        と、気分も高揚した。






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