~ 悪戯 ~ その2



日向さんは若島津に「髪を切れ」と言われて、どうしようか考えているみたい。

「尾形さんが来るの火曜日でしたっけ。来週、切って貰ったらどうですか?」
「んー・・。そうだなぁ。予約しておくか」


尾形さんというのは、ここ、東邦学園がある街で古くから床屋をしている人で、定期的に寮まで出張して髪を切ってくれる。

東邦学園は人里離れた場所にあるので、俺たちみたいに平日は遅くまで部活、土日も練習や遠征があるような運動部では
重宝している人間も多い。楽だし格安だし、腕も確かだし、日向さんも尾形さんによくお願いしている。

難点といえば、尾形さんがオッサンである、というくらいなものだ。俺だったらやっぱり、可愛い女の子に切って貰いたい。


「でも日向さん。尾形さん、来週は夏休みで出張なし…って、掲示板に貼ってありましたよ。」

俺の隣に座り込んだ島野が、後ろを振り返って日向さんと若島津の会話に口を挟む。
ついでに日向さんに飲みかけのコーラを「飲みます?」と言って聞いている。
コイツは結構ちゃっかりしているんだ。


「2週間も待ったら、さすがに伸びすぎるね。全体的に長くなってるし。・・・外に切りに行く?」
と日向さんに向かって言いながら、
若島津は島野からコーラを受け取ると、自分が一口飲んで、そのまま島野に返した。

島野が固まっているのに、日向さんは気が付きもしない。
ざまぁみろ。島野。

「う~ん・・・。いいよ。待つよ。他のとこに行くのも面倒くせぇし」


気が乗らなさそうに、伸びをしながら答える日向さん。
日向さんは初めての場所とか店とか割と苦手だから、新しいところに行くくらいなら、待つ方が気が楽なんだろうな。
ましてや、初対面の女性が担当なんてなったら、一言もしゃべれないに違いない。


「日向ァ。俺が切ってやろうか?」
近くで聞いていた野球部の澤田が入り込んでくる。

この寮は一年生専用の寮だから、先輩と関わる必要がないうえに、同学年の他の部の人間とも親しくなれるのが利点だ。

「やめとけ、日向。丸刈りにされるぞー」
「ホントホント。澤田、お前、日向のことヘンにしたら、サッカー部からボッコボコだぞ」

当然だ。
・・・と思ったら。

「何だったら日向さん。俺が切ってあげましょうか?」

若島津の奴が、とんでもないことを言い出した。
言われた当の日向さんも、目をまん丸にして若島津を見上げている。

「ええ!?若島津が!?」
「イヤ、日向、それだけはゼ~ッタイやめておいた方がいいって」
「若島津。お前、自分の不器用さ分かって言ってんだろうなぁ!?」

周りからも非難轟々。若島津は馬耳東風といった表情で気にも留めていないけど、
日向さんもちょっと引き気味なのが笑える。
さりげなく若島津から離れてたりして、そんな姿も普段とギャップがあってカワイイ。


若島津は顔の造りこそ繊細だけど、手先は器用とは言い難い。そのことは日向さんもよ~く知っている。
美的センスがない訳じゃないんだけど、本当に単純に不器用なんだ。
針を使うと指を指すとかで、「キーパーなんだから、指、刺したりすんじゃねぇよ」とか言って、
若島津の繕い物なんかは、ぜ~んぶ日向さんがやってあげている。


気がつくと周りがすっかり調子に乗って、切るなら俺にやらせろ、と騒ぎ出している。
日向さんも思わぬ盛り上げりに、「うるせぇ。早く部屋に戻りやがれ」とか悪態ついているけど、
美人の冷たい態度って、男は盛り上がるんだよ。
ますますね。

でも、そろそろ、収集つけた方がいいかも。


「日向さん。俺が切ってあげるよ。若島津よりは断然信用できるっしょ?・・ねっ」
野球部やらバスケ部やらに囲まれた日向さんに、俺は救いの手を差し伸べる。

「俺、たまに自分のだって切ってるし。すきバサミだってあるからさ。ね、安心して任せてちょーだい」

これは本当。
俺は結構飽きっぽいので、チョコチョコと自分で髪型を変えている。
なのに、日向さんてば首を傾げたりして。どうしようかな~、と軽く悩む時のクセ。

って、他に選びようがないでしょーが。日向さん。


俺はもうすっかり、何がなんでも日向さんの髪を切るつもり。
というか、他のヤツにやらせるつもりは毛頭ない。
だって、前髪を上手に切るには本当に近くに顔を寄せないとできないし、切っている間は誰よりも近くにいられるし。
俺だってたまには、綺麗なこの人の極上の毛並みを、思う存分触ってみたい。


「今度の休み、家に帰るんでしょ、日向さん。あんまり頭ボサボサだと、直子ちゃんにまた怒られちゃうよ。
それとも明和で髪切りに行く?行きつけの店とかあるの?そんなら予約しとかないとね。」


最近の直子ちゃんは、ずいぶんと女の子らしく、口煩さくなってきたらしい。
思い出したくない何かが脳裏に浮かんだのか、日向さんの顔がしかめっ面になる。
家族を「守るべきもの」として何よりも大事にしてきたこの人の、その中でも大切に大切にしてきた筈の、可愛らしいlittle girl。

「女の子って、年頃になると本当に生意気になるんだなぁ…」とため息混じりで日向さんが愚痴っていたのも、ちゃんと覚えているよ。俺。



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