~ 悪戯 ~



「日向さん、そろそろ髪の毛切った方がいいね」


若島津の声に、二人の方を振り返る。
東邦学園高等部の寮の中の談話室。
まだ夕飯が終わったばかりで、みんなこの部屋で何となく休んだりテレビを見てたりするのだけど、そろそろ風呂に行ったり部屋に戻ったりとそれぞれに動き始める時間帯だ。

若島津と日向さんは、談話室に並んだソファの一つに、いつものように二人一緒に座っている。
この二人は地元も一緒、卒業した小学校も一緒、その頃のクラブも一緒、東邦に来てからは寮も一緒。いつも一緒だ。
そんなに長い間一緒にいたら飽きそうなものだけど・・・。

いや、違うか。
若島津はおいといて、日向さんには飽きるなんてことないな。


日向さんって、見た目は美人なのに、中身は意外と天然で、いろんな引き出しを持っている。
厳しくて、優しくて、よく笑うのに涙もろいところもあって。
素直なのに強情で、格好よくて、可愛くて。
いつも皆に囲まれていて、だけど。

一人で矢面に立つことも厭わない人。



日向さんって、すごくワンマンで思うようにチームを動かしているように思われることが多いけど、それは誤解だ。

日向さんは、基本、他人に強要しない。要求はするけれど、それについていくかどうかは、俺たち次第だ。
日向さんを納得させることができたら、俺たちの意思もちゃんと尊重してくれる。
だけど、サッカーに関してはピッチの外でも、一番努力しているのは日向さんだ・・・・ってことは、俺たちも分かっている。
だからみんな、日向さんに必死でついていく。

強要されないって、ラクなようでいて、実のところ怖い。
気がつかないうちに、日向さんに諦められてたらどうしよう、使えない奴と思われてたらどうしよう、と不安になったりする。
だから、練習がきつくても、走り込みで顎が上がっても、筋トレで足が震えてきても、もう少し、あと少し・・・って、あの人の背中を追いかける。

そうして努力できているうちは、日向さんは決してそいつのことを諦めたりはしない。
努力したから伸びるって訳じゃないけど、結局のところ結果が全てなんだけど、
でも日向さんはそこに至るプロセスもちゃんと知っててくれてて、
今までできなかったことが出来るようになると、自分のことのように喜んでくれる。
「すげえ、反町!お前、頑張ったな!」・・・って。
子供みたいに、全身で喜びを表して、飛びついてくる。



「そうか?この間、切って貰ったばかりだと思ったんだけどな」
「結構前ですよ、切って貰ったの。ほら、前髪が目に入りそう。」



だから、日向さんは慕われる。
今だって、二人の側を通り過ぎる奴は必ず、日向さんに声を掛けていく。
日向さんも律儀にちゃんと返事を返す。


そういう時、若島津は大人しく傍観者になっている。
・・・というか、いかにも面倒くさがっているように見える。
言ってしまえば、若島津は「全く他人はどうでもいい」人間だ。

本当なら、今だって一人に・・・というか、日向さんと二人きりになれる自室にさっさと戻りたいんだろうけど、
日向さんが周りに人がいて、常に話し声が聞こえるくらいの方が落ち着くらしくて、
若島津もそれに付き合ってたりする。
やっぱり、アレかな。兄弟が多いところで育ったからなのかな。日向さん。
俺は一人っ子だから、この点では若島津の方が近い。
日向さんがいるから・・・というのと、何か面白いことが無いかと、情報収集のために残っているようなものだ。


「くすぐってぇ。触んじゃねえよ」

ずいぶんキツイ言い方のようだが、声の響きは柔らかい。
ああ、若島津にか・・・だからか・・・。なんて、ぼんやり見てたから、ぼんやり考えたりして。

日向さん。
本気で言ってないねぇ・・。


若島津の骨ばった指が、日向さんの柔らかい髪を掬いあげる。
日向さんの髪は日焼けしているせいで少し色が抜けているけど、でもサラサラしてて、触り心地がいい。

勿論、そんなことは俺を含めて一部の人間しか知らない。
絶対的に優しい人だけど、
だけど、自分のテリトリーに誰でも踏み入らせるような人でもないから。

日向さんの隣には、そのテリトリー内に踏み込んで、かつそれを許されている奴がいつもいるから
自分もそんな風に、境界線を越えられたら・・・とは思うけど。

実際、サッカーやってて練習キツイわ、レギュラーどころかベンチ入りもできないわ、といった時は
そんな邪な動機さえもがモチベーションになる。

そんなことを意識して若島津を隣に置いている訳じゃないんだろうけどさ。
無意識だとしても、人を使うのが上手いんだよなぁ、日向さん。



ふと二人の方を見ると、若島津の指が今は日向さんの滑らかな頬に降りて、感触を楽しむようになでたりしている。
オイ、って感じ。
そして日向さんは、嫌がるでもなく、くすぐったそうに首をすくめたり、気持よさそうに目を細めている。
虎っていうより、猫みたいで可愛らしい。
でもさ。
でもさぁ。


(・・・いつものことだけどさ。
ホント、見せつけてくれるよねぇ…)


それにしたって日向さん。
その姿はあまりにも無防備じゃないの?
周りがどんな目で見てるか、少しは気づいてもいいんじゃないの・・?


「反町。日向さんのこと見過ぎだろ」

夕食後にさっさと風呂に入ってきた島野が、コーラ片手に俺の隣に座ってくる。
確かに、俺はソファの背に腕と顎を乗せて、すっかりテレビに背を向けて、後方の日向さんを見ていた。
でも、かくいうコイツも日向さんフリークの一人だ。
だからコーラなんか飲むようになっちゃって。
昔、炭酸苦手~、とか言ってたのはどこのどいつだ。


「だってさあ、島野。ここは一応、公共の場な訳よ。アレって有り?若島津の奴。・・・いいよなあ~。俺もあんな風に日向さんに触りたいっ」
「いっそのこと、抱きついて玉砕してこい」

日向さんに抱きつくくらいはしょっちゅうしている。
この学校の中じゃ、若島津の次くらいの位置は占めていると思うし。
だけどさあ・・




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