~ 日向兄弟 <勝編> ~ 4




「ただいま」

寮の自室に戻った日向は、「お帰り」という若島津の声に迎えられた。

「どう。元気だった?弟妹たちは」
「ん?・・・三人三様で、可愛かったぜ。勝なんて、目をウルウルさせちゃってさ。・・・・・・寂しい思い、させてんのかなぁ・・って思ったりもした」

ネクタイを外してシャツのボタンをはずしているところで、「あれー。日向さん、もう帰ってきたの?」と隣室の反町と島野が入ってくる。

「どうだった?日向さんのパパさんぶりは・・・っと、着替え中?ラッキー」

日向が着替え中と分かって遠慮する島野とは対称的に、ずかずかと入り込んでくる反町に「お前はホントやらしーな。反町」と日向が笑う。

「で?直子ちゃんは何て?」
「直子はなあ・・・・。怒られた。」
「怒られた?・・・何で?」
「俺のこと見つけたら、何だか落ち着きがなくなってさ。終わってから聞いてみたら、俺が来るって知っていたら、もっと可愛い髪形してきたのに・・・だってよ」
「かっわいーい!!」
反町と島野が同時に声を上げる。二人ともお互いに兄弟がいないので、日向の兄弟・・・特に妹の直子の話はいつも新鮮だった。

「若島津」
日向がシャツの前をはだけた状態で、腕を若島津の方に差し出す。袖のカフスボタンを取って欲しいと要求しているのだと、若島津にはすぐに分かる。
若島津は黙って、日向のシャツの袖からカフスボタンを取ってやった。若島津の位置からは勿論、少し離れて立っている反町や島野にも、日向の綺麗に浮かび上がった鎖骨と薄い胸、引き締まった腹がシャツから覗いて見えた。
若島津と反町は平然としているが、島野は直視に耐えられず、頬を赤く染めてクルリと日向に背を向けた。

「反町、服貸してくれてありがとうな。クリーニングに出してから返すから」
「いいよ、別にそのままで。・・・何だったらあげるけど。日向さんの方がよく似合っているし」

実際に反町は、「日向さんが着たら似合うかも」といった視点で服を選ぶことがあるのを、若島津と島野は知っていた。背格好が同じくらいなので、気に入ったものがあれば、どうにかして日向に着せたいとすら考えていることも。そのことを知らないのは日向本人だけだった。

「そうはいかねえだろ。ちゃんと返すから」
「はいはーい」
「・・で、日向さん。残りの一人は?」

日向の脱いだ服を受け取りながら聞く若島津に、日向は「尊か?」と答えた。

「アイツねえ・・・」

そこで日向は何かを思い出したように、ふふっと笑みをこぼす。

「アイツは、何だか喰えないヤツになってきたかなぁ・・・。」

日向は、昨日尊から送られてきたメールの文面を思い返した。








-------------------------------------------------------------------------------------------------------

4時間目までの授業が終わって、帰りの会が始まる頃には、親たちは教室の後ろから出て行った。でも、中には一緒に帰ることを約束して廊下で待っている親たちもいる。

俺もさっさとランドセルの中に教科書やノートをしまって教室を出ようとしたところで、花音ちゃんから声を掛けられた。

「ねえねえ、日向くん。今度、日向君の家に遊びに行ってみてもいい?」
「え?俺んち!?かの・・・片倉さんが?」

思わず「花音ちゃん」と呼んでしまいそうになって、ドキっとした。
頭の中ではこっそりと「花音ちゃん」と呼んではいるものの、普段、本人の前では「片倉さん」と名字で呼んでいるのだ。

でも、どうして花音ちゃんが?

「別にいいけど・・・。俺んち、せまいよ?」
「そんなの別にいいよお。・・・・ねぇ。日向君ちに行ったらさ、さっきのお兄さんに会える?」

花音ちゃんは、胸の前で手を組んで、キラキラした目で俺を見上げた。

・・え?何?
そうなの?そういうことなの!?

すげえな。小次郎兄ちゃん。
俺は素直にそう思った。
兄ちゃんは俺から見ても本当にカッコイイから、女の子にモテモテだとは思っていたけれど。
まさか今日初めて兄ちゃんを見た花音ちゃんまでこうなっちゃうなんて。

「ざんねーん!いないよ。だって、ウチの兄ちゃん、東京の学校に行っていて、そこの寮に入っているんだもん。めったに家に帰ってきたりしないよ」

俺だって、年に数えるほどしか会えないんだから。

「えー。そうなのぉ?」

花音ちゃんは心底がっかりしたように言った。
ひそかに花音ちゃんを好きな俺としてはフクザツだけれど、でも、好きな花音ちゃんが小次郎兄ちゃんを好きになってくれたと思うと、ますます兄ちゃんのことが誇らしく思えた。

帰ったら、母ちゃんに頼んで、小次郎兄ちゃんに「ありがとう」ってメールを送って貰おう。
それから俺には、多分。
もう一人お礼を言わないといけない人間がいると思う。多分、だけど。

「うん。小次郎兄ちゃんはね、すごく忙しいんだ。東邦学園っていう・・・」

言いかけたところで、いつも落ち着きのない佐藤が「日向~!」と大声で俺を呼びながらランドセルに乗ってくる。
あやうくひっくり返りそうになって、ムカっときて佐藤を振り向く。

「なんだよ」
「お前んとこ、なんで親が来ないで兄ちゃんが来るんだよ。おかしいじゃんか。親、どうしたの?親」

佐藤ん家は俺ん家の近所だ。だから、俺んちに父ちゃんがいないことなんて、本当は知っている。

「で、兄ちゃんは途中から来て、すぐに帰っちゃった訳ー?」

うちのことなんてよく知っているクセに、わざとらしく聞いてくる佐藤を見ていると、なんだか馬鹿らしくなった。
花音ちゃんは知らない。クラスの多くの人間も知らない。ウチが母子家庭だってこと。
でも。

「うちは父ちゃんもとっくに死んでいるし、母ちゃんは仕事で来れないっていうから、代わりに兄ちゃんが来てくれたんだ。それが悪いか?」

俺は言った。
クラス中に聞こえても構わなかった。廊下にいる誰かの父親や母親のことも気にならなかった。
うちには父ちゃんがいない。でも、一所懸命に働いてくれる母ちゃんがいて、忙しいのに遠くから授業参観に来てくれる兄ちゃんがいる。
花音ちゃんは大きな目をビックリしたようにクルっとさせて俺を見た。佐藤もみんなの前で俺がそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。ポカンとしている。

「それにすぐに帰っちゃったとか言うけどさあ、うちの兄ちゃんを誰だと思っている訳?そんな暇人じゃないんだよ。」

ここまでは尊兄ちゃんの受け売り。

「日向、小次郎だぞ。・・・日本一、忙しい高校生なんだからなっ!」


------------------------------------------------------------------------------------------------


「あのさー」

いつものように、俺たちが夕飯を食べ終わった頃に帰ってきた尊兄ちゃんに、俺は母ちゃんや姉ちゃんが傍にいない時を見計らって、近づいた。

「今日は、ありがとう。」

それだけ言えば、尊兄ちゃんは分かったようだった。

「兄貴、どうだった?」
「後ろ向いていたら、兄ちゃんに前を向けって言われて、でも何言っているか分からなくて、ずっと 『なになに?』 って聞いてたら、先生に怒られた」
「はは」

尊兄ちゃんは笑って、「まあ、いつも兄貴に来て貰えるとは思うなよ」って言った。

「うん。・・・小次郎兄ちゃんは、姉ちゃんを見た後、すぐに帰ったのかな」

きっと尊兄ちゃんだって、小次郎兄ちゃんに会いたかったに違いない。

少しだけ申し訳ナイ気持ちで、そう言ったら、

「昼メシ食ってから帰ったぞ」と尊兄ちゃん。

「え?どこで?」

・・・っていうか、何で尊兄ちゃんが知っているの?

「駅前のロッテリアで一緒に。奢ってもらったし。俺」
「・・・尊兄ちゃんと?小次郎兄ちゃんが?一緒にロッテリア行ったの!? ええ~っ・・・・ずるいっっ!!」

俺が抗議したら、尊兄ちゃんは不敵に笑ってこう言った。

「ばっか。何で俺がお前のためだけにわざわざ兄貴を呼び出すんだよ。・・・ハンバーガー食いながら、兄貴の学校のこと聞いたり、俺の部活のこと話したり・・・
 まあ、いわゆるデートだな。楽しかったな。」

お前のグズリも少しは役に立つことあるんだなー。
そう言って、尊兄ちゃんはさっさと風呂に行ってしまった。

「・・・・・・」


前言撤回。

ウチで性格イマイチなのは、姉ちゃんだけじゃなくて、尊兄ちゃんもだ。





       back              top              next