~ 日向兄弟 <勝編> ~ 5
「何?日向さん。ニヤついちゃって」
寮の自室で、日向はベッドに腰掛けながら、携帯の画面を見ていた。
「尊からのメール。見るか?」
さきほど送られてきたばかりのメールだった。
画面に映った写真では、末っ子の勝が頬を思い切り膨らませて、怒った顔を作っている。
「今度は俺にもハンバーガー奢ってね・・だって。・・・勝たちには内緒な、って言ったのになあ。尊のヤツ」
文句を言いながらも携帯の画面を見つめる目は優しく、ふわりと花がほころぶような笑みは、若島津の好きな日向の顔の一つだった。
できれば若島津が独り占めしたいくらいの笑顔だったが、日向がそれを惜しみなく見せるのは、他の誰よりも弟と妹に対してだということも知っている。
若島津は少しだけ諦めの混じった吐息をついて、後ろから柔らかく日向を抱き込んだ。
「こら。弟が見ている前でヘンなことすんじゃねえ」
勝の写真を若島津の鼻先に差し出す日向に、若島津も「確かに。イタズラしにくいね」と大人しく手を離す。
「その前に尊が授業参観のこと知らせてきたメールがあるでしょ。それはどんな風に書いてあったの?」
日向が「ちょっと明和に帰ろうかな、と思ってる」と言い出したのは、昨日の夜のことだった。
翌日は監督が午前中に用事があって不在にしているから、練習は自主練習ということになっていたが、普段はそれすらも休むことのない日向が
「先輩にはちゃんと言うから。・・・午前中だけ抜けても、いいよな」と言い出して、若島津としても日向の家に何かあったのかと、最初は驚いたのだ。
「んー。コレ」
「どれ?・・・・へえ」
尊らしい文面に、若島津も思わず笑ってしまう。
若島津の知っていた頃の尊は、日向や若島津よりも4つも年下ながら懸命に兄のことを支えようとし、外でアルバイトをする日向の代わりに弟と妹の面倒を見る、兄弟思いの利発な少年だった。
「優しくて面倒見のいい兄、だって。尊も言うねぇ」
「なんだよ。事実だろ?」
日向は自分の後ろに座る若島津に寄りかかるようにして見上げ、その長い髪を引っ張った。
「勝には尊もいるし、俺もいる。母ちゃんだって、直子だっている。
俺さ・・・。人間って、誰かが自分のことを大事に思ってくれている・・・・って分かっていれば、大抵のことがあっても、大丈夫なんじゃないかなって思うんだ。
問題は、子供にどうやって、それを感じて貰うかなんだよな。・・・今日少しは、そう思ってくれたかな」
若島津はその問いには答えず、柔らかな笑みを浮かべると、髪を引っ張られるままに日向の唇に自分のそれを落とした 。
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『前略。尊です。
ウチの末っ子は、兄貴が帰ってくる度に甘やかしてくれるお陰で、すごく甘ったれになりました。
さて、その甘ったれは、土曜日の授業参観に誰も来てくれないと、グズっています。どうしたらいいでしょうか。
ところで、もうすぐ親父の命日だね。
昔はこの時期が来ると悲しい思いが蘇って辛かったけれど、最近は楽しかったことも思い出すようになりました。
親父の記憶がある分だけ、幸せかもしれないね。
別に、勝がどうという訳ではありません。あいつには、優しくて面倒見のいい兄貴が二人もいるしね。
じゃあね。』
END
2012.06.14
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