~ 月に花火 ~5
「日向!こっち!早く来いって!」
慣れたように石段を駆け上がっていく健を、小次郎が追いかける。暗くて足元がよく見えないから、転びそうでそう速くは走れない。だが幼い頃から明和に住んでいる健にとっては、知り尽くした神社なのだろう。どんどんと進んでしまう。
やがて奥に本殿のある高台の上について、更に健が「こっちこっち。ここから見るのがいいんだ」と小次郎を案内する。
全ての出し物も盆踊りも終わり、露店も片づけに入り始めている今、残るは最後の打ち上げ花火だけだった。
健が「よく見える場所がある」と連れてきたのが、この石段を上りきった高台の端だった。下から見たら木が邪魔になりそうだと思ったけれど、上手いこと視界を遮らない場所がある。
健は落下防止に設置された手すりを叩いて、「あんまり身を乗り出すと下に落ちるから、それだけ気をつけろよ」と言った。
小次郎は夕方から過ごしてきた時間を振り返り、「ああ、これでとうとう終わっちゃうんだな」と思った。とても楽しい時間だった。明和に来てから・・・というより、父親が亡くなってからはこんなに思い切り友達と遊んだのは初めてかもしれない。
この町に来たばかりの頃はどうなるかと思っていたけれど、健と知り合えて、今はこんなに楽しく過ごせている。サッカーだって健はクラブに正式に入ってくれた訳ではないけれど、時間があれば練習に参加してくれる。
たまに、どうしてこんなに親切にしてくれるんだろうと思うほど 揶揄ってくることも多いし、性格もまるっきり良いとは言えないから、親切という言葉が合っているのか小次郎には分からないけれど 健は小次郎によくしてくれた。
(来たくて来た町じゃないけど・・・こいつに会えてよかった)
父親が亡くなって、前の家を明け渡さざるを得なかったから引っ越して来た町だった。小学校も転校するしかなかった。
すぐにこの町や学校に馴染めなかったのも、そういう理由があったかもしれない。それでも健と友人になってからは、こうして少しずつ町のことも、人のことも分かりつつある。今なら、この町に来て良かったと小次郎も思える。
「日向。そろそろ上がるぞ」
健が言うや否や、ヒュウ、と音がして花火が打ちあがった。パアン、という大きな音とともに夜の空に巨大な華が咲き開く。
「うわ・・・。すげえ・・・!」
思わず声が出ていた。ほぼ真上を見上げてるんじゃないかというほどの近さ。火の粉が降ってきそうで怖いくらいだ。こんなに間近で見ると迫力が違うんだと、そんなことも小次郎は健と出会わなければ、きっと知らなかった。
「すごいな、綺麗だな!若島津!」
健も自分と同じように花火に惹きこまれているんだろうと思って横を向くと、思いがけず目が合った。その表情は柔らかく笑っている。
「~~~」
健が何かを言ったが、花火の音が丁度被さって聞こえなかった。「何!?聞こえない!」と小次郎も大きな声で聞き返す。
今度は健は小次郎の耳元に口を寄せた。
「来年も、ここで花火を見るぞ!」
もう来年の話か、と思って小次郎は笑う。小次郎も同じように健の耳に唇を寄せて「おう!」と答えた。
「俺の空手も見に来いよ!」
「おう!」
「今度こそ、暁よりも恰好良い、って言わせてみせるから!」
小次郎はそこで「あれ?」と首を傾げた。
あきら、と健は呼んだ。普段は『兄貴』と呼んでいる若島津家の長男のことで間違いないだろう。
家では『暁』と呼び捨てにしているのか。それとも喧嘩でもしたのか。小次郎はどうしたんだろう、と思った。
それに『暁より恰好いい』?
今更何を言ってるんだ、こいつ・・・と再び首をひねる。櫓の下に集まった人々から自分がどう見えていたかなんてこと、すっかり分かっていると思っていたのに。
そう考えて、そこで小次郎は自分が『癪だから』という理由で、結局何も伝えていなかったことに気が付いた。
小次郎はもう一度健の耳に顔を寄せた。何事かを囁きかけると、それを聞いた健が弾かれたように小次郎を振り向き、目を丸くする。
それから二言三言やり取りを交わし、間違いなく今年の夏祭りの主役の一人だった少年は、夜空を飾る花火にも負けないくらいに華やかな笑みを零した。
花火の最後の一発が打ちあがり、祭りが終いになった。
大人たちは取りあえずの撤収作業があるが、ある程度を片したら後は明日だ。健は若堂流の面々が集まっている場所に行き、小次郎を自分と一緒に送ってくれる人物を見繕った。
「送ってくれて、ありがとう。ごめんな。帰り、気を付けて」
「こっちは空手の有段者が2人だぜ。何があるっつーんだよ」
前と同じようにアパートの入口まで送って貰った小次郎は、さらりとそんな風に健に返されて、確かにその通りだと思った。自分は今はサッカーとバイトだけで他に何かをする余裕が無いが、金銭的にも時間的にも余裕があるのなら、自分の身を守る術をつけるのはいいことだろうと思う。寧ろ直子にやらせたいくらいだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ。またな」
一緒に送ってくれた道場の関係者にもお礼を述べて、小次郎の長くて楽しかった一日は終えた。
back top next