~ 僕の嫁 ~ 2
僕たちは炬燵に入って、テレビを見ながら二人で鍋をつついた。二人にしては多いと思われた量だったが、残すのもお互いに嫌だったので何とか完食する。腹がくちくなって動けなくなった僕らは、そのまま炬燵で寝転んだ。
日が暮れてから外の気温もだいぶ低くなってきたようだった。アパートは築17年と古いので、どこかから隙間風も入り、家の中だというのに寒い。僕と小次郎は、炬燵の同じ面に入って並んで寝ていた。狭いけれど、これなら足を伸ばせる。
スペースが無いから、自然と身体が密着する。僕はテレビなんかそっちのけで、僕の腕枕に頭を乗せる、可愛い嫁の顔をじっと見ていた。
「なんでそんなにガン見してんだよ」
「顔を見ていたいから。僕の嫁さんは相変わらず綺麗で可愛いな、って思って」
「・・・可愛いってのは俺は違うだろ。お前ならともかく」
「ううん。可愛いよ。小次郎はすごく可愛い」
ツンと尖った唇も、生意気そうで勝気な瞳も、小次郎は全て可愛らしい。身長は確かに僕より高いし、僕よりしっかりした体つきをしているし、美人で男前で、決して女の子めいた顔をしている訳じゃないけど。
それでも小次郎は、僕にとって可愛くて蠱惑的な嫁なのだ。
僕は小次郎の鼻の頭にちゅっと音を立ててキスをした。それから頬にも額にも、唇にも。ちゅっちゅっと音を立ててみれば、嫁の顔が赤らんでますます可愛らしくなる。
「・・・ねえ、小次郎」
「・・・・」
「・・・しよう?」
もう既に桜色をした耳朶に唇を寄せて囁いてみれば、僕の嫁は恥ずかしそうにモジモジと身じろいでから、コクリと小さく頷いた。
僕の自室だけは、小次郎が片付けるまでもなく綺麗にしていた。ここだけは僕自身が掃除機もちゃんとかけているし、布団のシーツなどリネン類もこまめに洗濯している。この部屋は僕のテリトリーだから、自分で整えるのが当然だ。
他の部屋は違う。だから僕がそれらを綺麗に保つために労働するのは、父さんがいるときだけだ。
当初は父さんも、長いこと家を空けて帰ってきた後の家の惨状に驚いていたようだった。出迎えた僕に、「すまなかったな、太郎」と言いながら、掃除機の使い方や洗濯機の回し方を教えてくれた。僕が使い方を知らないために、この現状になったのだ・・・と思い込みたいようだった。
そんなことある筈がないのに。
それでも父さんは変わらず家を留守にした。そして何度かそういったことを繰り返すと、家の片付けについては何も言わなくなった。ただ帰宅したときに、「すまなかったな、太郎」と謝るのは変わらなかった。
何に対して父さんは謝っているのだろう?
僕を一人にしていることか。食事の面倒や家事のことか。本当に愛しているのは、息子ではなく芸術だということか。
本気で分からなかった。でも、聞くこともできなかった。
僕は小次郎の手を引いて自分の部屋に入る。この部屋にベッドは無い。引越しの多いこの家にベッドは不要だからだ。押入れから布団を出して敷く。
僕が布団を整えている間、小次郎は居心地悪そうに立っている。そんな姿もまた僕の中の雄を煽った。
「小次郎、こっち、きて」
僕の大事な嫁。
誰よりも優しくて、他人の痛みに敏感で、時に自分の痛みにまでしてしまう人。
ねえ、君なら 。
小次郎。君なら、僕がいつだって何かに怒っていること、気がついてしまっているんでしょう ?
ゆっくりと近づいてきた小次郎の手を取って、布団の上に僕と向かい合うように座らせる。「・・・あの、さ。おれ、跡とかつけられると、困るから」と小さく呟くと、彼は下を向いた。その様がまた可愛らしくて、僕は「さあ、ね」と素っ気無く答えて、陽に焼けた滑らかな首筋にそっと噛み付いた。
僕の嫁は身体までもが素晴らしい。柔らかくて、熱くて、快楽に正直だ。
「・・・んっ。ぅあ・・・っ」
彼の反応を見ながら、イイと思われるところを探っていく。こんなこと初めてじゃないけど、しょっちゅうしている訳でもないから、まだ手探りの状態だ。小次郎のいいところを見つけてあげたいし、僕も気持ちよくして欲しい。脇の下や背中の窪み。腿の内側や耳の後ろ。そういったところを擽るように撫でると、小次郎が鼻にかかった声を上げる。
彼が感じやすい体質であることは分かっているので、どこまで追い上げていこうかと考えるのもまた楽しい。
嫁とはいっても本来はプライドの高いオスなのだから、その本能からすれば、こうして男にマウントポジションを取られることは屈辱的でもあるだろう。だけど可愛い声を上げるところを重ねて愛してあげれば、小次郎は身も心もぐずぐずに蕩けてしまう。跡を残さないで、といったくせに、ちょっと力を入れて強く噛むと、一段と高い嬌声を上げた。
「・・あ。ああっ・・・!や、みさき。みさきっ!」
「なあに?小次郎」
「も、焦らすの、やだ・・っ。・・んん!」
「だーめ。久しぶりだもん。急がないで、ね?楽しもうよ」
「やぁ、だあ・・・」
「可愛い。小次郎・・」
決定的な刺激を欲しがって泣きながら強請る姿は、本当に可愛らしい。そうだ、小次郎は初めて会った時から可愛い男の子だった。
初めて小次郎を見かけたのは、小学3年生の時。自治会の所有するグラウンドでだった。
地元のサッカークラブが練習しているのを、僕は金網越しに外から見るともなしに眺めていた。僕と父親はその2日前に引っ越してきたばかりで、父さんは引越しの荷解きも全て終わらないうちに、絵を描くために出ていって家に戻ってこなかった。母親は僕が赤ん坊の頃に消えていた。好きで結婚したくせに、配偶者の不安定な収入と芸術家ならでは躁鬱に耐え切れず、結局は何もかもを捨てた、弱くてずるい女だった。
ご飯を作ってくれる人もなく、置いていってくれたお金でパンや飲み物を買って食べていた。服は着替えてはいたが、いつまで着替えのストックがもつのか分からなかった。だがまだその頃には長くても2日、早ければ翌日には父親が戻ってきてくれていたので、その時も今日か明日には帰って来るだろうと楽観的に考えて、近所の散策をしていたのだ。
そんなときに小次郎を見つけた。
グラウンドのサッカーコートの上で、彼は身体を自由に動かし、躍動し、駆けていた。そしてそれが心底楽しいことであると、体いっぱいで表現していた。その姿はまるで立って跳ねることを覚えたばかりの小鹿のようだった。
とはいえ、最初は彼なのか、彼女なのかも分からなかった。そのチームは男女混成だったから、数は少ないながら女の子もいるようだった。僕の目を引き付けたその子は、ショートにした黒い髪を風になびかせて、アーモンド型のパッチリした目と通った鼻筋が印象的だった。男の子らしいとは思ったけれど、美少女と言われればそうも見えた。
女の子じゃなかったら、いいのに。
僕はそんな風に思っていたはずだ。その頃から僕は女性が苦手だった。身勝手なずるい、女のせいで。
小次郎が紛れもなく男の子だということは、すぐに判明した。僕が小次郎と同じ小学校に編入したからだ。
そして彼に弟と妹がいて、6人家族なのだということも知った。僕は小次郎を気に入った。僕とは違う、賑やかで幸福な家庭で愛されて育つ少年。彼がいるのは光あふれる場所。そんなものは僕には縁がない。あの暗いアパートの部屋で膝を抱えて父親を待っていたって、永遠に手に入らない。
だから。
だから、君が僕のものになって。
その頃から、僕は小次郎が欲しかった。
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