※生温いけど、一応R-18です。
甘々な岬小次なので、苦手な方はリターンをお願いします。


 ~ 僕の嫁 ~





僕の嫁はとても働き者だ。

今だって物凄い集中力で一心不乱に掃除機をかけている。サイクロンでなく紙パック使用の古い型の掃除機で、ガーガーと騒音を立てながら部屋の隅々まで綺麗にしている。それより前には溜まったペットボトルをつぶしてゴミ袋にまとめていたし、雑誌を積み上げては紐で括ったりしていた。僕の嫁はこのアパートに着いてから、一度も座ることなく動き続けている。

買い物はこのアパートに来る前に済ませてきたようだった。ピンポン、と呼び鈴を鳴らして部屋に入ってきたときには、両手に重そうなスーパーの袋をぶら下げていた。

「どうせお前、一人じゃロクなもの食ってないだろうから」と、少し怒っているような、照れているような表情にほんのりと頬を赤く染めて、彼はポソリと呟いた。

僕は彼の腕からスーパーの袋を受け取って、廊下の隅に邪魔にならないように一旦置く。そうしてから外の風で冷えた彼の身体を、ゆっくりと抱きしめる。

「嬉しいよ、小次郎。来てくれてありがとう」
「みさき」

まだ部屋に上がらずに玄関に立ったままの彼は、廊下との段差のお陰で僕より頭の位置が低くなる。その彼の頭をギュっと抱えるようにして耳元で囁くと、腕の中の身体がふるりと震えて、甘えるように僕の名を呼んだ。

本当に          、君は何て可愛い嫁なんだろう。

抱きしめた身体を更に引き寄せ、僕はうっとりと呟いて甘い吐息をついた。



          それが先程の話だ。





発端は今朝の嫁からの電話だった。彼は「よお。元気か」という素っ気なく、かつ短い挨拶のあと、いつものように僕が何をしているのかを尋ねてきた。

『今?えーと、さっき起きたところ。朝ごはん?無いよ。僕、一人の時は朝は基本食べないし』

そう答えると、回線の向こう側でハア、と小さなため息を一つこぼす。

『父さん?しばらく帰ってきてないね。・・・うん。どこか描きに行っているんでしょ。連絡なんかないよ。いつものことだもの』

今度は少し大きくて、長いため息。

僕の嫁はこんな風に時々電話をかけてくる。そうして僕が一人だと分かると、「ちゃんと食べているか」「家は散らかっていないか」「学校は行っているか」と確認してくるのだ。

『ふふ。心配なら見に来てよ、小次郎』

僕は他人に干渉されるのが嫌いだ。世の中には鈍感で厚かましく、人の生活にズカズカと土足で踏み込んでくるような人間も多々いる。そんな人たちを僕は自分のエリアに足一歩分だって招き入れたりしない。もしそんな輩に目をつけられ、付きまとわれることになったら・・・と思うと、背筋に寒気すら覚える。
だけど小次郎が心配してくれるのは、純粋に嬉しい。小次郎だけは特別だ。だって彼は僕の嫁なのだから、僕のことを気にかけて心配するのは当然だ。

『・・・行くよ。晩飯作ってやるから、大人しく家で待ってろ』

来て、なんて甘えてみれば、あっさりと『行く』と返事をしてくれた。僕は嬉しくなって『うん、待ってるね』とはずんだ声を出して、電話を切った。

それから約束どおり、僕の嫁は東海道新幹線と在来線を乗り継いで、日が落ちる前には南葛市にある僕のアパートまでやってきてくれたのだった。会うのは、選手権の決勝戦以来だった。




「お前って、相変わらずだよな」
「何が?」
「一人だと飯も食わないし、部屋は散らかり放題だし、生きてるんだか心配になるよ」
「そう言って、昔もよく家に来ては掃除してくれたよね」

小次郎は一通り部屋を片付けて、今は夕飯の鍋の用意をしてくれている。この冬はまだ一度も使ったことのない土鍋を引っ張り出してきて、具材を切っておく。「僕は椎茸は食べられないよ」と言うと、「知ってるから買ってきてねーよ」と返ってきた。

小学生の時も、小次郎は度々家にやってきてくれた。その時に住んでいたのは明和の隣町にある、これもまた古ぼけた安アパートだった。初めて部屋に上げた時には、小次郎は暫く黙り込んでから、『岬は、片付けが苦手だったんだな』と呆れたように言って、僕を振り向いたっけ。
だけど僕が家の中では一人で過ごしている時間が長いことを知ると、小次郎だって当時小学生だったにも関わらず、掃除をして洗濯をしてくれるようになった。あまつさえ、冷蔵庫にあるもので簡単なご飯を作ってくれることもあった。

台所に立つ他人の姿は、その頃の僕にとってはすごく新鮮だった。蛇口から流れ落ちる水の音や、調理器具がこすれ合うカチャカチャといった音も、彼が鳴らしているのだと思えば不思議とうるさく感じなかった。
小次郎も僕もそんな状況に慣れた頃、『小次郎はもう、僕のお嫁さんに来てくれたようなものだね』とふざけて言葉にしたら、彼は複雑そうな表情をしたものの、特段嫌がりもせず、否定もしなかった。



だから僕は、それ以降彼のことを 『僕の嫁』 と呼んでいる。








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