~ 強面天使と悪魔な俺 ~健誕生日編 2





翌日になって、小次郎は健の部屋を訪れた。この日は新聞配達もおでん屋のアルバイトも入れていなかった。それが健と小次郎の間での以前からの約束だったからだ。それぞれの親に「夕飯だから家に帰りなさい」と言われるまで、二人きりで健の部屋で過ごすということ。それが健の望みだった。


年末の大掃除を手伝ってから来たので昼を少し過ぎてしまったが、小次郎は若島津邸の敷地に入ると直接健の部屋のある離れへと向かった。

「健。ごめんね。遅くなったね」
「小次郎ちゃん、いらっしゃい」

健は受験勉強の手を止めて、小次郎を迎え入れた。年が明けて2月になれば、健は東邦学園を受験する。小次郎がスカウトされて東邦学園に進学を決めてから、健も受験を決めた。その時から塾にも通い出した。

「今日は健は塾、ないの?」
「今日は夜だけ。明日は昼からあるよ」
「そっか・・・。大変だね。・・・あ、そうだ。健、これ」

小次郎は家から着てきた上着のポケットをごそごそと探り、小さな袋を取りだした。大事そうに両方の手で持って、健に差し出す。

「健。これあげる。もう持ってるかもしれないけれど」
「何?プレゼント?」

健が渡された袋を開けると、中にあるのは小さなお守りだった。お守り袋の表には『学業成就』と刺繍が施され、裏には若島津家が氏子となっている神社の名前がある。

「小次郎ちゃん、ありがとう。俺、絶対に東邦に行くから。安心して待ってていいからね」

お守り袋を大事そうにそっと両手で包んで、健がにっこりと笑う。小次郎が「もう持ってた?」と聞くと、「誰がくれたものより、小次郎ちゃんのが一番ご利益ありそう。嬉しいよ」と言ってくれたので、小次郎はホっとした。

「小次郎ちゃん、そっちの袋は?」
「こっちはケーキ。・・・はい、健。お誕生日おめでとう」
「ありがとう」

小次郎は健の部屋まで大事に持ってきた紙袋を、揺らさないように注意してこれも差し出した。

「じゃあ後で、お腹がすいた頃に二人で食べよう。一旦冷蔵庫にしまってくるね」
「うん」

健がケーキの箱を持って部屋を出ていくと、小次郎は手持ち無沙汰になった。しばらくじっと座って健が戻ってくるのを待っていたが、そのうち立ち上がって健の机に寄っていく。
机の上には、さっきまで開かれていた問題集が置いてあった。その中身をパラパラと流し見た小次郎は、問題の難しさに感心すると同時に少し不安にもなる。

(うわあ・・・。こんな問題が解けないといけないんだ。俺、東邦学園に行ってから、ちゃんと授業についていけるのかな・・・)

サッカーでスカウトされたのだし、それに関しては結果を出す自信がある。だが学業の面では、こんな問題をスラスラと解けるような子たちについていけるのだろうかと心配になった。

(健は・・・絶対に東邦に入れるし、入ってからも大丈夫だよな。だって、健は頭もいいもの)

東邦に二人で進んで、自分はサッカーを、そして健は空手をするのだ。きっと健は東邦に入っても、一番強くてかっこいい男の子であるだろう。

部屋の壁には健の空手衣がかかっている。小次郎は近くに寄って、そのごわごわした生地に触れた。
小次郎は道着を纏っている健が一番好きだ。健ならどんな服だって着こなせることは知っているけれど、それでもこの白い空手衣を身に着けた健が、どんな時よりも格好いい。しなやかで強くて、綺麗だと思う。

(そういえば・・・俺も昔、体験で通わせて貰った時に着たんだよな。これ)

怖がりで泣き虫の小次郎を心配した母親が、勝手に話を進めて嫌がる小次郎を入れたのだった。まだ父親が生きていた頃の話だ。

(父ちゃんは、どんな風に言ったっけ。俺が空手はやりたくないって言った時・・・・。確か・・)

痛いのも怖いのも嫌だと言う小次郎に、父親は『小次郎は別の方法で強くなればいいんだよ。何も格闘技じゃなくてもいい。だけど男の子なんだから、いつかは大事な人を守れるような強さを身につけなければいけないよ』と言った。
今の小次郎なら、あの時の父親の言葉の意味が分かる。

「・・・ちゃんと教えて貰っておけば良かったな。空手・・・」

せっかく隣の家に道場があるのだから、今にして思えば通っておけば良かった。何よりも健という最高のお手本だって傍にいたのだから。

小次郎は吊るしていた健の道着をおろして、手に取った。しっかりとした厚みのある生地で、サッカーのユニフォームに比べると格段に重い。こんなだったかな・・・と少し考えてから、袖を通してみる。

「どれだけ頑張ったら、健みたいに強くなれるのかなあ」

習っておけば良かったとは思うが、春からサッカー部の特待生として東邦学園に進む小次郎にとって、これから道場に入って空手を始めるというのは現実的でない。だがもし健と二人で東邦に入れたならば、そのあとで健に個人的に教えて貰えないかな・・・などと考えた。

そのとき、ガラリと部屋の扉が開いて健が入ってきた。小次郎は健の方を向いて、「健。どうかな。俺、強そうに見えるかな」と聞いた。

「・・・・・」

健は小次郎を間違いなく視界に入れているのに、何も言わずに突っ立っている。その様子に、もしかしたら自分はまたしても健の気に入らないことをしてしまったのではないかと、小次郎は心配になった。

「健?ごめんね。健の大事な道着を勝手に着たの、怒ってる?」
「・・・ちがうよ。小次郎ちゃんがあんまり似合ってたから、つい見ちゃっただけ」
「本当?似合ってる?」

へへ・・・と笑って、小次郎がクルリと回る。前は肌蹴たままだったので、健が帯を結んでやった。「こう結ぶと、ほどけないんだよ」と言って。

「すごく似合ってるけど・・・やっぱり小次郎ちゃんにはサッカーのユニフォームの方が似合うかな」
「そうかな」
「小次郎ちゃんは空手なんかやらなくていいからね。俺が守ってあげるんだから」
「俺、中学に入ってから健に教えて貰えたら・・・って思ってたんだけど、駄目?」
「小次郎ちゃんは優し過ぎるから、向いてないんだよ。・・・でも、そうだね。身を守るためにやっておくのもいいかもね。あそこにはどんな狼がいるか分からないからね」
「?? 健。今の日本に狼はいないよ?」

小次郎は怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた。
健はこの上もなく優しく微笑んで、「小次郎ちゃん。写真、撮っていい?」と聞いた。









       back              top              next