~ レベル8の関係性 ~2
「裏から入って、誰にも知られないようにして俺の部屋に上がるから」
インターハイ後に与えられた短い夏休み。
明和に戻ってそれぞれの家に別れる時、若島津から告げられたのはその一言だった。
戻ったその日の夜、日向の家には『若島津の家で宿題を片づけて、そのまま泊まってくる』と言って出てくることになっていた。そして若島津の家へ向かう途中で待ち合わせる。
日向は「別にお前の家くらい、一人で行ける」と主張したのだが、それは若島津が却下した。日向の家の周りは割と家が密集しているが、若島津邸の近所は敷地の広い家が多く、塀や生垣が続いて人気がない。
若島津は昔から、暗くなるとその近辺を日向一人で歩かせるのを嫌がっていた。
日向の家には断る一方で、若島津は自分の家人には日向が来ることを内緒にすると言った。「だって、うちの家族って日向さんのこと好きだから。ヤッてる途中で来られても困るでしょ」とのことだった。
それはその通りだから、日向としても否やは無かった。
そして今、日向は家で夕食を取って風呂に入り、一応は宿題セットを持って若島津との待ち合わせ場所に向かっている。
待ち合わせの場所は、日向達が東邦に行ってから出来た比較的新しいコンビニの前だった。
日向が到着した時、若島津は既に店の前に立っていた。手にはペットボトルや菓子が入っているらしいコンビニの袋を下げていた。
「・・・何買ったんだよ」
「コーラとスポーツドリンクとお茶と、おにぎりと適当に菓子」
「おにぎり?」
「運動するから、あんたお腹すくかもしれないじゃん」
ふーん、と日向は少し不機嫌さを滲ませて曖昧な返事をした。なにしろ初めてのことなのだから、どれだけ疲れるのかも腹が減るのかも分からない。
だが若島津が知ったような口ぶりをするのは、気分のいいものではなかった。
「行こう。俺の家に入る時は、静かにね」
「・・・おう」
若島津は歩きだすと、ごく自然な動作で日向の手を取り、握った。日向は驚いて、つい大きな声を出してしまう。
「な・・っ、なんだよっ!」
「何が」
「手っ!なんで手なんか繋ぐんだよっ」
慌てたような日向に対して、若島津はどこまでも冷静だ。
「何でって。俺たち、恋人同士でしょうが。手くらい繋いで何が悪いの」
「こっ、こい、びと!?」
「・・・これからセックスしようってのに、恋人じゃなけりゃ、何なんです」
「せっ・・!」
若島津が『何か異論があるなら言ってみろ』とばかりにじとっとした目つきで視線を投げかけてくるが、日向は顔を朱くして「だ、だって・・!」と口ごもるだけだ。繋いだ手にも汗をかく。
それでも『恋人同士』というのは、日向にはすんなりと受け入れることは難しかった。想い合っていることは分かっている。それでも自分たちの関係を恋人同士と称するのは、どうしたって違和感がある。
(だって・・・!恋人同士ってのは・・・こういうことだけじゃなくて、デ、デートとかするもんじゃないのか!?)
日向は自分の疑問がおかしいとは思わない。むしろ「セックスするから恋人だろう」という方が、あまりにも乱暴だし唐突だと思えた。
ただ普段の自分たちの生活を顧みれば、普通に付き合っている高校生の男女のようにはいかないことも理解はしていた。寮で生活しているうえ、毎日が部の練習か試合か遠征で、外出など気ままにすることは到底出来ない。
(・・・まあ、いいのか。どうせ男同士なんだし。デートも何も無いよな)
あまり細かいことに拘るのも男らしくないと思い、日向はそのことを深く追求することは止めた。繋がった手も若島津の好きなようにさせる。
考えてみれば、そもそも『若島津が他人に触れられるように』ということから始まった関係性なのだ。身体中を舐められ、キスをし、今夜はとうとう最後まで行き着こうというのだから、確かに今更手を繋ぐくらい、どうってことない。
(手を繋ぐってのは・・・レベル1ってとこなのかな。こいつの基準だと)
そう考えるとおかしくなった。
日向はクスリと笑い、それを見た若島津は怪訝な顔をした。
「コーラ、飲む?」
「飲む」
「なんか食べる?」
「いや、食いもんは要らない」
裏庭から若島津家の敷地に入り、計画どおりに誰に知られることもなく日向は若島津の自室へ上がりこんだ。
手渡されたプラスチックのコップにコーラを注いで貰い、一口含む。それほど喉が渇いている訳じゃ無かった。ただ何もなければ、間が持ちそうに無かった。
「・・・・・」
「・・・・・」
これからの行為を前に二人で話すこともなく、沈黙が下りる。若島津の部屋にはテレビが無いので、頼りにできるような雑音も無かった。
手持無沙汰でベッドを背もたれにして床に座れば、若島津も傍に座りこんだ。視線が絡み合う。
「・・始めよっか」
「・・・ん」
若島津は日向の手を引いて、ベッドに上がらせた。自分もその向いに座り、日向の頬を両手で包むと、そっと形のいい唇に口づけた。
「・・・若島津」
「好きだよ。日向さん、今日は途中で止めたりしないよ?いいよね」
「・・・うん。いい」
日向の返事を聞くと、若島津は実に嬉しそうに笑った。その笑顔は日向が一瞬見惚れてしまうほどに綺麗なもので、日向の胸も緊張と少しの期待で高鳴る。
そうだ、と日向は思う。決して自分は若島津とこういうことをするのが嫌な訳じゃ無い。恥かしくはあるけれど、気持ちいいものは気持ちいい。だから挿れる以外のことは許してきたのだ。
だが今日は最後まで セックスをするのだと、若島津は言った。おそらく痛くて苦しいだろう。そしてやっぱり恥かしい。自分がどんな風になってしまうのか分からない。どんなみっともない姿を晒してしまうのか。
(・・・だけど。それでもいいって言うんだから・・・)
だから、大丈夫なんだよな・・・日向はそんなことを自分に言い聞かせ、若島津の肩に自分の頭をこつん、ともたせかけた。
それが合図のように、若島津は日向の肢体に手を這わせながら、怖がらせないようにとゆっくりと押し倒した。
「・・・ン」
若島津の舌がぬるりと侵入して口の中で我が物顔に蠢くのを、日向は従順に応えることで受け止めた。
口付けはいつもよりも執拗だった。日向が唇を離すと、すかさず捕えられてまた塞がれた。頭の芯がぼうっとしてきたころ、ようやく解放された。
「・・・はあ・・っ」
すっかり息の上がった日向を見降ろし、若島津は自分のシャツを脱いだ。上半身だけ裸になると、今度は日向の服を脱がせ始める。
「手を上げて」
「・・・・」
スポン!とTシャツを日向の首から抜くと、今度はデニム地のハーフパンツを取り去った。下着一枚にされたことが恥かしくて、日向は身を捩る。
「怖い?」
「・・・怖くは、ない」
「俺も初めてだから、痛くしないとは約束できない」
「初めてじゃなけりゃ、許さねえよ」
「だよね」
他人と触れ合えないという理由で色々なことを日向に強いてきたのに、それが童貞じゃないなんて言ったら日向だって許せない。
当然のことにむくれて見せると、若島津が笑う。その笑顔につられて日向もつい笑ってしまい、緊張も少しだけほぐれた。
「いいぜ。来いよ」
そう言って若島津の首に腕を回す。
「日向さん」
「ただし、ゆっくりな」
若島津は誘われるままに、日向に覆い被さった。
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