~ レベル8の関係性 ~3




「・・・い、やあ・・」

日向は身体を仰け反らせて首を振る。白いシーツに髪が擦れ、乱れる。だがそんなことは気にしていられなかった。

胸の飾りを若島津が口に含んでいる。舌で転がすようにしたり、吸ってみたり軽く引っ張ってみたりと忙しない。日向には何のためにあるのかさえも分からないような小さな粒を、先ほどから若島津は熱心に舐っていた。

「も、それ・・・やだ、やだって、言ってるだろ・・・!」
「どうして嫌?気持ちよくない?」
「よく、ない・・!早く、やめろよ・・!」

胸は弄られ過ぎて、既にじんじんと鈍い痛みを訴えている。実のところは痛いだけでなく、そのツキリとした刺激の向こうに焦れたったいようなむず痒さも感じるのだが、それはまだ快感というにはほど遠かった。
だからそんなところはいいから、早く進めて欲しいと思う。じゃないと最後までもたないかもしれない。精神的に。

「この先はよっぽど大変だと思うけど・・・大丈夫?」
「いいからっ!もういいからっ!早く先にいけよっ」

日向が半ば投げやりに言い放つと、それならばと若島津は身を起こして脇に用意してあったボトルを手に取る。

「・・・?」

日向の見ている前で若島津はその液体を手のひらに垂らし、自分の体温で温めてから日向の下肢に近づけてきた。その意味するところを察して、日向が短い悲鳴を上げる。

「・・な!何、すんだよっ!」
「・・・もう、なになにってうるさいなあ。このまま何もしないであんたの中に入れる訳ないでしょう?これは滑りをよくするのに使うだけ。ローションだよ」
「ローションって・・・お前、いつの間にそんなもの」
「用意する時間くらいはあったよ。っていうより、買ってから随分待たされたんだけどね」
「・・・・・」

それを言われると、日向も弱い。

日向がぐうの音も出ないのを見てとり、若島津は改めて日向をシーツの上に縫いとめ、その足を広げた。「蹴らないでね」と一応は言っておいて、ローションにまみれた指を日向の中に侵入させる。

「・・・!」

それはこれまで経験したこともないような衝撃だった。臓器の中に異物が入りこんでくる。しかも通常とは逆の方向から入ってくるのだから、『そうじゃない』感が凄まじい。

(・・・これに慣れることなんか、あんのかよ・・・!)

「・・・狭いね。ゆっくり入れるから、もう少し力を抜いて」
「そ、そんなこと、言ったって・・・」
「まだ指一本なんだよ?」

大丈夫?と聞かれても、大丈夫なのかどうかを聞きたいのは日向のほうこそだ。指1本でこの痛みと違和感なのに、アレなんて入るんだろうか・・・。

「・・・う、んっ」

少しでも動かされると辛い。なのに若島津はローションの滑りを借りて指を前後させ始めた。

「や、ちょっと、待っ・・ンンー!」

ゆっくりした律動ではあったけれど、日向が何とか耐えているのを見て若島津が指を増やした。途端に負荷が増す。

「い、いた・・、う、馬鹿、やろぉ」
「ごめん。もうちょっと・・・頑張って」
「頑張れって、何だよお・・・!」

これは頑張ってヤらなくちゃいけないことなのか。どうして気持ちいいところで終わっちゃいけないのか。子供を産む女性とは違うのに、何なら男同士で突っ込む必要性はどこにあるのか。

日向はそう主張したかったが、口を開いても情けない悲鳴しか出てこない。

「・・・は、・・あ、ああッ!!?」

若島津の指が中でクイ、と曲げられ、ある一点を刺激すると日向の身体がビクリと跳ねた。痛みでは無く、電流のように背筋を走り抜けた快感によるものだった。

「や、な、なに・・!?何、いまの」
「気持ちよかった?ちゃんと気持ちいい?・・・ここ?」
「ああ!!や、やだ・・・ッ、やあ・・・」

ビクビクと大きく震える体を若島津が宥めるように撫でる。そうしておきながらも、さきほど日向が強く反応した場所ばかりを幾度も幾度も突いた。
それを繰り返しているうちに、固く力の入っていた日向の身体が柔らかく蕩け始める。頃合いを見計らって、若島津は中に潜り込ませる指をもう一本増やした。

「ああ、ン、ふ・・ふぅんっ」

日向が腕で顔を隠しながら、ひっきりなしに声を上げる。ちゃんと悦楽を拾えていることに若島津は安堵した。痛い思いも苦しい思いもさせたい訳じゃ無い。どうしたって繋がりたいものは繋がりたいが、どうせなら日向にも気持ちよくなって欲しかった。

(もう・・・そろそろいいかな)

指を抜いて、足を広げた日向の前に膝立ちになる。自分を見上げてくる日向の潤んだ瞳が不安げに揺れて、若島津の劣情をひどく刺激した。痛みにも似た強い欲望を腰に感じて、急いで下半身を覆っていた服も下着も取り払った。

「日向さん。挿れるよ?」

自身を日向の尻の奥、秘められた場所に押し当てると、若島津は返事を待たずに中に入ろうとする。だがその口は狭くて、日向が力を入れているのもあって簡単には潜り込めそうになかった。

「ああ・・っ!いたい・・・!」
「・・・き、つ・・!」
「あ、待て、待てよ・・っ、・・イッ」

一旦若島津は奥に押し進めることを諦めて止まる。その体勢のままで日向の頬や身体を撫でて落ち着かせることに専念する。

「・・・痛い?」
「いてえよ・・・」
「我慢できない?」
「・・・我慢、は出来る。だけど、ゆっくり」
「うん。がっついてごめん」

若島津は日向に口づけた。最初はついばむように、そっと優しく。ついで日向を気持ちよくさせるために、口の中の粘膜を探る。それから下肢へと手を伸ばし、先ほどよりは萎えてしまった日向のそれを手に握った。

「・・・ンッ!」

日向にキスを与えながら、指先や手のひらで日向の歓ぶところを可愛がっていく。その反応を見ながら、慎重に若島津は日向の中に入っていった。

「・・・は、あ・・!」
「ん・・、あ、すごい、日向さん、入った・・」

どうにか全てを収めて、若島津は止まった。目を閉じて耐えていた日向は、顔にポタリと水滴が落ちてきて、目を開けた。
目の前には自分に覆い被さって、額に頬にと汗を浮かべた若島津がいる。日向は自分の顔の水滴を拭った。若島津の汗が垂れてきたようだった。

「あ、ごめん」
「いい。別に・・・汗くらい」

そんなことよりも、日向は恥かしかった。
綺麗な顔をしている男だとは知っていた。だがそれだけでなく、若島津は日向よりも広い肩と太い腕を持つ、骨太で逞しい男だった。どこからどう見ても、日向と同じ性をもつ男でしかなかった。
そう意識すると、その男に自分は組み敷かれているのだという現実を改めて突きつけられる心地がした。

       それでも、こいつだから)

男に抱かれても構わない、という訳じゃ無い。若島津だから、だからいいと許したのだ。こんな足を広げて腹を晒した無防備な格好なんて、他の男の前で出来るとも思えない。

「日向さん・・・。こうしてるだけでも、俺、すごく気持ちいい・・・。日向さんは?まだ痛い?」

はあ・・・、と熱い吐息とともに感じ入ったように若島津が耳元で囁く。異物感は相当なものだが、日向も若島津のことが欲しかった。身体が欲しがっている訳じゃ無いが、気持ちがそう求めている。好きなようにして欲しい。どのみちここまで来たら、もう逃げ場は無い。後は若島津の気が済むのと、自分が音を上げるのとどちらが先かだ。

「いい・・・俺は大丈夫だから。好きに動けよ」

日向は若島津の頬に手を伸ばし、に、っと笑う。傍で若島津が息を呑む気配がした。


その後はただ、日向は若島津の作りだす波に呑まれ、揉まれて、翻弄されるだけだった。
それは例えるなら、嵐に巻き込まれた小舟のようなものだった。









「はあ・・・っ」
「・・・・・」

ドサリと若島津が日向の上に身を倒した。達した瞬間は、目の前がスパークした。信じられない程の愉悦だった。味わったことのないような快楽だった。
それほどに日向の中で得られた心地は特別なものだった。
単に気持ちがいいというのではなく、合わせた肌から感じる相手の体温に幸福を感じた。触れれば触れるほどに愛おしさは増した。
若島津にとっても、全てが初めてのことだった。

(日向さんだけ・・・。俺には、他の人という選択は無いから、あんただけなんだ)

若島津は身を起こすと、クタリとした日向の前髪を指でといて、労わった。

「大丈夫?日向さん」
「・・・だいじょうぶ」
「痛かった?」
「じんじんする」

じんじん。
若島津はクスリと笑う。どこまで可愛い人なのだろうと。

若島津が『あんたのことが好きだ』と告白した時にも、『俺だってお前のことが好きだ』と言ってくれた。なおかつ抱きたいのだと明かした際にも、何故自分が抱かれる方なのかとは訊かないでくれた。ただ若島津の気持ちを受け入れてくれた。

おそらく日向はどちらでもいいのだろうと、若島津は思っている。抱くのでも、抱かれる側でも。
ただ自分が日向のことを抱きたがっているから、そうさせてくれただけなのだろうと。
日向としてはどっちじゃなきゃ駄目だということも無いだろうし、そもそも絶対に肛門性交をしなくちゃいけないなんて考えも無いだろう。確かめた訳ではないが、そんな気がしている。

それでも、男が男に抱かれるのは、実際には抵抗がある筈だ。
それを含めての『大丈夫か』だったのだが、返ってきたのは『じんじんする』という言葉。これを可愛いと言わずに何と言おう。

「思ってたのとどうだった?」
「・・・やっぱ痛かったけど・・・多分、慣れればそっちは大丈夫だと思うし、もっと気持ちよくなると思う」
「本当?・・・良かった。それなら楽しめそうだね」

後始末をしながら若島津が日向の下腹部を撫でる。
日向はさっきまでの行為以上に恥かしいことはもう無いというのか、単に億劫なのか、全てを若島津に任せていた。

日向の身体を綺麗して下着も穿かせると、若島津も隣に横になった。本当はもう一度日向の中に挑みたかった気もするが、それは今日は無理だろうと抑えつけた。
その代わりに日向を腕の中に収めて抱きしめる。見た目よりも柔らかな髪に鼻先を埋めて口づけた。

「・・・んだよ」
「好きだよ。とうとう日向さんとセックスできたけど、俺、結局は他の人間には触れるようにならなかった」
「そうだな」

日向は抱え込まれたままで若島津の顔を見上げた。そういう若島津がどういう表情をしているか見たかったのだ。
昔、『他人に触られるのが気持ち悪い』『誰かに近くに寄られるのが耐えられない』と日向に明かした時には、世にも情けない表情をしていた。ああ、こいつ辛かったんだな・・・と素直に思えるような、悲愴な顔つきをしていた。

それが今は          。

「ニタニタしやがって」
「あんたがいれば、他には誰がいなくても大丈夫。そう考えると気が楽になったんだ」
「そうは言ったって、面倒なこともあるだろ」
「これまでやって来れたんだから、大丈夫だよ。日向さんがいれば、きっと俺は大丈夫」
「・・・そうか」

日向も安心したかのように小さく息を吐いた。

「これって、もう克服したってのと、それほど変わらないよね」
「克服はしてねえから、違うんじゃねえ?実際に駄目なんだから」
「まあ諦めたとも言うね」
「・・・あの、お前に舐められまくった日々は意味なかったのかよ」

日向が当時をことを思いだしたのか、げんなりとした表情で呟いた。若島津はそれを見て笑う。

「まあいいよ。意味はなかったにしろ、これでやっとレベル10だろ?ようやくゴールだ。お前のレベル分けはイマイチ分からなかったけど」
「え?違いますよ?10じゃないよ」
「はあ!?」

日向は素っ頓狂な声を上げた。その昔、『今はレベル3かな』と言われた時と同じ、半ば悲鳴のような声だった。

「どういうことだよ!?もうこれ以上はないだろう!?」
「いやあ。そう決めつけるのはどうかと思うよ?」
「こ、これより先に何があるっていうんだよ!言ってみろよ!」

今の今までだるそうに横になっていたのに、いつの間にか日向はベッドの上に座って大きな声を出していた。だがそれくらいに驚いたのだ。これで性的な行為に関しては行き着くところまで行ったと思ったのに。なのに、若島津はまだこれで終わりじゃないと言う。

「いや、そう言うけれどさ。俺の理想の日向さんとの関係ってさ、最終的にはジジイになって年取って死ぬまで、一緒にいることなんだよ。俺には日向さんしかいないんだから、あんたには長生きして貰って、俺と末永く仲良く暮らしてくれなくちゃ」

だが若島津から出てきた答えは、日向の予想もしないものだった。
身体の関係の話じゃない。いつか年老いてどちらかが死んでしまうその時まで、二人でいたいと言うのだ。

「・・・若島津」
「欲を言えば、一緒の墓に入りたいな。死んだ後でも日向さんから離れたくはないからね」

そこまで行ったら、ようやくレベル10ってとこかな       若島津がふふ、と笑って明かすのを、日向は神妙な面持ちで見ていた。

「そのためには、男同士で結婚できるようになったなら、したいし。それが9とすると、やっぱり今は8ってところなんだよ」
「はち・・」

日向は呟いた。
若島津の言いたいことを理解した今は、レベル8だと聞いてもどうということはない。寧ろ、あと2つも達成しなきゃいけない目標が残っていると思うと、俄然その目標をいつかはクリアしたい気にすらなる。とことん課題や目標といったものに挑戦するのが好きな日向だった。

「日向さん、好きだよ。俺と、ジジイになって死ぬまで・・・ううん、死んでも、傍にいてよ」

日向はコクリと頷いた。日向だって同じことを望んでいる。
それに、何しろ若島津は自分以外の人間に触ることもできないのだから、仕方が無いじゃないか。


「しょーがねえな。お前には俺しか駄目なんだって、もう分かってんだよ」

日向がさも面倒そうな口ぶりで、だが嬉しそうな笑顔を浮かべてそう言うと、若島津は「とりあえずレベル8に早く慣れてくださいね」とにっこりと笑って、日向の唇に口付けた。







END

2017.08.17

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