~ Level5の関係性 ~5





その夜寮に戻ってから、日向は風呂も済ませて落ち着いたところで若島津と話そうと決めた。このところはゆっくりと二人で会話を交わす機会も無かったから、若島津が相手だというのに話し掛けるのにも少し緊張する。
タイミングを見計らって、でもなるべくさり気なさを装って「あのさ・・・」と切り出した。若島津が片づけをしていた手を止めて振り返る。

「俺、お前とちょっと話がしたいんだけど」
「・・・いいよ。俺も話がある」

はぐらかされることも逃げられることもなく、とりあえず諾と返ってきたことに日向がホっとする。すると突然に腕を引かれて、身体ごと若島津にぶつかった。そのまま胸にしまいこまれるようにきつく抱きしめられる。

「わ、若島津!?」
「日向さん。ちょっとこのままで。・・・お願い」
「ちょ、ちょっと待て、俺、お前に話が・・・っ」

大きな手がTシャツの裾から潜りこんで、慣れた手つきで日向の背中を撫で上げていく。

「やだって!俺、お前に話があるって言ってる!」
「後で聞くよ。別に急ぎじゃないでしょう?」

手早く上半身を脱がされて、ベッドに押し倒された。日向には訳が分からなかった。ここ最近、こんな風に若島津が触れてくることは無かった。だから『練習台』としての自分はもう必要ないのだと日向は思っていた。若島津は自分よりも適任な人間をみつけたのだと、それで前のようには自分の傍にいられないのだと、そう思っていた。
なのに、表向きは変わらないけれどその実日向のことなど忘れたかのように放置していたくせに、突然に触れさせろ、と言ってこんなことをしてくる。日向が話したいと言っても聞いてはくれず、自分の要求だけ通そうとする。

          やっぱり、こいつ酷い。

「・・・どう、して。なんでこんなことするんだよッ!ずっと放っておいたくせに!」
「だって、俺には必要なことだから。こうしてあんたに触っていないと、俺がおかしくなるから」
「俺じゃなくたって、いいんだろッ!雨宮にでもやらせて貰えばいいじゃねえかよっ」

俺じゃなくたっていいくせに            !
気が付けば、そう叫んでいた。

脳裏に浮かんだのは、雨宮に向かって楽しそうに笑いかける若島津の笑顔だった。あれは日向のものだった。日向だけのものだった筈だ、ついこの間までは。
だけど今は違う。自分以外の奴が、知っているのだ。若島津に特別に想われるということを。

感情が高ぶって、日向の目に涙が浮かぶ。かつて『日向だけ』といったその口で雨宮に語りかけ、今日向を抑えつけている手で雨宮の背を触っていた。若島津は日向以外の、近くに寄らせることをできる人間を見つけた。

「何言ってるの。俺がいつそんなこと言った?あんたじゃなくても、他の誰かでもいいんじゃないか・・・って言ったのはあんた自身だよ。俺じゃない」

だが若島津にも言い分はある。こうなったのは日向が始まりだと主張する。

「そんなこと、言ってない!」
「言った」
「言ってない!」
「言ったよ」
「少なくとも、お前が思うような意味で言ったんじゃないっ!」

言った言わないの子供の喧嘩のような様相になってきたのだが、日向はそのことにも気が付かないくらいに激高していた。
未だ両手を頭の脇に縫い付けられたまま、目に涙を溜めて若島津を下から睨みあげる。最初に話そうとしていたことなどはすっかり頭から飛んでしまい、いいように扱われることの口惜しさと、分かり合えないことの悲しさだけが膨らむ。

とうとう日向の瞳から涙が溢れて、粒となってポロリと転がり落ちていった。

途端に「~~~~~ああ、もうっっ!!」と若島津が大声をあげて、日向の身体を抱きすくめる。日向の身体が驚いたようにビクリと震えた。

「もー、いいから聞いて!最初に言ったのは日向さんだよ。俺がこうして触れるのは、別に自分じゃなくてもいいんじゃないかって。俺ね、すっげーショックだった」

突然に勢いよく喋り始めた若島津に毒気を抜かれ、日向がきょとんと目を丸くする。涙も止まり、幾度か瞬きをすると溜まっていた滴が眦から零れ落ちた。

「本気で言ってんのかな、この人       って思った。俺は日向さんだけが特別だって何度も言っているのに、分かってないのかな、って。だから試してみようかと思って」
「・・・試す?」
「そう。ほんとにそんな奴が現れたら、日向さんの代わりにできそうな奴が現れたとしたら、あんたはどう反応するんだろう、って思って。焼きもちやいてくれんのかな。いや万が一ほんとに俺のことを押し付ける奴ができてラッキー、とか思われたらマズイよな・・・とか。結構、色々と悩んだんだよ。これでも」
「・・・じゃあ、雨宮のことは」
「あんなの、嘘に決まってんじゃん。触ったって触られたって、制服の下は鳥肌がすごかったよ。それは雨宮も知っているから。あいつ、俺のさぶいぼ見て大笑いしてたし。今回のことは、あいつは共犯者なの。俺が引きずり込んだんだけどね」

日向は若島津が何を言っているのかよく理解できない。嘘?共犯者?雨宮を引きずり込んだ?

「どういうことだよ!?ちゃんと俺に分かるように説明しろよ!」
「だから。要はあんたが焼きもちやいて、『あー、やっぱ俺って若島津のことが好きなんだな。他の奴にはやりたくないな。だからもうちょっと触らせてあげてもいいかな』って思ったら嬉しいなー、ってことです」
「おま・・っ!おかしいだろう!お前の頭、イカれてる!!何をどうしたらそんな考えになるんだ!」
「そうまでしないと、あんたは他の奴にやって貰え、だなんてふざけたことを吐かすんでしょうが!」
「ふざけてんのはお前だ!人の気持ちを弄びやがって!」
「元はと言えば、あんたが俺の気持ちを傷つけたんですっ!」

しばし二人で睨み合うが、どちらも自分が悪かったとは引かない。やがて若島津がため息をついた。

「・・・まあ、とにかく。雨宮がやって来たのはいいチャンスだと思って」
「え?」
「あいつが絵を描かせてくれってやってきたの、丁度あんたがあんなことを言った後だったから。タイミングが良かったんだよね。日向さんが少しでも俺とあいつが接近するのを嫌がったりしたら、しかもそんな自分の感情を自覚したなら、俺的にはもう最高の筋書きだよな、って」
「お、まえ・・・。じゃあ、あいつに会った最初の時から、あいつのことを利用しようと考えていたのか?」
「その場合に想定されうる問題についてはちゃんと考えたよ?後であんたにバレたら怒るだろうし、あいつが島野並に人の好い奴だったら、俺も目覚めが悪いし?だから、部室の前で最初に引き合わされた時に観察してたんだけどね」

あの時、雨宮のことを異様にジロジロと見ていたのはそういうことか、と思う。

「だけど、こいつならまあ、大丈夫かな、いいかなって。割と図太そうだったし」
「・・・・・」

日向は放心して言葉も出ない。結局は、すべて若島津が仕組んだことで、自分はまんまとそれに嵌まったということか。
思わず恨めし気に若島津を見上げる。

「・・・昼休みにいつもいなかったのは、じゃあ何してたんだよ」
「あれは、最後の追い込みというか・・・・。まあ、美術室に行っても俺は何もすることないから、本読んだりしてたけど。言っとくけど、二人きりじゃなかったからね。美術部の奴ら、他にもいたし、みんな制作で必死で俺どころじゃないし」
「あれは?俺との約束を反故にして雨宮のところに行ったのは?」
「あー。あれはほんとに俺が必要だったみたい。行ってみればすぐに終わったけどね」
「なんか、もうよく分かんね・・・。全部お前にいいように騙されてたような気がしてくる」

あれは違うって。だからコーラ貰ったでしょ?と若島津は言うが、こうなったらコーラ一本で済むものか、と日向は言いたい。

「・・・結局はお前の思う通りになった訳だ」
「そうだね。でも俺も賭けだったんだよ。あんたが本当に俺のことなんか雨宮に押し付けちゃえ、って思う可能性もあった。少なくともゼロじゃなかった。・・・まあ自信はあったけどね。勝算のない賭けはしない主義だし」

しれっと言われて、怒る気も失せた。こういう奴だと知っているつもりだったのに、まだまだ自分の認識が甘かったのだ。
ただ・・・と日向は思う。雨宮の本音を聞かなくちゃいけない。若島津はこう言っているが、雨宮も同じように捉えていると言えるだろうか。
少なくとも、サッカー部の部室の前で若島津に絵のモデルを頼んでいた時の雨宮は、純粋に若島津に惹かれているように見えた。

「とりあえず、明日雨宮に会わせろ。お前のことを許すか許さないかは、雨宮の言い分を聞いてからだからな」
「分かった」

もし、雨宮の方に若島津の共犯者という認識が無くて、本気でこの男のことを好きになっているのだったら          。
多分、自分は若島津を許さないと思う。

「だから、それまでは俺に触るのも禁止だからな!」

日向はピシリと言い放った。











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