~ Level5の関係性 ~4






「日向さん。昼メシ行こう。すぐに行ける?」

その日は若島津のクラスの方が午前中の授業を早く終えたらしく、日向の教室から教師が出ていくのと入れ替わるように入ってきた。最近では珍しく日向を昼に誘ってくる。日向は若島津の周りを見て、連れがいないことに気が付いた。

「今日は雨宮は?」
「あー、あいつね。何か追い込まれてるみたいで、美術室で食べながらやるって言ってた。今日は約束してないね」
「じゃあ、行こうぜ。反町はどうする?」
「追いかけるから先に行ってて、日向さん。あ、若島津!俺の分買っといてよ。Aランチ、ご飯大盛りで」

高等部のランチルームはかなり広く作られているが、それでも混むことには変わりなかった。日向と若島津は急ぎ足で階段を下りて、校舎1階にある食堂に向かう。

「若島津。今日はメシ終わったら用事あるか?」
「ないよ。外に出て、ボール蹴る?」
「蹴りたい」

歩きながら若島津に食後の予定を確認した日向は、廊下の窓から外を眺めた。いい天気だった。真っ青な空の高いところに、刷毛でさっと描いたような雲が薄く細くたなびいている。外に出て風に吹かれたらさぞ気持ちがいいだろう。しかも久しぶりに若島津と一緒だ。自然と日向の心も浮き立つ。

「あ!いた!若島津くん。やっぱり食堂だった!」

そのとき若島津を探していたらしい雨宮が後ろから走ってきて、声を掛けてきた。

「若島津くん、お願い!お昼ご飯終わったら、ちょっとだけ美術室に来てくれないかな」
「悪い、先約有。メシ食ったらグラウンドに出る約束してるから」
「誰と?」
「この人」

若島津は隣を歩く日向を指さす。しゃべりながらも歩く速度は緩めない二人に、雨宮は小型犬よろしく纏わりつく。

「日向くん、ごめん!ちょっと若島津くんを貸して!今日だけ、今回だけでいいから!」
「・・・別に。俺はいいけど・・・」
「ほんと!?ありがとっ!・・・という訳だから、若島津くん、よろしくね。部室で待ってるね」
「俺は了承してないけどな」
「ジュース1本で手を打ちましょう!」
「2本な。俺のと日向さんの」

若島津の言葉に日向が「俺の分はいらねえよ」と言いかけた時にはもう、「分かった。コーラ1本とイチゴオレ1本ね!買って待ってるねー!」と大声をあげて走っていってしまった。

「誰がイチゴオレっつったよ。聞いて、日向さん。あいつね、ほんっと人の話、聞かねえの。この間もね・・・」

呆れた口調ながらも、若島津の顔は「しょうがない奴」とでもいうように笑っていた。突然のアポ取りにも関わらず、気を悪くするでもなく雨宮の話を楽し気に日向に聞かせようとする。

日向はそんな若島津から目を逸らし、窓から見える外の景色を振り返った。やっぱり抜けるように青い空だった。
とりあえず昼のサッカーはなくなったんだな、と日向は少し残念に思った。











「日向さん、こんなとこにいたの?」

昼休みに日向は屋上に出て寝ころんでいた。直射日光を浴びると暑いくらいの陽気だったが、上着を脱いでしまえば風が通って涼しい。チリチリと太陽が肌を撫でていく感じも気持ちよくて、日向はいつの間にかうたた寝をしていた。

声を掛けられて目を覚ませば、反町が顔を覗き込んでいた。いつもは悪戯っぽく笑っている瞳が、何故か今は優し気に日向を見つめている。

「眠い?起こしといて何だけど、もう少し寝てる?」

反町に問われて、日向は上半身を起こした。短い時間でも眠れたことで頭がスッキリしている。日向は伸びをした。

「今何時?」
「1時5分。後10分は寝てられるよ」

反町も日向の隣に座りこんで、柵にもたれかかる。「あー、今日は気持ちいいね」と言って、空を見上げた。

「日向さん、大丈夫?」
「・・・何が」

何が、と聞いてはいるが、日向には反町が何のために屋上まで自分を追ってきたのか、分かっていた。
この間から何人もの人間が尋ねてくるのだ。反町が何も気付かない、何も思わないだなんてある筈がない。ここのところの、若島津と自分の関係についてだろう。
別に喧嘩している訳でもないし、不仲になった訳でもない。口をきけば普通に、昔からの友人として親しく話もする。だけど、以前と何も変わらないかといえば、それも違う。日向にも上手く説明できる自信はなかった。端的に言えば、一緒に過ごす時間が極端に少なくなったということに尽きるのだけど、それにだって多分理由がある。

「なんで若島津が雨宮とばかりいるのか、二人で何をしてるのか・・・・・そういうの、ちゃんと話を聞いてる?」
「そりゃ、絵を描くためだろ」
「違うでしょ。それだけじゃないでしょ」

反町は日向の誤魔化しを許そうとはしてくれない。ゆったりと笑みを浮かべながらも、日向にしっかりと現状を見つめろと強いてくる。

若島津が日向との約束を反故にしたのは先日の昼休みの件だけだったが、以降は更に学園内で若島津が捕まらなくなった。昼食時も学食に来なくなり、授業が始まる直前まで教室には戻ってこない。どうやら美術室に入り浸っているとの噂だ。

「絵を描くっていったって、そんなにベッタリ一緒に居なくちゃいけないもんでもないでしょ。そういう約束でも無かったし」
「・・・・」

そう言われても日向には分からない。絵が出来上がるまでの工程など知らないのだから。

「ねえ、日向さん。駄目なら駄目って、ちゃんと言わなくちゃいけないんだよ」
「駄目なんてこと、全然ないだろ。誰といようと、あいつの勝手だ」
「勝手って、相手のための言葉じゃないでしょ。よく捨て台詞で『勝手にしろ』って言うじゃん。ちゃんと言葉は選んで、正しく伝えなくちゃ」
「・・・じゃあ、どんなのが正しいんだよ」

日向はもともと気持ちを言葉に表すのが得意じゃない。ただこれまでは言葉にするまでもなく若島津が日向の意図を汲み取ってくれていたのだ。それに甘え過ぎていたのかもしれない。

「寂しい、って言えばいいんだよ。他の誰のことより自分を優先させて欲しい・・・って日向さんが言えば、あいつは雨宮なんか放っといて戻ってくるよ」
「別に俺は、寂しくなんか・・・」

寂しい?
寂しいのだろうか、自分は              。

今の気持ちが何と名付けられるものか、日向にはよく分からない。けれど親友に自分よりも優先させたい存在が出来たからといって、寂しいなどと感じるのは違うんじゃないかと思う。
日向にとって若島津は大事な友人で、特別な存在だ。小学生の時からずっと、一番親しい人間として付き合ってきたつもりだし、向こうもそう思ってくれていた筈だ。その彼に自分じゃない、他の誰よりも『特別』な存在が現れたとしたなら、自分は喜んでやるべきだ。それが出来ないなら、親友なんかじゃない。

だけど。
そうだとするなら、そうしなくちゃいけないというなら              。

この間から感じる胸のチクチクとした痛みは、一体何だというのだろう。

「言わなくても全部分かって貰えるなんて、有り得ないよね。どんなに親しくてもさ。終わらせるのは簡単だけど、続けたいなら続けたいって、ちゃんと意思表示しなくちゃ。子供じゃないんだから、苦手なんて言ってちゃ駄目だよ。人間関係にやり直しなんてないんだから。・・・俺の言ってること、分かる?」
「・・・分かる」

日向が頷くと、反町は「よかった」と笑って立ち上がる。

「じゃ、俺は先に戻るけどさ。日向さん、夜にでもあいつに言っておいてよ。やり過ぎは逆効果だぞって」
「やり過ぎ?」
「言えば分かるって。・・・じゃーね」

反町は手を振って戻っていった。日向はそれを見送ると柵にもたれて空を仰ぎ、眩しさに目を眇めた。









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