~ Level5の関係性 ~6
「ええ。若島津くん、バラしちゃったの?」
「成り行きで」
「あ、そう・・・」
その翌日に人気のない校舎裏に呼び出された雨宮は、若島津の説明に驚くでもなく、ただ「ふーん」と言って若島津と日向を交互に見た。
「うん。まあ、そうだよね。僕も最近の日向くんを見ていて、そろそろ潮時じゃないのかなあって思ってた。日向くん、ごめんね。でも全部若島津くんが仕組んだんだからね。悪いのは若島津くんだからね」
首を傾げて可愛らしく謝られても、日向にはなんと答えていいか分からない。元から雨宮が悪いなどと考えてはいないのだ。
「僕もさ、最初は嫌だって反対したんだよ。だって、あんまりでしょ。日向くんに対して。・・・・だけど、絵のモデルのこと持ち出されてね、『何で俺がお前のために無償で働かなくちゃいけないんだ』って脅すんだよ!日向くん、一体どう思う!?」
「若島津・・・・。お前、そんなことしていたのか」
日向は呆れた顔をして若島津に視線を向けるが、当の本人は弁解するでもなく、全く悪びれない様子だ。雨宮はそれを見てくすりと笑った。
「でもね。本当のところはそれで協力した訳じゃなくて・・・。僕も若島津くんのことをずっと見てて分かっちゃったから。絵を描くために、結構真剣に彼のことを見てたでしょう?サッカー以外のところでも観察させて貰っていたし。そうすると、若島津くんって本当に日向くんのことしか見てないんだな、考えてないんだなあ・・・って分かっちゃったから」
「・・・・」
「一途だし執着すごいし。もうね、僕からすれば何で日向くんが気が付かないんだろうって、そっちの方が不思議だったよ。よっぽど鈍いのかなあ、って。だったら、それなら協力してもいいかと思って。若島津くんが日向くんを手に入れたいっていうなら、手伝ってもいいかな・・・って思ったんだ」
雨宮の発した『手に入れたい』との言葉に、日向の顔がみるみるうちに真っ赤になる。
(いや、知らない筈だから!俺と若島津が何をしているかなんて、雨宮は知らない筈だから!!)
余計なことを絶対に言うなよ という意図をもって、日向は若島津の制服の裾をつまんで軽く引っ張った。上目づかいで見上げる瞳が羞恥のために潤み、頬の朱さと相まって幼くも悩ましい表情だった。そんな日向を目の当たりにして若島津は思わず息を詰める。
「・・・うわあ。日向くんって、こんな感じになっちゃうの!?すっごい可愛いんだけど・・・どうしよ、ほんと可愛い!ねえ、今度は日向くんの絵を描かせてよ!」
「駄目に決まってる。この人を描いた絵があって、俺以外の奴がそれを持っていると思うと精神衛生上よろしくないからな。ただその絵を俺にくれるっていうなら構わないが」
「何それ!酷い!横暴!」
暴君のような若島津の理不尽さに抗議しつつも、雨宮の顔は嬉しそうに笑っていた。種明かしをした後は日向がこのところ悩んだのは一体何だったんだと思うくらいに、若島津と雨宮は至って普通の友人関係でしか無かった。お互いの距離感も、すっかりいつもの若島津に合わせたものになっている。つまりは日向以外はパーソナルスペースに近寄らせない、というものだ。
「意外に俺様なのは、若島津くんの方なんだよねえ。日向くん、これからきっと苦労するね!」
雨宮の屈託のない笑顔とその他人事な台詞につられて、気が付けば日向も一緒になって笑っていた。
「一年くらい前に、俺とあんたの関係は『レベル3』だって言ったの、覚えてる?」
寮の部屋に戻ってから改めて日向は若島津に抱きしめられ、そう尋ねられた。日向は「当然だろう」と答える。
「覚えてるに決まってんだろ。・・・俺、あの時は結構な衝撃を受けたんだからな」
その頃から既に、『練習』と称しての若島津からのスキンシップは日向の常識の範疇を逸脱しつつあった。それで日向が「この練習を終える日がゴールだとしたら、今はどの段階なのか」と確認したところ、返ってきたのが「10段階のうちの3」という、あまりにも非情な言葉だったのだ。
「あんなに舐めまわされても3だなんて、俺はどこまで我慢しなきゃいけないんだよ・・・って」
「そりゃあ、レベル10でしょ。俺が目指してるのはそこだし」
「だけど考えてみりゃ、その10ってのが何をできれば10になるのか、俺は聞いていないよな」
日向のその言葉に、若島津は口角を上げた。そりゃそうだと思う。あの時点でそれを告げたなら、間違いなく日向は自分から逃げ出していただろう。
若島津は日向の手を取り、自分のベッドへと座らせる。それからゆっくりとその体を倒し、自分も横になって日向の体を背後から抱きしめた。
「あの日、ね。俺はもう少しレベルを上げて日向さんに触ろうとしてた。もっと際どいところ。・・・分かる?セクシャルな意味で、だよ。でも、あの時は日向さんに怯えた顔されてさ・・・。怖がらせるくらいなら、もっとゆっくり進めよう、って思った」
「・・・・」
「そうしたら以降、一進一退って感じで思うように進めなくて。何回チャレンジしても、やっぱり日向さんが怯えて固くなるの分かったし。・・・正直、もう無理矢理でもレベルを上げてくか、って自棄になりかけることもあった」
「む、むりやり・・・って」
「あんたが泣いても喚いても、力づくで抑えつけてヤっちゃうか・・・ってこと」
「・・・!」
日向が息を呑む。
たまに意地の悪いことをすることはあるけれど、これまでの付き合いの中で若島津が日向を傷つけようとしたことなど無かった。それは日向が誰よりも知っている。
まだ子供だった頃から一緒にいたのだ。日向が辛いときには傍で支えてくれて、時には盾になろうとまでしてくれた。その若島津が、自分が嫌がっても、無理矢理にでも、今以上のことをしたかったのだという。
その告白をどう捉えればいいのか 。今なら、日向は間違えない気がした。
若島津は多分、これまでにないくらい正直に要求をぶつけている。何を望んでいるのか、何が欲しいのか、鈍い日向でもちゃんと理解できるように手の内をさらけ出している。だから日向も、ちゃんと答えなければいけない。
続けたいなら続けたいって、意思表示しなくちゃ 反町の言葉が思い出された。
若島津の腕の中で日向は反転して向きを変え、その顔を正面から見据えた。一見冷たく見えるほどに整った顔をしている男が、その実中身は日向以上に熱くて激しやすいのだと、もう知っている。それを普段は理性と精神力で抑えつけているけれど、ちょっとした拍子に表に出てくるということも。
だけど若島津は、自身が言うように日向を犯したりはしなかった。大事にしてくれていたのだと、ようやく分かる。
「あのさ・・・。俺、あの頃は確かに怖かったのかもしれないけど・・・多分、今は怖いだけじゃないと思う。お前に触られると、どうしていいか分からなくなるんだ。その、体が・・・熱くなって」
あの時の若島津の手がどんな風に自分の肌の上を動いていくのか。それを思い出すだけでも身体が熱を孕むようだ。
日向は羞恥に頬を朱く染めて、それでも自分の心が届くようにと、拙いながらも懸命に言葉を選ぶ。
「それってさ・・・、本当は嫌だってことだけじゃないよな?俺、お前に嫌だ嫌だって散々言ってるかもしれないけど、それは自分がどうなっちまうのか分からないのが嫌なだけで、お前のことが嫌な訳じゃない。・・・・寧ろ」
「・・・日向さん」
日向は先を言い淀んで、少しの間を空けた。心臓がバクバクと速い鼓動を刻む。渇いた唇を舐めて、手のひらをギュっと握る。
できれば口にしたくない。恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。でも、言わなくちゃ伝わらないこともあるのだ。
「お前に、触って欲しい。俺だけ。お前の好きなようにしていいから。だから・・・他の奴なんか、触ったりするな」
「・・・ひゅうが、さん・・・っ!」
言い終えた瞬間に日向は強く抱きすくめられた。ちゃんと目の前の男に届いたらしいことに安堵して、力が抜ける。
若島津はといえば、ひたすら日向を抱き締める。何も言葉を発することなく、ただ黙って日向を味わうように。不足していた時間を埋めるかのように。
自分を抱いたまま離そうとしない若島津の様子に、これは容易には抜け出せないな・・・と日向は好きなようにさせることにし、その広い背中に手を回す。
あまりの恥ずかしさに、穴があったら入りたい と思いながら。
暫くぶりの日向を思う存分に堪能してある程度満足したのか、顔を上げた若島津は憑き物が落ちたようだった。
「日向さん、好きだよ」
「・・・それを先に言えよ。俺だってそうすりゃさ・・・」
最初に、それこそ『練習』だの何だの言い始めた頃にそう告白して貰えたのだったら、若島津がこんな回りくどい真似をすることは無かったんじゃないかと思う。
「それはどうかな。あくまでもあんたはノーマルなストレートだし。男とどうにかなる・・・って時点で拒否られてたかもしれない」
そんなものだろうか、と日向は思う。確かに自分はノーマルだし、もし中学生の頃にそんな風に求められたとして、若島津の望むように応えられたかどうかは疑問だけれど、頭から否定することは無かったんじゃないだろうか。
だがそれは今更、どうでもいいことだった。大事なのは自分たち二人のこれからの方だろう。自分はどうやら人より好きだの嫌いだの、恋だのとかには鈍いらしいし、なんといってもまだ『レベル3』だと言われているのだ。
「日向さん。今日はレベル4とか5まで、進んでみる?」
「・・・・うん」
日向は恐れと不安と、それに少しばかりの期待の混じった表情を浮かべて、コクリと頷く。
「じゃあ、レベル4ね。目を閉じて・・・そう、力抜いて」
目を閉じて軽く上を向いた日向に与えられたのは、そっと近づいてそっと離れていくだけの、優しいバードキス。
「え?・・・これ、だけ?」
「そ。これだけ。・・・っていっても、マウストゥマウスだからね」
「3の方が全然大変じゃねえかよ!」
「じゃあ、このままレベル5ね。・・・軽く口開けて」
日向は言われるがままに唇を軽く開いて若島津のキスを受ける。
今度はさっきのキスとは違って、若島津の舌が入り込んできて日向の口腔内を隈なく探っていく。角度を変えながら日向の感じるところ、気持ちいいところを見つけて、そこを何度も刺激する。これは自分を攻め落とすためのキスだ、と日向は悟った。
人生初めてのディープキスは衝撃的で、解放された後も日向の呼吸は荒く、なかなか整わない。
「・・い、今のが、レベル、5?」
「そ」
「4との落差、有り過ぎだろ!!」
「人のランク付けにケチつけるんじゃありません」
クスクスと笑って若島津は『レベル4』のキスを何度も日向に与えた。
「日向さん、どうする?このあと先に進む?一気に10まで行っちゃう?」
「・・・いや、いい。頼むから段階を踏んでくれ」
多分、今度は一年間も待たせたりしないから 日向のそんな言葉に、若島津が破顔する。
ゆっくりと近づいてくるキスの気配に、日向がまた目を閉じて唇を薄く開く。誘うようなその表情、仕草に陥落したのは若島津の方だった。日向に勝てる訳などないのだ。何があっても、腹を立てても、最後は日向の深い情に触れて、その懐に抱かれて幸せを感じる。
若島津はもてる愛情のすべてを籠めて、日向にキスを贈った。自分が彼から受け取っている幸福を、少しでも分け与えられますように そう願いながら。
END
2015.12.29
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