~ Level5の関係性 ~3





若島津の絵を描くと決まったその翌日から、以前と同じようにサッカー部のグラウンドで雨宮を見かけるようになった。

それまでと違うのは、雨宮がスケッチをする場所をフィールド全体が見渡せるようなところではなく、ゴールに近い場所に移動させたことだ。
しばらくはスケッチブックに色々と描いていたようだが、そのうちキャンバスを持ち込むようになった。

雨宮は宣言したとおりに練習の邪魔をすることもなく、一人で黙々と絵を描いている。練習が始まってから現れて終わる前には帰っていくから、若島津や他の部員とも会話を交わすことは無かった。静かにただ淡々と自分の仕事をこなしていく美術部員の存在に、サッカー部員の面々が慣れて、彼がいてもいなくても全く気にしなくなるまでにそう時間はかからなかった。


ただその分、学校での休憩時間や昼休みなど、放課後の部活以外の時間に若島津と雨宮が二人でいる姿が頻繁に目撃されるようになった。雨宮が若島津のクラスに行っては廊下に呼び出して話したり、時には二人で連れ立って屋上や図書室などにも行っているようだった。真剣な顔をして何かを論じていることもあれば、笑って背中を叩き合っているのを日向も見かけたことがあった。

「最近、あの二人は随分と仲がいい」と、同じ学年の生徒たちが噂するようになるのも自然な成り行きだった。それほどまでに、日向以外の人間と慣れあうことのなかった若島津が雨宮を傍に置くようになったのだ。

日向はそこには一度も誘われなかった。誘われても行かなかったとは思うけれど。
だから彼らが二人でいるときに何をしているのかは、日向にも知り得ないことだった。








「ひゅうがあ。若島津を取られたって?」
「取られたって何だよ。別にあいつは元々俺のもんじゃねえっつーの」

これで何度目かと、体育館の壁にもたれて座っていた日向はうんざりとため息をつく。今は体育の時間で、目の前ではバレーボールの試合が行われている。バレー部員の打ったスパイクが相手コートに決まり、ボールの叩きつけられる音が豪快に響いた。

日向に話しかけているのは同じクラスの松浦で、この男も中等部からの持ちあがり組だった。当然、日向と若島津の親しさは知っている。

最近、松浦と似たようなことを日向に尋ねてくる人間が多い。この2、3日だけでも両手の数は超えたか。
日向からすれば、そう思ったとしてもわざわざ本人に聞いてくるほどのことではないだろう、と言いたい。その度に「別に何もない。喧嘩もしてない」と同じ返事を繰り返すのが面倒くさい。

「だってさ。若島津って前は煩いくらいに日向にベッタリだったのに、最近はすっかり雨宮とばっかいるじゃん。何かあった?」
「何もねえって。あいつだって、雨宮の絵のモデルなんだから仕方ねえだろ。完成するまでは色々とあるんだろうし。・・・とにかく、何も変わったことねえから。部活だって普通に来てるし」

だがこれほど皆に指摘されるくらいには、自分たちは一緒にいたんだよな、これまでは・・・と日向は考える。

確かにクラスは違うけれど、朝練に昼練、放課後の部活、寮に帰ってからは同室と、一日の殆どの時間を若島津と共に過ごしていた。風呂に入る時間くらいはズレることもあったけれど、それ以外はほぼ一緒で、意識しなくても二人の間には会話があったし、お互いの行動や状況の大部分を把握していた。それこそ家族よりも濃い関係だった。ついこの間までは。
それが最近では部活と寮では相変わらず一緒といっても、全然中身が違う。若島津と二人で話す時間があまり取れなくなった。部活でも常に他の誰かが傍にいたし、寮では何故か消灯近くまで若島津が二人の部屋に戻ってこない。それは以前までの若島津には無かったことだ。

そして学園の中では雨宮とばかり過ごしている。

避けられているのだろうか       それすらも日向には分からなかった。
何故なら、用事があって日向と話す時の若島津は何のわだかまりもなさそうで、至って普通だったからだ。今までと何ら変わりなく、日向をサポートしてくれたし、質問をすれば答えてくれた。

じゃあ、どうしてこんな状況になっているのか。日向のことを疎んじているのでなければ、単純に若島津の心を占める他のものが出来たということか。自分よりも一緒に過ごしたいと思う相手が出来ただけの話か。


(あ、また            )

最近、若島津のことを考えると胸がツキリと痛むことがある。
最初は軽いものだからと気にしていなかったけれど、段々と強くなっているような気がする。どうしたというのだろう。

「ふーん・・・。まあいいや。喜んでる奴の方が多いんじゃね?そのまま若島津と疎遠になってろよ」
「あ?何でだよ。やだよ」
「今度二人で遊びに行こうぜ。サッカー部が休みの時でいいから」
「会話になってねえって。・・・休みなんかねえよ。バド部はあんのかよ、休み」
「うちも無いけどさあー。でもサボるから。日向とデートできるなら全力でサボるから!」
「男同士で出かけて何がデートだよ」

続く筈だった「馬鹿じゃねえの」という言葉は、ホイッスルの音に遮られた。

「日向さん。交替だよ。次、日向さんたちのチーム。豪快にバックアタックを決めてよねっ」

たった今ゲームを終えた反町が日向を呼びにくる。日向は腰を上げてコートに入った。同じように相手コートに入った松浦目掛けて思い切りスパイクを打ちこんでやろうと日向は決める。スポーツ全般が得意な日向は、バレーも冗談ではなくバレー部員からスカウトされるほどに強かった。

(こんなに苛々するのは、お前が下らねえことを言いやがるからだ)

松浦に対するそれは完全に八つ当たりでしかなかったが、日向はそのことに思いが至らない。ただ訳の分からない胸の中のモヤモヤを何かにぶつけて、鬱憤を晴らしたかった。


試合は日向の打点の高いジャンプサーブから始まった。












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