しゅうちゃんの涙の狩勝旧線紀行


                                                        霧に泣いた寒い夏でした
 
                                             
                                                

昭和41年8月、管理人はなめくじ会の仲間である、しゅうちゃんと二人で北海道旅行をしました。管理人はまだ東北本線で撮りたかったので、しゅうちゃんとは函館で分かれ、彼はそのあと単独で根室本線の旧狩勝峠に向かったのです。ところが狩勝についてみると、気温は低く且つ霧が立ち込めていて、とても写真撮影どころではなかったと言います。駅員さんが、なんとダルマストーブが焚かれている駅務室に入れてくれて、暖を取ったそうです。天気も最悪でとても大俯瞰写真を撮れる状態ではなかったそうですが、最期の狩勝峠を撮っていますので記録として残すことにしました。もう40年近くも昔のことです。


                                       

注: この写真の場所の特定や、解説をお願いしたのは、北海道・新得町にある、狩勝エコトロッコ鉄道のスタッフである増田秀則氏です。私は今、旧狩勝に関しては、その知識と調査、時代的考証 などに於いては第一人者と思っており、このような 十勝の鉄道風土歴史家 がいらっしゃることを初めて知りました。その造詣の深さと観察力の鋭さにはただただ感服するのみです。この、普通の人間が見たら、いったいどこだかも分からない写真を、滝川起点 何km地点であるかも特定していただけました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。 
   
  

  
     
まずは現在の新線と旧線の落合〜新得間の線路図と位置関係をご覧ください。
 
 
 
 
 
 
 


 
そしてこれは新内駅から狩勝峠に向かっての険しい大オメガ線とキロ地点を示したものです。
 
 

 

そのなかでも、特に雄大且つ難所であった、オメガカーブ地点を詳細に表したものです。
特に曲がりくねった旧線路と、電信線 (赤色のハエタタキ)ルートを比較してみて下さい。
後ほどの撮影地の特定要因になっています。  (資料出典は全て狩勝エコトロッコ鉄道)






函館から乗ったしゅうちゃんの列車は朝方、根室本線落合駅に到着しました。落合駅はこの区間開通の頃は機関区がありました。
その時はまだ新得には機関区はなく、落合機関区が新得に移転してくるのは大正6年です。ただ補機の折り返し地点のため給水塔
は使っていたように思います。麓の落合駅ではこれだけ晴れていたのに、狩勝峠に登っていくにつれて天気は悪化していきました。







右側の新線はもう完成間近ですが、まだ突貫工事中でした。列車は左に折れて旧線を狩勝峠に向かいます。 落合駅出発直後







そしてたどり着いた狩勝峠駅。列車内から撮りました。霧が流れています。駅員さんと乗客が数人いました。寒かったそうです。







構内の落合側のはずれ、引き込み2番線から分岐する貨物側線の横で、落合に向かって出発していく列車を撮影しました。目の前に
立っている腕木は下り場内信号機です。この列車の最後部付近が狩勝トンネルの入口になります。先頭の機関車は118k880m付近。







霧がますます深くなり、通過する列車のナンバーも分かりません。狩勝テコ小屋.から機関士に敬礼する駅員さん。この古レールで
できたワイヤー支柱ですが、コンクリートの土台のみ現存しています。板でフタをされている様子がよくわかります。盆栽を飾ってい
たのがはっきりわかるのも貴重だそうです。これも駅本屋で、走行中の貨物列車は下り列車です。引込線から出発していきました。







これ以上、狩勝にいても撮れないので、しゅうちゃんは信号場を9:28釧路行きに乗って新内まで行きました。新内では上り滝川行
と交換9:43発、下りは9:45発です。キハ22同士の交換も珍しいそうです。右側がしゅうちゃんの乗ってきた釧路行です。  新内駅







釧路行が下り勾配を新得方面に下っていく後追いを撮りました。本線の先が急に下っているのが分かります。  新内駅







霧もまだ晴れておらず、天候も良くないので、線路際を狩勝峠方面に歩くことにしました。まもなく上り特急「おおとり」が急勾配を
登ってきました。場所は新内駅をでて1キロも行かないあたり、126k860mです。現在この付近はゴルフ場の施設が立ち並び同じ
ポジジョンでは撮影できなくなっています。ロングランの「おおとり」は狩勝のほか、北見、常紋峠の急勾配をよく登っていました。







この場所を特定した、増田氏には恐れ入ります。何も目印がないと思われる写真で、目を付けたのが犬走りが切れて石垣
になっている地点、だということでした。下の写真とあわせてご覧になると良くわかります。場所は124k850m付近です。手前
の石垣は現在草に埋もれて見えないそうです。場所を決定付けたのは、護輪軌条がある所と 下のハエタタキだそうです。







後部補機が凄い蒸気で後押ししていきます。ここは確かに犬走りがなく、石垣が築かれています。 新内を狩勝方向へ向かうとすぐに
ハエタタキは線路をまたぎ、線路からは遠く離れていってしまいます。次に線路に沿う形になるのは123km付近で、線路は大きく迂回
するのに対し、ハエタタキはショートカットして123k付近へ向かいます。そしてこの写真はその線路とハエタタキが交差する部分です。






ここが有名なオメガ大カーブです。列車が長すぎて後部補機の煙も見えていません。 左のポールが垂直とするならば、列車の傾きは
凄く、急カーブであることを示しています。ここのカーブ半径は181.05mです。カントは55mm、スラッグは25mm。124k250mあたりです。







後部補機の煙がいいですね。夏でもこれだけ吐いていたのですね。 犬走りで、列車の通過を待って線路に上がり、後部を写せる
だけの時間があったということは、相当ゆっくりした速度だったと思われます 。しゅうちゃんも、すごい迫力だったと言っています。
この写真の右上に国道38号線が走っていて、駅員さんには2キロくらいで行ける、と言われたそうですが、一面の霧と曇りの天気
で、俯瞰撮影してもクリアな写真にはならなかったはず。 今から思うと、とても霧も天気も恨めしかった狩勝の思い出だそうです。







再び新内駅に戻りました。C57牽引の上り函館行列車を待ちます。交換する貨物列車は、戦時型ドーム、重油タンク搭載、
密閉キャブ、船底テンダーと、異色のD51です。 これは新得のカマです。 真ん中に立つ駅員さんは、増田氏の言によると、
既に他界されているとのことでした。当時、元気に活躍されていた駅員さんかと思うと、感慨深いものがあります。  新内駅







さっき来た大カーブをC57は懸命に登ります。煙がこっちになびいているのがちょっと残念です。こんな大築堤だったんですね。







後部補機も懸命に押します。このD51も戦時型で、重油タンクを積んでいます。  さようなら、狩勝峠。