東武鉄道の蒸気機関車


ピーコックやシャープスチュアートが
館林に集結、佐野線を走っていました
昭和40年と41年の蒸機の記録です。

 
 
 

 
昭和40年以前に全機、館林に集結、佐野線の貨物を牽引していました。終焉間近ではありましたがまだ元気な姿を見ることが出来ました。 館林機関庫
 
 
 
 
 
 
 

 
B1形7号機。英国シャープスチュアート製で東武鉄道が輸入したものです。
 
 
 
 
 
 
 

 
すでに火を落とし館林機関区の隅に置かれていたB4形シャープスチュアート製37号機。廃車になっていたカマも多くありました。

 
 
 
 
 
 
 

 
正面から撮ったら、まだ生きていて走れるようでもありました。
 
 
 
 
 
 
 

 
これも英国から導入のB1形ベイヤーピーコック製の34号機です。









この34号機はランボードが直線でキャブ下がS字になって、英国風の優美な姿を残していました。ピーコックの性能は極めて良かったそうです。
 
 

 
 
 
 
 

 
このベイヤーピーコックの31号機も健在でした。主動輪カバーに本来は優雅な円形のエッチングの銘板が付いていた筈です。
 
 
 
 
 
 
 

 
構内で出区を待っていた31号機の脇の本線を、凄い電車(荷電に改造?)が単行で通り過ぎていきます。もっと電車も撮ればよかった。
 
 
 
 
 
 
 

 
う〜む、せっかくなら、2扉、3扉、この4扉ごちゃまぜののオールドタイマー東武電車を撮っておけばよかった。。。。
 
 
 
 
 
 
 

 
シャープスチュアート製の39号機が出区の用意をしていました。機関士が乗り込んでいます。








 
39号機が出区の点検を受けていました。シリンダ部分に油をさしています。機関士と比べると結構車体は大きいですね。
 
 
 
 
 
 

 

 
先ほどの出区用意していた39号機が貨物の先頭に連結されました。興奮して撮りまくっていました。
 
 
 
 
 
 
 

 
39号機の牽引する貨物列車が時間になると、葛生に向かって出発して行きます。ホイッスルも懐かしい・・・ 奧の電車もいいですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
順光で横から撮れる広い場所を事前に見つけておいて、胸をときめかして列車が来るのを待ちました。まずは顔出しで1枚。
 
 
 
 
 
 
 

 
すぐ2枚目を。冬の関東平野を長閑に走る館林行の貨物列車です。機関車はシャープスチュアートの33号機です。場所がどこか思い出せません。
 
 
 
 
 

 
 

 
わたらせ駅は単線の交換駅で、ここではタブレットの受け渡しをしていました。助士がキャリアをすくい取る寸前です。
 
 
 
 
 
 
 

 
渡良瀬川支流の秋山川を渡る、上り館林行の貨物列車です。自転車が2台、ママチャリも見えます。夏の水遊びですね。
 
 
 
 
 
 
 

 
葛生まで行ってみました。広すぎるヤードでベイヤーピーコックの30号機が入れ換えに励んでいました。今の葛生からは想像も出来ません。
 
 
 
 
 
 
 

葛生駅から山の奥の日鉄鉱業羽鶴鉱業所との間には羽鶴専用線が走っていましたが、羽鶴の機関車が出てくることはなく、東武のカマが押し上げていました。線路はどこまで続いていたのか分かりませんが 凄いブラスト音とともに後押しで出発して行きました。   葛生駅東端
 
 
 
 
 
 
 

 
これは鉱業所以外の一般の貨物ですが、葛生にこんなにたくさんの荷があったのでしょうか?或いは広い車道が無かったのか?
 
 
 
 
 
 

 

 
昭和41年には電機が来ていたのですが、羽鶴専用線は電化されていない為、入ることが出来ずその為にも東武のSLが必要だったのでしょう。
 
 
 
 
こうして東武鉄道の古典機は走り去りました。
実に60年余にわたり活躍した名機たちです。
このように記録に残せたことは幸せでした。