
第4弾 その2
驚きと懐かしい写真が続きます



| ここが、この路線の車両基地になっていたようです。貨車、トレーラー、DL、の姿が見えます。また、小さな庫も見えます。結構、荷扱いもあったようですが荷物の扱い高は、乗客運賃に比べれば微々たる数字でした。やはり人流中心の鉄道だったのですね。 |

| 開業時はタンク蒸気機関車の牽引でした。米国ピッツバーグ社製の、美しい機関車のようで、是非、保存してほしかったと思っています。このDLはDB25-1で、1952年の日本車両製です。B形ロッド駆動式です。転車台がないのでエンドキャブ式を採用しています。 |



| もと国鉄の木造客車・ナハ13539(1920年川崎造船所製)を借り入れ、1954年、正式に払い下げを受けた車両です。この時代に、こんな古典客車が走っていたとは驚きです。妻面は塞がれ、入口も3か所、窓配置も不規則ですが、戦時に国鉄が改造したもののようです。 |


| 氏は、途中で走行写真や無人駅での写真を撮るため、尻内の燐駅、張田駅に降り立ちました。これは前述の国鉄払い下げのキハ41094→41001です。これが旅客輸送の主流だったんですね。昼間は1両のようで、混んでいます。 |

| これも国鉄キハ40000形の払い下げの40002ですが、この時にはエンジンを取り外され、単なる客車、「ハ」になっています。ヘッドライトも撤去されています。釧路臨港鉄道から動力車のキハ1001を譲り受けた時点で、これの動力を取りはずした様ですが、定かではありません。 |

| これも走っていました。41001は上記の国鉄キハ40000形(キハ04)の払い下げというのはスタイルですぐ分かりますが、これは全く前面が変わっています。撮影者の説明では以下の通りです。1964年、旅客営業を廃止した釧路臨港鉄道のキハ1001を譲り受けた車両です。もとは、1938年、日本車両で北海道鉄道(千歳線の前身)キハ553として新製され、鉄道省買収後キハ40363となり1951年、釧路臨港鉄道に払い下げられました。よくこんな経歴を調べられたものです。それにしても、江若鉄道のC9形気動車の前面形状に酷似していますね。SNSのXにて確認できます。https://x.com/matsumi_saka/status/984389344415764482
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| 次駅が尻内ですので、しばらく待つと戻って来ます。これが混合列車です。恐らく尻内で貨車2両を連結したのでしょう。五戸に向かいます。大震災で廃線になるとは思ってもいなかったので、この混合列車は貴重なショットかもしれません。いずれも張田駅付近です。 |
